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坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

特定秘密保護法、解釈改憲、靖国参拝

特定秘密保護法の成立から四ヶ月が過ぎた。一時は大騒ぎになったこの法律も、今は騒ぎになったのを忘れたかのように落ち着きを取り戻している。一時的に騒ぎになって、しばらくすると忘れる。日本において何度も繰り返された光景である。この法律の制定で、安倍政権は一時的に支持率を下げたが、消費税引き上げの駆け込み需要の時には、支持率を戻した。今はまた下がっているが、政権に影響を与えるほどではないだろう。

私は今、なぜあれほど批判のあった特定秘密保護法が政権に影響を与えないのか、そしてなぜあのような法律になったのか、考えている。
まず、大方のコンセンサスは「法律自体は必要だった」ということである。しかし法律に対する批判の多くに、「非民主的」「表現の自由が脅かされる」というものがあった。
実際は、特定秘密保護法は全く「非民主的」でも「表現の自由を脅かす」ものでもなかった。この法律は情報の取得が制限されるものだが、それによって表現の自由が制限されるわけではなく、民主主義も情報取得の無制限によって支えられてはいない。しかし特定秘密保護法の反対派は、この法律により何かが非民主的な方向に変わると感じていた。それは特定秘密保護法の中にある要素によるものである。
それは、特定秘密を大臣等が指定すると定められていることである。防衛省や警察庁などではなく、文部科学省厚生労働省の大臣が防衛や諜報に関する特定秘密を指定できるとなれば、多少は首を傾げるところだろう。しかし、ネットで検索しても、特定秘密の指定者が誰かについて言及しているものはほとんどない。私が調べたのは、首相官邸ホームページである。この問題に関心をもつ者が、無意識に指定者が誰かという点を考えるのを避けている気がする。
実際、不適切な特定秘密の運用があり、国民の知る権利が
疎外されることはほとんどない。そのようなことをすれば、たちまち政権が崩壊してしまうからである。
「誤った運用をされなければいいじゃないか」
とは、現代人は言わない。しかし現代人は言わなくとも、昭和の頃なら言う人が出そうである。そして我々は、昭和から四半世紀しか経っていない時代を生きているのである。
現代人は「誤った運用をされなければいいじゃないか」と言っても、どのような反論がくるかわかっているから言わない。ただ反論しないだけである。そして反対者も、致命的な反論をしてこない。「非民主的」「表現の自由を脅かす」というのは、強硬な反対のように見えて、実は巧みに論点をずらしているのであり、本当は反対者も、特定秘密保護法を危険視しながらも、この法律の中にあるものを受け入れているのである。それは、この法律の賛成者も反対者も、議論を突き詰めずに思考を停止していられるということである。
何について思考を停止するのか?それは国防についてであり、憲法改正についてである。日本の仮想敵は中国であり、もしアメリカが日本の有事に際し行動できない事態があった場合、日本は単独で中国に対抗できるのか、日本が孤立しないために、周辺国とどのような関係を築くべきなのかという問題であり、今日の環境に至るまで、なぜ日本は憲法九条を維持してきたのかという自問である。
それはその後の安倍政権の二つの行動からも読み取れる。二つの行動とは、安倍首相の靖国神社公式参拝と、解釈改憲による集団的安全保障の合法化への動きである。
首相が靖国神社に参拝すると、常に海外から批判が来る。特に韓国と中国からの批判が強いが、靖国参拝の問題は、国外問題である以上に国内の問題である。それは日本が政教分離を貫けるかどうかの問題であり、A級戦犯が日本を壊滅的な敗戦に導いたことに、我々がどう向き合うかという問題である。
解釈改憲については、安倍政権は九条の理念を守っているのではない。九条に何ら理念がないことを証明しようとしているのである。現行憲法集団的自衛権を認めてしまえば、九条は全くの空文になる。そしてそこまでしてでも集団的自衛権が必要ならば、憲法を改正しない理由は何だろうか。
そもそも日本が今まで九条を、何の理由も無く維持してきたのではない。九条を改正するには、今まで九条を維持してきた理由を考える必要があり、そして九条を改正することは、日本人の精神にも大きな影響を与える。ならば解釈改憲とは、日本人の精神が変化しないまま集団的自衛権を行使できるようになるということであり、精神と行動が大きく矛盾する。その矛盾から目を反らすために、日本人は思考停止をしたがっている。国民が思考停止するためには、政府が強力で、横暴である方がいい。政府が横暴だから、そして現状を変えられないから、そう言い訳をして、国民は政治から距離をおける。事実、最近の選挙は浮動票が動かず、憲法改正では反対が賛成を上回った。
野党、リベラル勢力は、特定秘密保護法において、戦略を大きく誤ったといえるだろう。そもそも、リベラル派こそ防衛についての政策をしっかりと固めなくてはならないのである。リベラル派=護憲、または九条に触れない態度では、思考停止に飲み込まれ、リベラル派の基礎である少数派の意見を政治に反映できなくなり、少数派を取り込めなくなっていく。与野党ともに護憲を捨て、解釈改憲という退路を断って九条を改正するべきである。