坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

もう脱原発を唱える政治家はいなくなる~東京都知事選

二月の東京都知事選は、元首相の細川氏が、やはり元首相の小泉氏の後援を受けて、「脱原発」を公約として打って出て、それを自民の推薦を受けた桝添氏が受けて立つという、本来ならば非常に花のある選挙だった。しかし蓋を開ければ異例の低投票率で、桝添氏が大勝、細川氏は社民、共産推薦の宇都宮にも負ける有り様だった。
投票率、細川氏の大敗の原因は、色々取り沙汰されている。曰く、近年稀に見る大雪、曰く、細川氏の出馬会見の二度にわたる延期により、細川氏の選挙への姿勢に疑問が持たれたこと。曰く、首相時代の細川氏の実績からの政治手腕への疑問、曰く、候補者が高齢であること、曰く、本来保守の小泉氏のリベラルへの転換に対する不信…。しかし、私はここで、敢えて疑問を呈したい。大雪が無ければ、投票率はもっと上がったのか?都民は本当に、細川に投票したくなかったのか?脱原発をしたくなかったのか?
細川氏の街頭演説には、大勢の人が詰めかけていた。その人々が投票日に細川氏に投票しなかったのは、一つには桝添氏の戦略がある。桝添氏は「私も脱原発だ」といいながらも、「脱原発は国政でやるべき」と述べて、巧みに脱原発を争点から外した。しかし尖閣諸島の国有化で、あれほどの騒ぎを演じた東京都民が「脱原発は国政でやるべき」と言われて脱原発への関心を失ってしまうのは腑に落ちない。
地方に住む私から見て、東京都民の政治への態度には、複雑なものがある。東京が国政を主導するような動きは、内容に関わらず気持ちのいいものではない。しかし尖閣諸島の国有化の時は、都は完全に国政の問題に首を突っ込んでいたが、脱原発はあくまで東電のことであり、関東の問題だった。関東の中で、一番人口の多い東京が、脱原発で一番の発言力を持つ。そして関東には茨木以外に原発がないので、必然的に関東の脱原発は、東北、中部の脱原発に繋がっていく。東京からの脱原発は、尖閣問題よりもはるかに筋の通った話なのである。
世間で取り沙汰されている東京都知事選の低投票率、細川氏の敗因は、全て真実である。しかし同時に、都民の「言い訳」である。私は、都民は脱原発に踏み切りたかったと思う。そしてそれは、ひとつの選択である。ひとつの選択とは、他に問題のある選択であったとしても、自分達が納得できればそれでいいということである。その結果細川氏が当選するかどうかはともかく、民主主義の政体である。もっと細川氏に票が入る、浮動票が動くという展開があってよかった。
しかし、都民は自制したのである。私は「特定秘密保護法解釈改憲靖国参拝」で、与野党、国民ともに思考停止を求めていることを論じた。
http://sakamotoakirax.hatenablog.com/entry/2014/04/24/064112
そして思考停止するためには、現状を大きく変える動きを抑制することが必要である。都民は、自らの望みを抑制するための理由を求めた。その求めた結果として、低投票率の原因と細川氏の敗因が並べられたのである。90年代ならば、細川氏は圧勝していたかもしれない。それはそれで、「都民は軽薄」と評されたかもしれないが、ここで一番考えなければならないのは、都知事選により、少なくとも都民は、脱原発への一番の近道を放棄したということである。もう、都知事選で脱原発を唱える者も出ないだろう。そして細川氏が駄目なら、国会議員を含めて、脱原発を実現できる政治家がいるだろうか?またこれから、脱原発を実現できる政治家が出てくるだろうか?一昨年の衆議院選挙の頃には、脱原発を主張する地方の政治家は沢山いた。しかしこの都知事選により、脱原発は少なくとも、掛け声だけのものになっていくだろう。
今後も都民は、脱原発が実現しない理由を、自分達以外に求めていくだろう。そして理由を他に求めるのは、権利放棄の裏返しなのである。現在、石原慎太郎のように、自主憲法を求める動きがあるが、将来、自主憲法の動きに権利放棄の動きが合流し、日本の方向を変えるまではいかないにしても、国民の権利を制限しようとする大きな流れとなっていくだろう。