坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

バクマンの本ネタ?大澤真幸『不可能性の時代』

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世には多くの納得させられる本があるが、読むことで想像力を掻き立てられる本というのは少ない。特に学術系の本はそうだが、この本は、想像力を掻き立てられる数少ない本である。 内容は、戦後の日本の時代を「理想の時代」、「虚構の時代」、「不可能性の時代」の三つに区分し、現代を「不可能性の時代」として論じるものである。理想とは現実を変えようとするもの、虚構とは現実から逃避するもの、そして現代は「現実」に向かって逃避する。しかしその現実とは、通常の現実ではなく、「現実の中の現実」、極度に暴力的であったり、激しかったりする現実へと逃避している。そう著者は論じるのである。 これだけでも充分に想像力を掻き立てられるのだが、「不可能性の時代」に至る経緯を終戦直後から解き明かしていく過程が実に面白い。特に、六〇年代から七〇年代にかけて、三つの同音異曲の小説がヒットしたことを解説する箇所は、瞠目に値する。三つの小説とは、『砂の器』、『飢餓海峡』、『人間の條件』の三作だが、この三作は、社会的成功者に「過去からの訪問者」が現れ、「過去からの訪問者」を殺害するという、同一の構造を持っている。社会的成功者達は、その成功が過去のアイデンティティーの隠蔽によって支えられている。しかし被害者達は、過去のアイデンティティーとの持続的一貫性を要求するものとして現れている。 「六〇年代の繁栄は、戦争期に由来する他者に対して、返しきれない負債を負っており」と語るところなど実にニクい。何の説明もなく、さりげなく書かれているが、これは「唯一の神に償い切れない負債を負っている」というニーチェの『道徳の系譜』を元にした表現であり、隠されたオマージュである。著者は終戦という歴史の断絶を、戦前から一貫したものとして見ている。「理想の時代」の章の序盤に三島由紀夫の自決の話を置き、「我々は約束を果たして来たのか」と問い、章のラストにこの問いに答える。ロジカルでありながら、詩的な印象さえ感じられる。 ロジカルで詩的な、二律背反のものをひとつにするような、神がかった文章と構成で論旨が展開していくが、私が特に興味を引かれたのが河内長野の殺人事件についてである。 18歳の少年と十六歳の少女が自らの家族を殺害したあの事件ーー 「彼ら同士の関係の上に投射されている極限の直接性に到達するためには、どうしても、家族の関係が排除され、無化されなくてはならなかったからではないだろうか」 この文を読んで、あろうことか、私は『バクマン』を連想したのである。『バクマン』の主人公とヒロインの恋愛ーー 『バクマン』の原作者大場つぐみガモウひろしだという噂があるが、真偽はともかく、男性だというのは納得できる。女性作家は、あのような読者ウケは狙わない。また主人公とヒロインの恋愛は若者にはウケるかもしれないが、深い感動を与えるものではない。深い感動は、多くは作家の内部から出たものであり、大場つぐみは、むしろ外部から取り込んだものをアレンジしたように思えるのである。『不可能性の時代』と『バクマン』は発表された時期も近い。(『不可能性の時代』の初出は、2005年の『世界』一月号である)私は今、『バクマン』のインスピレーションは『不可能性の時代』から得たと確信している。 「妄想じゃない!?」と言われても気にならないほど、この本は想像力を湧かせてくれる。 http://www.amazon.co.jp/gp/aw/reviews/4004311225/ref=mw_dp_cr?qid=1401605103&sr=8-1