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坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

派遣での上司との戦い方

ある製造業に派遣されていた時のこと。
私が配属された部署の社員は、私より年下だったが、今思い出しても、今まで私を教えた上司の中で、一二を争うくらい、教え方がうまかった。
教え方の上手さとは何かと言われれば、
1.説明が文章になっていて、単語の羅列でないこと。
2.質問に必ず答え、はぐらかさないこと。
3.指導、教育に誤りや変更があった時は必ずそのことを明示し、ごまかさないこと。
などを挙げることができる。
教え方がうまい人は、その人の人格による場合が多い。つまり人を対等に見ていることが多いのだが、その社員ーー仮にAとしようーーはすこし違った。やたらと力自慢をし、腹を殴るそぶりをするなど、仕事以外の部分ではマウントポジションをとるような態度が多かった。
「ならただのパワハラ上司じゃないの?」
と思うだろう。しかし指示書の内容がわからなくて、
「すいません、この指示書全然わかんないんですけど」
などと聞くと、
「ああごめん、これは二枚でひとつの指示書なんだ」
などと返してくる。
このような受け答えができる人にパワハラの要素がある場合、私はその人の人格を統一的にイメージすることができない。
イメージできないと、どのように付き合っていけばいいのか、上手く付き合っていけるのか、それとも対立するのかが見えてこない。
しかし仕事場というのは、個人的な部分よりも仕事の部分の方がはるかに多いもので、
次第に私は、Aに好意的な印象を持つようになっていった。
その会社に派遣されて3ヶ月ほど経った頃、作業のことで、ちょっとした言い合いになった。
「ーーいや、私の経験から言うと」
と私が言うと、
「私の経験なんて言うんじゃねえ!!私の経験なんて言うほど、お前やってきたのか!!」
と、Aが怒鳴った。
私の中の、Aへの好意が壊れる瞬間だった。そして私は、Aの本性を垣間見た気がした。

その部署Xには、私とAと、もう一人Bがいた。そして隣の部署YにはCがいた。部署X、Y合わせてひとつのグループであり、Aはグループのリーダーとして、部署X、Yの両方で作業をしながら、両方の部署を監督していた。
Aは仕事ができた。
「Aは、他の人の1・5倍の仕事をする」
とも言われていた。
しかしBが派遣されて以降、Aは部署Xの作業からは開放されていた。
私とAとBは、休憩時間はいつも一緒に居た。
最近は休憩時間にスマホをいじっている人が増えたせいもあり、休憩時間にどこにいるか、また話をするべきかどうかを気にすることはない。
しかし今より7、8年前の当時は、会話をしなければならないという空気が、今より強かった。
三人がいつも一緒に居たら、そのうち話すことがなくなってしまう。それでもこのグループから外れることはできない。そのグループの人を嫌ったように受け取られるからただ。
そんな毎日を送ることが仕事なんだと、疑問にも思わなかった頃だった。
AとCは、仲が悪かった。
Aは次第に、
「Cのこと、嫌だろ?」
などと、私に聞いてきたりするようになった。
「ーーどうでしょうね」
と、その度に私は、言葉を濁していた。
私には、Cのことがわからない。
わからないのは、部署が違うからである。Cの仕事ぶりなど、見ていない。
Cは40半ばくらいで、多少面倒な仕事を嫌うところがあるようだった。
(40半ばなら、扱いにくいところはあるだろう)
と、私は思うだけだった。
Aは仕事が始まる前、休憩時間の直後などに、私とBの前で、Cの悪口を頻繁に言うようになった。
Bはその度に笑っていた。私はBが反応してくれるおかげで、何も言わずに済ませていた。しかしそのうち、
「もうちょっと待ってろな。もうすぐCの奴を辞めさせてやるからな」
と、Aが言うようになった。いつの間にか私は、Aに同意したことになっていた。
(これは確かめないと)
私は、会社の飲み会に出席した。
Aはいない。そこで派遣先の上司を捕まえて、
「AさんがCさんのことの文句ばっかり言ってますけど、Cさんってそんなに駄目ですかね?」
と聞いた。
「いや、そんなことないよ」
と、その上司は答えた。
(じゃあ、Cさんを辞めさせる必要はないのね)
私は思った。

その年の忘年会の時、
「二次会いこうぜ」
とAが言った。他の人達が別方向に向かって行くのを見送りながら、私は多少、気が重かった。
私とAとBが向かったのは、キャバクラだった。
他の人達は解散したのではなく、違う場所で二次会をしている。
(何でこんな金のかかる所で飲まなきゃならんのか)
飲み会が終わった時、
「ーーお前、払え」
と、Aが言ってきた。
(ーー野郎、本性を現しやがったな)
当時、私はよく人にたかられた。しかし一度も取りっぱぐれたことはない。
(この勝負、受けてたってやる)
財布を取り出しながら、腹の底から沸き上がる怒りを抑えこんだ。

「金いつ返してくれるんですか?」
翌日の朝から、私の攻撃は始まった。
「給料日に返してくれるんですか?」
「ん?ああ」
と、その度にAは言葉を濁した。
「給料日っていつですか?10日ですか?」
などと聞いたりした。
「ああ」
などと言うと、今度は10日に、
「いつ返してくれるんですか?」
と聞いていく。
Aに返す気がないことは、わかっていた。
このようなやりとりを、1ヶ月ほど続けただろうか。
ある時から私は、Aに返済の要求を全くしなくなった。
強引さで事を進める人間は、強引に事を運ぶことで、自分の力を確認する。しかし反発しないと思っている人間から反発されると、その人間は自分の力を確認することができなくなる。
その人間は、違う方向で自分の力を確認しようとする。Aの方向がCに向かうことを、私はわかっていた。

そして、その時は来た。
AとCは大喧嘩を始めた。
(今だな)
その日の作業終了後、私は事務所に行き、今までの経緯を話した。もっとも、金のことは伏せた。
それ以後部署Xには、常に上司が見回りにくるようになった。
「ーーお前、上司に言ったか?」
と、ときどきAが聞いてきた。
「言ってませんよ」
その度に、私はとぼけた。
それから1ヶ月ほどして、Aは私に金を返してきた。

今の職場は、パワハラがほとんどない。そのため、今の日本で、この記事のような事件が起こっているのかどうかはわからない。
しかし7・8年前の製造業では、このような事件は日常的なことだった。現在このような事件が完全になくなっていたとしても、7・8年前と人が大きく変わった訳ではないだろう。その意味で、この記事は書く意味があると思った。
一番思うことは、強引な人間が、強引さそのものが弱点になることに、ほとんど気づいていないことである。と言うよりも、気づかせてやれる人間がほとんどいない。
パワハラを受けた側にも思うことがある。パワハラを受けて訴えて、そしてその職場を去るだけではつまらないだろう。
他の人のブログを見ても、「パワハラは駄目だ」と言う記事は多い。しかし、訴えたと言う話はあっても、戦ったと言う話は聞かない。戦ったというのは、環境の改善と、自分の地位の保全の両方を目指すことである。
戦った話を聞かないのは、パワハラが単純な強者と弱者の図式で捉えられているからのような気がする。実はパワハラ上司にこそ隙がある。私のようなやり方でなくとも、戦う方法はあると思うのだが…