坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

私が「和」を嫌いになった理由(中編)

Eが、好きだった訳ではない。
彼女が上司Dと付き合うことがなかったら、私は彼女と付き合えただろう。しかし彼女の一度上司Dと付き合った以上、もしEと付き合えば、鼻持ちならない上司Dのおこぼれを貰った境遇に甘んじなければならなかった。
プライドの高い私には、どうしても彼女と付き合う自分を想像できなかった。
しかし私は、自分の境遇を変えたかった。つまり、私が「勘違い男」でないことを証したかったのである。それは、Eに「好きだ」と言わせることだった。
言うわけがない。そんなことはわかっていた。
しかし、もう少し違う感情が、私を動かそうとしていた。Eがしばしば会社を休むようになったのである。
(このまま辞めてしまうんじゃないのか?)
と、私は危惧した。
恋愛感情ではない。情である。しかしこのような情は、男同士になら素直に義侠心と思えるが、女に対しては少し変わってくる。つまり「泥沼にはまった女を助けたい」というナルシズムの発露なのである。
このナルシズムは、女性差別に通じる。その意味で、確かにこの頃の私は女性差別者だった。
Eを救う、少なくともこの会社に居られるようにするには、Eに「好きだ」と言わせるしかない。私はそう思った。
これは、私の利害とも合致する。問題はその先にある。
Eと付き合う自分を、私はどうしても想像できなかった。
付き合えないのに、相手に「好きだ」と言わせるのは非常に問題だった。
「取り敢えず、自分の気持ちに素直になれるだけでもいいんじゃないか?」
私は自問したが、納得できなかった。しかし自分の衝動を抑えることはできなかった。
私は、懇意の女性社員に、Eの本当の気持ちを聞いてもらえるように頼んだ。その女性社員は渋ったが、とにかく聞いてみることは了承した。
結果は、「好きではない」とのことだった。
なお、この時に「なぜそんなに休むのか?」と訪ねるようにとも頼んでおいた。答えは「持病」とのことだった。

私はEとの関係に疲れた。さらに新しく入った事務の子に、とびきりかわいい子がいた。
私はその子に声をかけた。上司Dの言うことなど知ったことではない。
その声をかけている場面を、Eに見られた。
さらに、上司Dが、
「女に声かけんなっつっただろ!!お前まだ自分のことわかってないんか!?」
と、重ねて言ってきたので、次第に動きづらくなった。
またEが、会社を休むようになった。
(もう勝手にしろ)
私はふてくされていた。
ある日、会社の飲み会があって、たまたまEが私の前に座っていた。
私とEは、話さなかった。
「最近、E頑張ってんじゃん」
事務の女性が、Eと話していた。
「私、もっともっと苦しまなきゃいけないと思うんです。」
Eが言った。
(間違ってる)
私は思った。

それからしばらくたったある日、
例によって、Eが夕刊を持ってきた。
私は夕刊を受け取った。
Eと目が合った。しばらく、そのまま見つめ合った。
突然、脱兎のごとく駆けて、Eは戻って言った。
(子供っぽいなあ)
時は二月、私はやや呆れながらも、もうすぐバレンタインデーだと思い返していた。

バレンタインデー当日。
私が出社すると、Eは来ていた。
他に人はいない。Eは一番早く来ていた。
上司Dが来た。
「チョコもらった?」
(またいつもの自慢話か)
うんざりしたが、
「いえ」と答えると、
「そう」
そう言って、上司Dは黙った。
(……?)
上司Dにありえない態度。
(…つまり、Eが俺にチョコを持ってきた場合、上司Dにはどうすることもできないってことか?)
この日まで、他の女の子に声をかけずにいた。
Eと付き合うつもりはない。
ただ、自分のことを一時脇に置いても、Eが自分の気持ちに素直になれるか、見てみたいと思った。
昼を過ぎても、チョコはもらえない。
夕方になり、事務の子達はみんな帰った。チョコはもらえなかった。
Eが新聞を持ってきた。
私とEは、目が合った。
私はEの目を見た。
(もう、救えないよ)
という思いを込めて。
Eは何も言わずに立ち去った。
その後、Eは会社を休んだり出たりを繰り返し、1ヶ月ほどで出て来なくなり、そのまま退社した。
上司Dを始め、誰もEについて話す者はいなかった。
「私の予言通りになりましたね」
かつて「Eは悲惨な辞め方をするでしょうね」と、私が話した上司に、私は言った。
「ああ…よく会社を休んでたりしたからなあ」
その上司は、それ以上語らなかった。
繰り返すが、Eに恋愛感情はない。
しかし、
「これから何を求めてこの会社で働けばいいんだ?」
という、強い喪失感を、この時覚えた。

その後も、私は働き続けた。
実積がでなければ、相変わらす上司Dに殴られた。
殴られることは、私にとって必要でもあった。数字を出すためには、必死にならなければならなかった。しかし私には、自分一人で数字を出すモチベーションを保つことができなかった。そして数字を出さなければ、借金を減らせない。
殴られ、必死になって数字を出し、数字が出ると安心し、モチベーションが下がる。その繰り返し。しかし必要と思いながらも、殴られた後は必ず「辞める!」と叫んでいた。
今にして思えば、自尊心を保てない環境で、自立した営業マン、いや自立した人間になることは不可能だった。
仕事を辞めたかった。辞めなければ、人間として駄目になると思った。しかし、辞めるための準備が整わなかった。
辞められないことへの苛立ちを、営業の見込み客にぶつけるようにしてテレコールを続けることで数字が上がり、会社で一番の営業マンになったりした。
「なんでこんなに数字が出たんだ?」
と部長はに聞かれて、
「いや~辞めたいと思ったから数字が出たんですよ」
と言ったら、怒られた。こんな話し合い意味無い、と思った。
数字が出たため、昇格した。役職は係長。本当に意味が無かった。
それでも給料は少し上がったが、結局1ヶ月後、みんなで会社を辞めることになった。
東京支店の業績が悪いので、閉鎖すると会社が決定した。
営業マンのほとんどは、人間関係でひとつのグループになっており、東京支店の者達も、我々の仲間だった。つまり、「東京支店の者達を辞めさせるなら、俺達も辞める」となったのだ。
私は「もういいか」と思った。こんな給料のバカ高い会社、そのうち駄目になるとわかっていた。もう少し係長としての給料をもらいたかったが、そのような動機で残っては、クビになる東京支店の者達に申し訳ない。辞めて、みんなについていくと決意した。

その頃丁度良く、ローン会社が借入を自由にできるようにしてくれた。借入枠も増やしてくれて、私は安い金利に借金を写し変えて
「金を貸してくれ」
と、上司Dが言ってきた。会社を辞めて、次の会社に行くまでの、当座の生活資金が要るというのである。
「俺のガードローンさ、ローン会社に卸せないようにしてって言ってあるんだ。使わないようにさ。だから使えないんだよ」
上司Dの言うことが、嘘だとはわかっていた。卸せないようにしたのは事実だとしても、再び金を卸せるようにするのは難しくない。
しかし、私は金を貸した。上司Dに対し、有利な立場を持とうとしたのだった。
(つづく)