坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

私が「和」を嫌いになった理由(後編)

会社を辞めた当初、私はみんなについていくつもりだった。
しかし、また同じ仕事を続けるのは気鬱だった。
「他に何かできることはないか」と、私は考えるともなく考えた。そして突然、小説の構想が浮かんだ。
小説家になろう
と、この時始めて思った。しかし次の会社に移る計画は進行している。ふわふわした気分のまま、私は次の会社に入った。
(こんなんで仕事になるんだろうか?)
次の会社は、給料は少し安め、そのかわり、入ったばかりということもあって、ノルマは高くなかった。
上司Dがうるさいので、私は会社の女の子には声をかけず、会社の外で彼女を作った。
前の会社のきついノルマの反動か、みんなどこかのんびりとしていた。
仕事が始まって、すぐにわかった。
(これは、数字が出ない)
私がの経験上、ただ頑張るだけでは、数字は出ない。
必死になるというのとも違う。プライベートを含め、仕事のこと以外全く考えられない状態になって、始めて数字が出る。
幸せを削って営業をしていると言っていい。もちろんこれは、あくまで私の受け取り方なのだが、彼女がいて、小説家を目指す私には、とてもではないが、数字を出せるとは思わなかった。
ある日、上司Dとちょっともめた。土曜日で早上がりだったので、私は一目散に帰った。
すると、上司Dから電話がきた。
「お前、どういうつもりやねん?」
(しょうがないな)
私は、小説家になるつもりだと明かした。
「私はもう、どんなにやっても数字は出せませんよ」
私は言った。上司Dは何も言わなかった。
それからしばらく、上司Dは私に気づかいする姿勢を見せた。
私はきつくなると、すぐ「辞める」と言う常習犯になっていた。しかし上司Dは、
「1ヶ月ごとに辞めると言うなら1ヶ月ごとに止める。1週間ごとに辞めると言うなら1週間ごとに止める。まあ毎日言われたら付き合い切れんかも知れんけど…」
(なんでこの人達は、こんなに俺が辞めるのを止めるんだろう?)
上司D達の言動に、私は情とは違うものをわずかに感じとっていた。
(俺がこれから、数字を出せると思っているんだろうか)
自分で数字を出せないと思っている者に、数字が出せる訳がない。私は、営業マンとして三年以上、もう限界を超えてやっていると思っていた。小説家を目指さなくても、もう私に伸び代はなかった。
(この人達は、まだ俺に伸び代があると思っているのか?)
思っていない。どう考えても、私最も数字を出す可能性の低い営業マンだった。私を抱えて、彼等も苦労するだけなのは目に見えていた。
(だったらなぜ、こんな無駄にことを?)
だんだん不快になってきた。しかし一方、当面の生活の安定を得たことで、私は安心していた。

その会社は半年くらいで、みんなで辞めた。数字はほとんど出なかった。
数字が出なくてみんなで焦っていた頃、やっと私も数字が出た。
(こんな状態だから、早く帰るのは無理としても、少しは落ち着けるな)
と私がホッとした時、
「何ふざけてんだオラ~!!」
と上司Dにいきなり殴られた。数字が出て殴られたのは初めてだった。
「辞める!」
私は言った。今回は深く傷ついた。
決意は堅かった。次の日、丸一日上司の説得にあい、それでも決意を翻さず、
「一日考えろ」
と言われ、早めに帰らされた。
考える時間を与えられても、考えが変わる訳ではない。
次の日も「辞める」と伝えると、やっと受理され、辞める手続きに入った。
アパートの退去に関する請求を見て、目を剥いた。
五十万以上の請求だった。実は敷金、礼金を払わずに入居できたアパートだったので、退去の際請求されたのだ。
(こんなの払えねえ…)
すると、上司Dから電話がかかってきた。
「そんな金払えねえやろ?お前には上司が必要やねん。戻ってこいや」
「上司が必要」とは思わなかったが、確かに金は払えない。結局戻ることにした
その二週間後に、みんなで辞めた。何のために戻ったのかわからない辞め方だった。
そして、またみんなで、新しい会社に勤めることになった。

それまで、上司Dには毎月返済して貰っていたが、会社を辞めて、
「また金貸してくれ」
と言ってきた。
「親に頼んだら、『返済できるのか?』って言われてよ。そんな態度で頭下げられへんわ」
(ーー親に頭下げられなくて、俺には頭下げずに金を借りるのか?)
さすがにムッときた。
(ーー俺は上司Dに優位な立場を得るために金を貸したんだが、上司Dは金を借りることで、優位に立ったと思ってるんじゃないのか?)
私は疑問に思った。考えてみれば、金を貸したことで、上司Dの態度が変わったと言うことはない。
私の名誉のために言うが、私は上司Dに騙されるだけの、お人好しではない。
私は、少し羽目を外せば、すぐ叩かれる環境に居たため、言動には気を使い、それなりに用心深くあった。もちろんEの件のように、極端に飛躍した行動を取ることはあっても、それはむしろ例外であって、用心深くなければ生きていけなかった。
その私から見て、上司Dの態度は、危ういものに見えた。状況が変われば、たちまち不利になる。そして私がそう思う以上、上司Dもその危うさに気づけるはずだと思っていた。
しかし、もともとそんなに好きではない上司Dと一緒にいるのが、次第に不快さを増してきているのも事実だった。ある時辞めるか辞めないかで話をした時、
「俺とお前は一生上司と部下や」
と上司Dは言った。私を感動させるつもりだったのだろうが、
(小説家に上司は要らねえよ)
と、さすがに白けた。

さて、次が私のが勤めた、最後の先物会社になる。
この会社には、私が属していたグループと、他にもうひとつのグループがあった。
もうひとつのグループのリーダーは嫌な奴で、我々はみんな、そいつを嫌っていた。しかし皮肉なことのに、そいつは支店長だった。
我々はばらばらにされて、もうひとつのグループに混ぜられた。
私は、上司Dの直属から外れ、別のグループの上司の下に就いた。
「適当に仕事してろよ」
と上司Dが言うので、適当に仕事していた。
もちろん、元のグループとも交流はあった。
「こいつはとんでもない奴だから」
と、上司Dはことあるごとに新しい仲間に私を紹介していた。
またある時、部長と飲みに行った。
「ーー今まではお前が『辞める』と言う度に止めてきたけど、新しい仲間も増えて、今までと同じにしてたら、他の奴らに示しがつかない。だから次にお前が辞めると言ったら、何も言わずに受理するからな」
そう、部長は言った。
「ーーわかりました」
私はしんみりと言ったが、内心、その合理主義に拍手喝采していた。
私は節約し、4ヶ月程で、借金を四十万ほど減らした。
やがて支店長と我々のリーダーが喧嘩し、別々にやることになった。
私は、上司Dの下に戻った。私も支店長が嫌いだったので、
(さーて、むかつく支店長に一泡吹かせてやるか)
と、久し振りに意気盛んだった。
ところが、
1週間としないうちに、上司Dがぶん殴ってきた。
「ーー辞める!!」
私は言った。意気盛んでも、ぶん殴られて絶えるほどではない。
上司Dは私を隣の部屋に連れて行った。説得のためだ。私の意向が部長に伝われば、即退職の手続きに入る。
「ーー変わらないですねえ、我々も」
苦り切って、私は言った。「ぶん殴られて辞めると言って、その繰り返し。全然進歩が無い。もっと他に方法が無いのかと思いますよ」
「ーーふざけるな、殴らずに仕事になるか」
ぽつりと、上司Dは言った。何を言っても無駄だと思った。

結局その日はそのまま帰り、次の日、部長に退職の意思を伝えた。
約束通り一言の慰留の言葉も無く、受理された。
「辞めんの?辞めるとは思わなかったわ」
素っ頓狂なことを言ったのは、上司Dだった。
(ーー何それ!?)
なぜこの状況でそう思えたのか、全くわからなかった。

上司Dの借金については、毎月の返済分を私が受け取り、ATMに返済し、レシートを上司Dに渡していた。
「ーーカード預けてくれや」
と、その度に上司Dはこぼしていた。私に金を払うのが屈辱らしい。
しかし私は、カードを預けなかった。私は上司Dに、私から金を借りていることを自覚させる必要があると思っていたからだ。
しかし会社を辞めて実家に帰る以上、今までのやり方はできない。私は上司Dにカードを渡した。
私が実家に帰って最初の返済日、上司Dの返済が遅れ、ローン会社から請求の連絡がきた。た。私が上司Dに請求すると、上司Dは返済した。
ローン会社から連絡が来ないのを確認して、
(これで裏が取れた)
と思った。ローン会社には防犯カメラがあり、返済も大阪で記録されているはずだ。最悪裁判になっても勝てると思った。
それから半年待った。そしてローン会社に行き、カード無し返済のボタンを押し、千円だけ返済した。
レシートが出てきた。最大枠の五十万から、少しも減っていなかった。利子分しか払っていないのは明らかだった。
私はローン会社に電話した。
「カード紛失しましたんでカード止めてください」
次に上司Dに電話して、催促した。
「お前ちゃんと返しとるやろうが!」
(ーーーは?)
「お前な、誰に聞いてもそう言うで」
当然口論になり、らちがあかなくなり、電話をブツ切りにした。
そして部長に電話をかけ、初めて上司Dに金を貸していること、返済について揉めていることを伝えた。
「上司Dが私に借金していることの証人になってください」私が言うと、
「いいけど、俺はお前が『上司Dに金を貸している『って言っていると言う証言しかしないで」
と部長は言った。それで充分だった。
頃合いを見て、上司Dに電話をした。
「お前、よくも部長に話しやがったな!!」
上司Dは吠えた。
(何言ってんだか)
呆れながら聞いていると、
「それからな、電話ブツ切りすんのやめえや、お前それが上司に対する態度か?」
「アホですか、あんた」
私は言った。「返済させるためにはあらゆる手段を使いますよ。部長に話もすれば、ブツ切りもする。当たり前ですよ」
そして私はカードを止めたことを伝え、今後はカード無し返済で返済していくことと、約定最低返済金額は毎月返済すること、そしてなるべく早く完済することを伝えた。
「ーーなら、数字稼いで、半年で返してやるわ」
上司Dの態度は、打って変わった。
「その変わり、完済したら地元の名産送れな」
「ええ、わかりました」
電話を切って、
(しまった)
と思った。(俺としたことが何と人の良いーー)
本当に終わらせたいのは、このように何かを要求され続ける関係だった。
私の中に、黒々とした感情が湧いた。

「ーーもしもし?今月分の返済はしたから」
上司Dの留守電が、携帯に入っていた。
私は返事をしなかった。
仕掛は簡単だった。
(ーー半年での完済も、なるほど上司Dならできるだろう。しかしそれも、やる気があってこそだ。単細胞でおだてられるのが好きな上司Dが、返済する意味を見失ったらどうなるかーー)
半年後、ローン会社の残高を見て見た。明らかに、約定最低返済金額しか返済されていなかった。
私は念を入れて、上司Dと初めて出会った、最初に勤めた先物会社の課長に電話した。
それから部長に電話した。
「お前が下手に出てやればいいやないか。俺は昔、なかなか返さない相手に、とことん下手に出て返して貰ったで」
具体例を挙げて言う部長の態度は、私には計算外だった。今思えば、随分眉唾な話だが、当時は証人兼仲裁役の部長の面子を潰せないと思った。
私は多少鬱屈しながら、上司Dに電話した。
(上手くいくだろうか)
しかし心配は杞憂だった。
「お前、よくも課長にまで話しやがったな!!」
開口一番、上司Dは吠えた。
「お前な、ちゃんと返しとるやろ!?誰に聞いてもそう言うで!」
上司Dは進歩していなかった。お陰で下手に出る余裕もなかった。
「お前、敬語使え!!」
「お前の家に言ってやる!!住所言え!!いや、お前が大阪に来い!!」
「ボク~ボク~いい子だからさ~」
話を全く噛み合わせようとしない。上司Dは語るごとに退化していった。敬語を使わなかった?当然!!だってただの債務者じゃないですか!!
「こうなったら裁判だ」私が言うと、
「おう、いいで!」
威勢良く、上司Dは応じた。
私が電話を切ると、直後に上司Dから電話がかかってきた。
(情けね~!)
電話をブツ切りにした。しかし、何度もかかってくる。
時計を見た。十時を過ぎている。
(こんな時間に迷惑電話してくんな)
携帯の電源を切り、風呂に入り、その後上司Dを着信拒否にした。

次の日、
「1週間以内に全部返すわ~。それで勘弁してくれや。じゃあな」
凄んだ声で、上司Dの留守電が、携帯に入っていた。
(着信拒否されても留守電できるのか?)
上司Dの声を面白がり、保存しておいた。そしてローン会社に連絡を取り、半年間に大阪と東京で返済が行われているのを確認した。上司Dは更に会社を辞めて、東京にも言行っていた。
上司Dから、留守電とメールがきた。
〈着信拒否解除しろや!!びびってんのか!?〉
〈ちゃんと完済しといたから〉
等々、文脈から、私がびびってることにして勝ち逃げしようとしているのが察せられた。
(こっちは仕事中、携帯持ってねえんだけどな~)
私はメールを送った。
〈お前にしちゃ上出来だわ。待ってな。今開けてやる〉
そして、着信拒否を解除した。
しばらくして、
〈電話していいか?〉
とメールがきた。
〈いいぞ〉
返信してしばらくすると、電話がかかってきた。
「ごめんな…」
しおらしい、上司Dの声が聞こえてきた。
「会社も辞めてよ。やっぱこれからのこととか考えるとさ…」
「…ふっ」
鼻で笑ってやった。
「ほんとにごめんな…じゃあな…」
電話が切れた。同時に、上司Dとの縁も切れた。

随分長くなったが、続きがある。
今までのいきさつから、部長には報告しなければならなかった。
「…上司Dとは縁を切りましたよ」
そう言って、私はしばらく黙った。
「ーー何だ?どうした!?」
部長が聞いた。
「ーーいや、気分が悪いんですよ」
私が言うと、「くっ」と部長は唸って、
「まあ、上司Dにとっちゃ、飼い犬に手を噛まれたようなもんだけどな」
と言った。随分な言い方だが、こういう時、想像の斜め上の答え方を、私はしてしまう。
「ーーいや、上司Dは、私を怖れていたんですよ」
すると、
「坂本、何かあったら、いつでも相談してこいな」
掌を返したように、部長は言った。
「ええ、ありがとうございます」
「じゃあな~」
電話が切れた。
「ーー誰がするか!」
電話口に、私は叫んだ。

ーーえっ?私がモテた証拠はないって?
その通り、モテませんよ。四十にもなって、モテることを証明できるとも思っちゃいません。
ただ確実なのは、上司Dを含めた私の周囲が、私に強い罪悪感、もしくは劣等感を持っていたということである。念のため言いますが、こんな異常人格が、優越感の極みだなんて言わないでくださいね。
そしてもうひとつ。私の周囲の空気は、上司Dを徹底的に腐らせた。上司Dだって、良いところはたくさんあったのだ。
先物を辞めた後に派遣でも似たような経験をした。そして私は、人を救おうと思わなくなった。