坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

水戸学の成立から観る日本人の精神

徳川三代将軍家光の時、中国明王朝が滅亡し、日本に儒学者朱舜水が亡命してきた。
朱舜水水戸光圀に招聘され、天皇を日本の真の君主とし、将軍を覇者とする尊皇論を生み出した。
日本人は戦乱の時に形而下の思考をし、泰平の世で形而上のことを考える。南北朝時代高師直
「王(天皇)だの、院は必要なら木彫りや金の像で作り、生きているそれは流してしまえ」という言葉や、後柏原天皇即位式を執り行えなかった時、「即位の大礼を行うことは無益である。儀礼で飾ろうとも、中身の無い者を人は王とは認めない」と言い放った細川政元など、小気味いいほどのリアリズムである。しかしこのリアリズムは、日本の実態を必ずしも写し出していない。このような小気味良い言葉を吐く武士達が、なぜ天皇、公家、朝廷を完全に排除できなかったのかが、彼等のセリフからは見えてこないからである。形而上の思考を読み解くことで、日本の実態が見えてくる。

水戸家は徳川一門であり、しかも御三家である。水戸家が生み出した水戸学は、幕末に尊皇論として倒幕、明治維新の思想的背景となり、結果的には徳川幕府を滅ぼしたことになる。なぜ光圀は、そのようなことをしたのだろうか?
この疑問について、作家の井沢元彦氏はひとつの意見を述べている。すなわちそれは、徳川家が生き残るために、徳川家と天皇家が敵対した場合、水戸家は徳川家に味方せずに、単独で天皇家に味方するように、家康が遺言していたという意見である。
私は井沢氏の意見を、卓見であると思っている。しかし卓見でありながら、真実の全てを表してはいないと思う。なぜなら水戸藩は、幕末の初期にこそ桜田門外の変などの活躍をしたが、その後藩論を統一できず、倒幕、維新に参加できずに終わるのである。
しかも十五代将軍の徳川慶喜は水戸家の出身だが、慶喜大政奉還したにも関わらず、倒幕の密勅には「慶喜を殺せ」と書かれ、江戸城で謹慎することでようやく許されている。もっとも慶喜は徳川宗家を継いだからそうなったのだが、水戸家は生き残ったとはいえ、滅ぼされなかったのは他の御三家も変わらない。家康の目論みは当たったとは言えない。

明治維新は一種の革命であり、関ヶ原の頃と同様に考えることはできない。ならば考えるべきは、水戸家がなぜ水戸学を創始したのかである。
徳川幕府は、朝廷をどのように扱っていたか。禁中並公家諸法度では、
天皇は御学問を専一とすること」
「摂政・関白は親王より上である」
などの条文がある。どう読んでも、天皇を敬っている態度ではない。
一方水戸学では、後醍醐天皇に忠誠を尽くした楠木正成を大忠臣とし、尊皇論によって歴史を観るために、藩を挙げての大事業として、『大日本史』を編纂したのである。『大日本史』の完成は明治三十九年、水戸藩はこの大事業の費用を捻出するため、江戸期を通じ領民に八公二民の重税を課した。
これでは、水戸学からみれば、幕府は完全に悪役である。面白いのは、江戸期を通じて水戸学が思想のスタンダードだったことである。
江戸時代を通じて、幕府は悪役だと思われ続けた!?ーー驚くには当たらない。これと似た精神構造を、我々は知っている。そう、国民がこぞって平和憲法を掲げ、対して自民党政権が「自衛隊は合法」と解釈してきたあの時代である。
いや、「あの時代」はまだ続いている。違いは、「あの時代」、我々は自民党政権を悪だと思っていたのであり、今はそれほど悪役だといわないことである。少なくとも憲法に限っては。

この精神構造について、私の見解を言おう。日本は歴史的に、強大な権力を持ってこなかった。しかし一度強大な権力が出現した時、人々はその政権を悪とみなすことで、出現した権力に対する精神の平衡を保ち、その権力を受け入れることができるのである。
この精神構造は安倍政権をも支えている。それは特定秘密保護法であり、集団的自衛権もおそらくそうだろう。このことは『特定秘密保護法解釈改憲靖国参拝』で論じた通りである。http://sakamotoakirax.hatenablog.com/entry/2014/04/24/064112
つまり「私は政権が悪いと思っているが、政権が国民の意向を無視して、強引に政策を実行した」と言いながら、実は密かに政権を支持していくのである。徳川幕府も五十五年体制も、そうやって政権の安定を得た。同様に安倍政権も長期政権となるだろう。

しかし、このような精神構造自体が、本当は破滅思考なのである。国民は安倍政権を受け入れた変わりに、東京都知事選では脱原発を放棄した。このことも『もう脱原発を唱える政治家はいなくなる~東京都知事選』で論じた。http://sakamotoakirax.hatenablog.com/entry/2014/05/07/100339_1
このような権利放棄ができるのは、自らが本当に必要と思うことを素直に言わないからである。このように考えると、「日本人は権利を求めて義務を理解しない」というよく言われる批判は、大きな誤解だとわかる。日本人は権利と義務の関係を理解している。理解した上で、義務を、そして権利を放棄していくのだ。
水戸学の尊皇論は、徳川幕府を滅ぼした。平和憲法はバブルを生み、五十五年体制を崩壊させた。(『田中角栄、バブル、そして憲法』を参照http://sakamotoakirax.hatenablog.com/entry/2014/08/16/011111
)とすれば特定秘密保護法集団的自衛権原発も、現政権ーー安倍政権でなくとも、その継承政権ーーを崩壊させることになるだろう。しかしその事件に、国民が巻き込まれない保証はない。