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坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

不作為の行為は加害行為である

6年ほど前、ある食品会社で
「箱取り」という仕事をやっていた。
「箱取り」とは、段ボール箱をパレットに積む作業である。パレットとは約1メートル四方の台のことで、パレットに載せた状態でトラックに積み、出荷する。パレットには、通常段ボール箱を100個積む。
A・B・C・D・E・Fの6ラインがあり、それぞれのラインから箱が流れてくる。
私はB・C・Dラインを任された。と言っても、C・Dラインは二つ同時には動かないので、実質2ラインの作業である。
箱には10個の袋詰めの製品が入っている。Bラインでは、1分間に60個の袋詰め製品を作る。つまり箱は10秒に一個、1分間に6個流れてくる。
CラインはBラインに近い数の箱が流れてくる。Dラインはもっと遅い。
更に、甲というものがある。こうりと読む。二つの箱を重ねて、バンドという、ビニール製のひもをかけたうえで、パレットに積むのである。バンドかけはバンド機を使って行うのだが、手間がかかる。甲の数は生産量の多いBラインが多く、C・Dラインが少ない。しかし二つのラインが甲になると、全力でやってギリギリで間に合うくらいである。
箱の重量は約4・5kg。流れてくる量によっては、一日中筋トレをやっているような形になる。

「間に合わないと思ったら、手伝うように声かけてこいよ」
はじめて箱取りをした時、同僚の箱取りGはそう言った。
やって見て、私は走らなければ間に合わないと思った。それで走って作業したが、やはり間に合わない。箱が溜まりきったところで、見かねたGが手伝いにきた。
「手伝えって言えって言っただろ!!」
私はGに怒られた。そんなこと、入社したばかりでできるわけがない。
昼休憩の時も食欲が湧かず、食べずに箱取りの仕事に戻ったら、力が出なくなった。見かねた上司が、その日は私を箱取りから外した。

パレットだが、これが絶対数が足りない。
パレットは、出荷場に多くある。パレットがなくなったら、出荷場に取りに行かなければならない(ただでさえ間に合わないのに!!)
しかし、多くパレットを取ると、
「いっぱい持ってくんじゃねぇ!!」
と言われる。出荷にどのくらい残しておけばいいのかなど、わからない。
それだけではない。Aラインには10枚から20枚、常にパレットがある。Aライン担当の箱取りH氏が、出荷から持ってきているのである。私がH氏からパレットを貰おうとすると、
「持っていくな!!」
と言われる。何の権利をがあってそう主張しているのだろう。
パレットを補充しないわけにはいかないので、出荷場に一枚一枚走って取りにいく。「取り過ぎ」と言われないようにするためである。すると、
「一枚一枚ちまちま持ってってんじゃねぇ!!」
となる。すでにいじめである。出荷場の人は、
「同じ箱取りの人に貰え」
と言う。板挟み。
(この会社は、新人だからって助けない。みんな自分のことばかり考えている)
ということがわかってきた。
その証拠に、私の仕事量が一番多い。
E・Fラインは2ラインでも、製品の種類が多く、個々の製品の生産量が非常に少なく、切り替えが多い。そのため、2ラインでも生産量は一番少ない。
もっとも、積み方に色々工夫に要りそうだが、そんなものは教えればいい。
Aラインは、Bラインと同じシステムである。しかし製品の種類が一種類しかないので、生産数はBラインより少し多い。しかし、一ラインしかない。
もっとも、機械がよく故障するようで、それを直すのが大変そうである。しかし、そんなものは教えればいい。
私の仕事量が、一番多い。

さすがに上司がパレットの独占は止めさせたが、H氏に独占を止めさせるには、二、三回上司が注意しなければならなかった。
フラフラになった私はE・Fラインに回された。E・Fラインは流れてくる箱の数ははるかに少なかったが、ひとつのパレットに何種類かの箱を載せたり、ラベルを貼ったりしなければならなかった。積み間違えて怒られ、ラベルを張り間違えて怒られ、箱取りから一度は外されたりしながら、少しずつ仕事を覚え、何とか箱取りの仕事ができるようになっていった。

Iが入ってきたのは、そんな頃だった。
Iは私より4つほど年上だったが、最初の頃から、箱取りの仕事に相当に適応していた。多分運動神経が良かったのだろう。
(こんな人もいるんだ)
私は関心した。
Iは最初に私がやっていたB・C・Dラインを担当することになった。Gが会社を辞め、私が変わりに入って、箱取りの三人体制が出来上がった。
もっともそこまでいくのに、何人もの箱取りが潰れていた。

Bラインが大変なのは、箱詰め作業が機械化されているからである。
箱作り機と箱詰め機があり、箱作り機が段ボール機を箱型に折り、下部にガムテープを張る。
そして箱詰め機で機械で箱詰めをする。その後流れてきた段ボールが、ガムテープを張る機械を通って上部にガムテープを張る。
ここまで機械が自動でやる。問題は段ボールである。段ボールを切らさないように、機械に段ボールを入れていかなければならない。手近の段ボールがなくなると、段ボール置き場に取りに行かなければならない。これが時間がかかる。
段ボールを取りに行っている間にも、箱は流れてくる。段ボールを取ってきた後、溜まった箱をパレットに積まなければならない。
パレットに百個積んでパレットを移動させる時も大変である。
パレットを動かすのに時間がかかる上、2ライン同時に、箱が積み上がることがある。パレットの移動に手間取ると、次のパレットが積み上がってまたパレット移動なんてこともある。
ガムテープも、無くなる前に交換しなければならない。ガムテープが無くなったからといって、ラインは止まりはしないのだ。交換の時は、手作業で段ボールにガムテープを張りながら、交換作業を行うこともある。
甲の時は、もっと大変になる。2ライン甲になったら、ベテランでも間に合わない。甲にする時間的余裕がない時は、箱を床に置いて(食品会社です)、少しずつ片付けていったり、他の箱取りに手伝って貰ったり最悪の場合、時間に余裕のあるラインを止めて、人海戦術で片付けたりする。
断言できるが、私はこの食品会社で、一番大変な仕事をやっていた。

私はよく、Iの作業を手伝った。すると、
「箱取りを手伝うな!!」
と、あからさまに言われた。
E・Fラインの箱取りには、作業を供給して、作業が止まらないようにする仕事があった。
私は大抵無視してIの手伝いをしていた。
(箱取りが箱取りを手伝って何が悪い)
箱取りを犠牲にして、数字を挙げた者が出世していく仕組みを、私は読み取っていた。
私は出世コースから外れた。
(こんなとこで出世したくねえや)
私は開き直った。

リーマンショックの後、会社の受注が下がり、暇になっていった。
(このまま定時が続くのかな)
と思っていたら、箱取りも人員削減された。三人から二人になったのだ。
IがA・Bライン、私がC・D・E・Fラインを担当することになった。
(マジかよ?会社はちゃんと計算したのか?)
前に述べた通り一ラインで箱は一分間に6個流れてくる。一時間で360個である。
2ラインで720個。甲の場合、さらにその倍の仕事をすると考えていい。
加えて、ガムテープの交換と、段ボールを入れる作業、段ボールを取りに行く作業も倍になる。パレット移動も大変になる。
(一日筋トレだ)
しかし、Iは驚くべき忍耐力で、この不可能な仕事をやろうとした。
もちろん私も、可能な限りIを手伝った。しかし3時になると、出荷が忙しくなる。
「このパレットを何箱、甲を何個にしろ」
出荷から次々と指示がくる。パレットが出来上がると、
「すぐに持ってこい」と言われ、出荷場に運ばされる。
3時から約一時間半の間、Iを手伝う余裕は全くなかった。もちろんIも、出荷から指示を受けている。大抵は甲ばかりである。
ある時、Iの代わりにH氏が箱取りをやっていた。それを見た上司が、
「ほら見ろ、こんなのも取れねえ!!」
と言っていた。
言い忘れたが、H氏は定年間近の五十代後半である。
(『こんなのも取れねえ』と言うが、『誰でもできる』とは言わねえんだな)
それを聞いて私は思った。
(上の奴等はみんな、出来ないことをやらせてるってわかってるんだ。それを認めたくないから、箱取りに当たってる。)
私は自分の仕事量を考えた。2000個から5000程度である。一方Iの方は、十時間労働で7000個ほどである。
(上の奴等は、箱取りが潰れるまで、間違いを認めない。このままこの仕事を続けて要れば俺は潰れるだろう。しかしそれよりも先にーー)
このような状態が半年ほど続いたある日、とうとうその時はきた。
Iは、膝をついて動けなくなっていた。
Iはその後、二週間ほど休んだ。
Iが倒れてしばらくの間、箱取りが手間取ると、ラインはすぐに止めて対応するようになった。あまりによく止まるので、生産数が上がらなくなっていった。
(ーーへっ、ざまあ!!)
私は思った。
なお、勤務時間は、定時までが9時間、うち一時間が休憩で、その後2時間の残業である。
週六日働くが、Iは二週間に一度休みを取っていた。
勤務時間を見ても、きつい方ではある。しかし人が過労で倒れる勤務時間ではない。時間当りの負担が、どれだけ大きかったかがわかるだろう。

それから約一年後、会社は箱積み用の大型の機械を導入した。おそらく億はする機械である。

不作為の行為は加害行為である。
私に上司の暴走を止める力がなく、Iほどではなくとも、Iに近い苦しみを受け続けたとしても、I倒れたIは被害者であり、倒れなかった私は加害者である。
私が加害者でなければ、倒れたIは何なのか。
「尊い犠牲」とでも言うか。そんな被害者と加害者の関係を曖昧にする言葉は不要である。事件は、被害者と加害者にわけて考えればいいし、それだけでいい。被害者と加害者を曖昧にするのは、
「倒れた奴が体力がないんだよ」
と言うような言い訳に繋がるからである
悪事は至るところにある。その悪事の多くに人は無力である。しかし無力だから罪なしではない。生きる上で、多くの不作為の行為を為すのを人は避けられない。
無力な自分は認めていい。しかしそれでもなお、人は罪を悔やまなければならない。