坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

私の擬装請負体験②

シリーズ一回目から読みたい方はコチラ↓


  1. sakamotoakirax.hatenablog.com

「おはようございます!!」
「お疲れさまです!!」
翌日から、Eと朝晩会うたびに、聞こえるようにあいさつした。
Eから返事は返ってこない。
私は少しむきになった。
「おはようございます!!」
「お疲れさまです!!」
声を大きくしてあいさつした。
Eは少しびっくりしたようだったが、やはり返事は返さなかった。
「Eさんは、あいさつしても返事しない」
と、私は回りに言い触らした。
(ひとまずは、これでよしと)

そのころ、製品が形通りに出来上がらないという指摘が、派遣先の係長Hから度々指摘されていた。
(まずいな)
と、私は思っていた。
実はこの問題は、しばらく前から私とEで取り組んでいたのだが、どうやってもうまくいかなかったので、正直投げていた問題だった。
係長Hは、暗に現場作業員を責めていた。
(もしEが問題を俺のせいにしたら、俺はくびになるかもしれない)
それが、私の抱いた危惧だった。
私は、派遣先の社員に色々探りを入れていった。その結果わかったことは、製品が形通りにできない問題を解決すれば、年間で2000万円の経費節約につながる改善提案を実行できるということだった。
(2000万!?)
この時ほど驚いたことはない。
(もし2000万の改善提案の実現に協力すれば、嘱託、正社員になるのも夢じゃない)
2000年代半ば、まだ派遣から正社員になる夢は、壊れていない時代だった。

2000万の改善提案のことは、係長Hから聞き出した。
2000万の改善提案の実現のため、器具の計測を係長Hに依頼された。

部署Cの作業内容は、ある金属製品の製造である。
ただ製造方法は特殊で、溶かして鋳型にはめる製法でなく、金属の原材料を粉にして、その原材料を型に入れ、それに水圧をかけて固めた後に、焼成という焼き固める作業をして、それを加工して製品にする方法である。
ただ型に入れたままでは製品が水に濡れてしまうので、型と同型のゴムの袋はない型に入れ、さらにゴムの袋に粉を入れるのである。
問題は、型とゴム袋の大きさが違うことだった。
私が係長Hに依頼されたのは、型とゴム袋の大きさが違うことだった。ゴム袋の方が小さいのである。
ゴム袋が小さいことについては、ある程度目星がついていた。
実は正社員Gから、ゴム袋が縮むことは聞いていたのである。
だからゴム袋については、何回か使用して縮んでいるかを確かめればよかった。
その頃、仕事は暇だった。定時までに、時間をもて余すほどで、
「暇で暇でしょうがない」と、Eもこぼすほどだった。
型を調べていて、型の大きさが、設計図に書かれた大きさと全く違っていたものがあったのである。それも高さ約1メートル程度、縦幅約10センチ程度、横幅約30センチ程度の型で、最大5センチほどの誤差が、設計図との間にあったのである。
(なんで!?)
私は考えた。この型はいつから使用されていたのか。今まで誰も、型の大きさを計測する者がいなかったのか。そしてなぜ大きさが違っていたのか。
私は係長Hに報告し、質問した。
「ーーわからん!!」
係長Hは、苦々しそうに言った。
(こんなことがあるのか)
会社というものは、作業員が問題なく仕事ができるように、充分に手を尽くしているものだと、私は思っていた。
しかし実際には、備品に不備があり、その不備に何年も、誰も気づかないことがあるのである。
(今まで問題が無かったから放置されていたのだろう。しかし問題になれば、器具の不備が原因で、作業員、それも派遣の作業員がくびになる恐れがあるということだ)

同時進行で、ゴム袋の計測も続けた。
しかし何しろゴムなので、ちょっと引っ張るとすぐ伸びる。色々試行錯誤して、やっとミリ単位でゴム袋が縮んでいるのを確認できた。

しかしその頃から、Eが邪魔して来た。
型は重いので、を計測するにはクレーンが必要になる。
私はそれまで、作業の合間にクレーンを使って型の計測をしていた。
しかしEは、私の手が空いて、型を測るためにクレーンを使おうとした頃に、決まってクレーンを使うようになった。
私は、作業の合間にEを観察した。
私の手が空くのは、自分の作業の機械を動かしている時である。
それまで、Eは自分の作業は、私の手が空く前に済ませていた。しかしEはクレーンのリモコンを持ち続け、私がクレーンが必要になる頃にリモコンを手放した。
もっとも、定時までには間があることが多い。
しかしその空き時間も、正社員Dが他の仕事を命じたり、他の部署の見学に私とEを連れ出したりして潰れていった。
さらに、Eは所長Fに接近していた。
工場内に人ふたりが入れる程度の大きさのブースがあり、所長Fはそこを事務所にしていた。
Eは、そのブースに毎日のように入り浸っていた。
放置しておくのもまずいと思ったので、私も一度所長Fの所に行って話をした。
その時、私はEについての自分の見解を、始めて口にした。それは、
「Eさんは、組織を乱す人間です」
というものだった。
「ーーそうなの?仕事に責任感のある人だと思っていたけど」
所長Fは言った。「例えばどんな問題があるの?」
「あいさつをしません」
「他には?」
「クレーンを使うのを邪魔してきます」
「他には?」
人の悪口は、そんなに言えるものではない。
「ふーん、ふたつだね」
と所長は言った。

「Eさんが、私の型の計測作業を邪魔してるようですね」
私は、正社員Gに話した。
正社員Gは、私が一時Eと組んで対立したことにこだわってはいなかった。こだわっていないことに、私はほっとしていた。
ほっとしていたというより、この際甘えてしまおうと思っていた。
正社員Eは最初は動かなかったが、
「明日の朝礼で、型とゴム袋の計測をするように言います」
と、Gは言った。
(そんなこと言ったら、またDさんと喧嘩になるだろう)
と思ったが、私は放置した。
係長Hにも、Eのことは話していた。
係長Hは動かなかった。これは一発騒動を起こした方がいいと思った。
騒動が起こって、係長Hが動かなければ、2000万の改善提案は流れる。係長Hは動かざるを得なくなる。
私は、係長Hが動くのに賭けた。というより、いくぶん投げていた。

「こんなに忙しいのに、なんでそんなことしなくちゃならないんですか!?」
喚いたのはEだった。
(ーーこの馬鹿)
私はそっぽを向いていた。もう顔も見たくないと思った。
案の定、係長Hは何も言わなかった。
流れが変わると、正社員Dはたっぷりと私に文句を言ってきた。

2000万の改善提案は、私にとって相当のしこりとなった。
自分の作業能力で派遣から抜け出す術は、2000万の改善提案しかないと、私は思っていた。この後の私の行動も、最終的に2000万の改善提案に関わるための行動であり、私が2000万の改善提案にこだわることが、様々な軋轢になっていった。
(つづく)

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