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坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

私の擬装請負体験⑮

シリーズ一回目から読みたい方はコチラ↓


  1. sakamotoakirax.hatenablog.com

A社についた時には、既に日は沈み、わずかな残照により、人も車も影の形で見えるだけだった。
私は、A社の駐車場に車を止めた。
(ーーさて、俺はここに何しに来たんだっけ?)


っておい!!


私は未だに、A社に来て何を言えばいいかわからなかった。
私は社員通用口から入ろうとし、
(なんか違う)
と思って躊躇した。駐車場に戻って考えていると、
「よう、戻って来たのか?」
と声をかけられた。見ると、シルエットだけでも見覚えのある人だとわかる。
「いえ、そうじゃないんですけどーー」
もごもごと言うと、少し話して、その人は離れて行った。
(ーーそうか、俺はB社で働いる者じゃないから、通用口じゃなく正面玄関から入らなければならないんだ)
こんな簡単なことにやっと気づいて、正面玄関に向かう。
玄関を入ると、インターホンがある。
しばらくインターホンを見つめて、無視して奥に進んだ。
久し振りのB社。
(相変わらず広い)
B社は敷地面積が広く、工場が大きい。棟が二つしかない。
古い工場によくある、いくつもの棟を連携させた入り組んだ構造になっておらず、非常にシンプルである。
(廊下が長い)
遠くにこちらに向かってくる人がいる。
その人とすれ違うのに時間が
かかる。互いに視認しあっているのは、なんとなく気まずい。
するとすれ違いざまに、
「ペコッ」
とお辞儀をする。この長い廊下のせいで、B社の従業員はR社の従業員より、いくぶん礼儀正しい。
このように、北海道の道路で車がすれ違うように二人とすれ違うと、また一台、いや人が廊下に出てきた。
(ーーん?)
と思ったのは、この車、いや人は、私が近づいていくと立ち止まり、逆の方に向かっていったからである。
こういうのは、目立つ。
私は、その人を知っていた。総務の∂課長である。
B社に派遣される時、私は∂課長に面接を受けた。
「ーーまあいいか」
と言って、∂課長は私を採用した。
(まあいいかって何だよ)
と、その時、私は思った。それ以来、∂課長と話をしたことはない。
(ーー∂課長は、俺に気づいたか?)
考えた。目は会わなかった。
また逆方向に行った。
(しかし、俺と∂課長は向き合った)
廊下の構造や、礼儀の問題ではない。既知の者に対する反応として∂課長の対応は異様だった。
(まあいいや)
私は総務室に入った。

総務室には、K課長がいた。
K課長は、私を見ると満面の笑みを浮かべた。
(まるで、俺が来ることを予期していたようだ)
とは、この時は思わなかった。
むしろ逆に、私は懐かしさに包まれたのである。古巣に帰った気持ちになり、緊張感が若干ほぐれた。
「何の用?」
私を食堂に案内して、K課長は聞いてきた。
電気は、付けない。
扉が半分空けられていて、廊下の光で、かろうじてK課長の顔の輪郭がわかる。
(ええと、何を言えばいいんだろうなーーそうか!!)
「さっきのK課長の表情で、K課長が私のことを知らないんだとわかりましたよ」
懐かしさでいっぱいになっていた私は、そう言ってしまった。
「俺に言っても、力になれないよ。俺は異動したから」
「ーーMくんのこと?」
K課長が聞いた。
「いや、事情がどうあれ、Mくんは自分で辞めたんですから、そのことはいいんですよ」
「何も知らない」はずのK課長と話が噛み合う違和感に、私は気づいていない。ただ、
(K課長って、こんな気さくな人だっけ?悪い人じゃないけど、もっとつっけんどんな人だったようなーー)
とは思っていた。
私は、相変わらず自分が何を言いにきたかわからない。
「何を言えばいいかな、ええと…」
としどろもどろになりながら、
(そうだ!!)
と、やっと言うべきことを思いついた。
「あの、私がくびになったいきさつについて話がしたいんですけどーー」



ってそれかい!!


「あ、その話なら、ちょっと待って」
と言って、K課長は食堂を出て行った。
しばらくして応接室に通され、待っていると、K課長は∂課長を連れてきた。
「君が解雇されたいきさつについて話したいということだがーー」
「はい、私が解雇された理由は、表向きは私の作業上の問題ということになってますがーー」
「表向きじゃなくて、実際そうなの」
K課長の言葉に、私は返せなかった。
「君が辞めた後も、うちでは何人もの人をリストラしている。これは経営上、仕方のないことなんだよ」
∂課長はそう言い、さらにその後、
「我々はその気になれば、請負の社員をその日のうちに解雇することができる」
と言った。
(ーーえ?)
私はこの言葉に引っ掛かった。
(そんなに簡単にくびにできるはずがない)
そう思ったが、当時の私は労働法を知らない。
「しかし、その場合は解雇予告手当の60パーセントを支払わなくてはならない」
∂課長は続けたが、私には意味がわからない。ただ、
(どうもこの人は、言わんでもいいことを言ってるな)
と、自分が何を言えばいいかわからない代わりに、相手の値踏みをしていただけだった。
「それで、君はどうしたいの?」
K課長が聞いてきた。
「はい、私がくびになったいきさつについて話がしたくてーー」
「うん、それで?」
「あの、私がくびになったのは、F所長の不正によるものでーー」
「うん、それで?」
「その、所長はEさんをリーダーにしようとしたんですがーー」お前、今どこにいるの
「R社です」
「R社?へえそうーーそれで?」
K課長は軽く言った。
「それで、私には『リーダーじゃない、連絡係だ』って嘘をついてーー」
「うん、それで?」
(∂課長と比べて、K課長はさすがだな、なるべく自分の主張をせず、俺に意見を言わせようとしている)
とまた関係ないことを考えている。

健全な精神の持ち主なら、「Mくんの辞めさせ方がひどい」と言うのだろう。
しかし私は、こういう場合、
「どんな事情があっても、辞めた本人が悪い」と言われ、抑圧されて育ってきた。Mくんを弁護できるような、健全な精神は持ち合わせていない。

「それでーー私とクリスタルグループの間に起こったことを、社内公表して下さい」
と、私の主張は一気に飛躍してしまった。
「それは我々の問題じゃない。そういうことは派遣会社に言って下さい」
と、∂課長は言った。
この時期、擬装請負についての考えがまだ充分でない私には、反論できない。
「でも、Eさんってもう辞めたんじゃないの?」
K課長が言った。
(ん?)
私はK課長に疑問を持った。これまでK課長を値踏みしながらも、疑問を持ったのは初めてだった。
「いや、Eさんは戻ってきたって聞きましたよ」
と言うと、K課長は黙った。
「何だそれは、君はEさんを辞めさせろと言いにきたのか?」
∂課長が言った。
「ええ、そうです」
ここまできたら、そう言うしかない。
「何だそりゃ、話にならん!!」
と言って∂課長は立ち上がり、応接室を出て行った。
「……今度は、もっと考えてから来て」
そう言って、K課長も出て行った。

(ーー俺がなぜ『B社にいかなければならない』と思ったのか、やっとわかった)
帰りの車の中で、私は考えた。
(俺は自分の中にある、派遣先への信頼を壊しに言ったんだ。派遣会社だけを信用せず、派遣先が話が通じると思ったら、必ず俺の首が締まることになるからーー)
謀略を繰り返すことになっても、私は派遣先が、最後には必ず理解してくれると信じたかった。派遣先が信じられなくなれば、信じるべきものが何もなくなってしまう。
(今、俺の中の派遣先への信頼は壊れた。しかし今日の失敗が原因で、俺はくびになるかもしれない。それも今日中にだ。なにか手はあるかーーあった!!)

先に述べた通り、私は「Mくんの辞めさせ方がひどい」と言えない、不健全な精神の持ち主である。
健全な要求を退けられた後、必ず抑圧された。しかし抑圧が繰り返されるうちに、私はこんなことができるようになった。

家に帰り、
〈争いの圏外にいなよ〉
とMくんにメールを送った。
〈どうしたんですか?何かあったんですか?〉
とMくん。私がB社に行ったことをメールで説明すると、
〈わかりました〉
と返してきた。
(ここからだ)
私は返信した。
〈それは派遣会社の問題だって。いいのかね、擬装請負絡みの問題なのに〉
Mくんからの返信はなかった。

それから数日経ったある日、私はR社で作業をしていた。
Θ係長と目が合った。Θ係長はへへっと笑って、現場を去って行った。
「お前、凄い目で回りを見てるって、みんな言ってるぞ」
と、Vさんから言われた。
(もう、警戒を解いても大丈夫なようだな)
私は思った。
(二重スパイ的なMくんの存在が効を奏したとは断言できないが、すぐに何かが動くことはない。B社への乱入を不法侵入と訴えられるかと思ったが、それもないようだ。しかし敵は)
敵は、Aグループそのものだという認識に、既に私は経っていた。
(敵は、必ず俺をくびにしようとするだろう。その時に向けて、対策を立てなければならない)
(つづく)
水瓶座の女


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