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「坂本はQ社の営業所に行くことになっているから、今日は定時で上がらせるように」と翌日、朝礼で言われた。
(のっけから釘を刺された感じだな)
「お前、何の用だと思う?」
Vさんが聞いてきた。
「これ」
私は親指を首にあて、掻き切るしぐさをした。
「だったらどうする?」
重ねてVさんが尋ねた。
「私をくびにはできませんよ」
戦う気構えが、私の全面に出ていた。
「ーーあのな、お前が何をしようとも、T部長がくびって言ったらくびなんだからな」
Vさんは私のことを気にしながらも、もめ事は困ると思っているようだった。
定時になり、私は営業所へ向かった。
「じゃあ、こっちに座って」
営業所に入ると、営業Sが言った。
私は椅子に座ったが、すぐに落ち着かなくなり、足を組み、右腕を背もたれにかけた。
挑発的なポーズである。営業Sは、少し以外そうな顔をした。
「ーー今日呼ばれたことについて、思い当たること、ある?」
Sが尋ねた。
「いいえ」
「ほんとに何もない?少しでも思い当たることはない?」
「いいえ、何も」
「君のためを思って言ってるんだよ?ほんとに何もない?」
「もういいから、本題に入って下さいよ」
「なに?」
「そちらが用があるって言って呼んだんですから、私が言わなければ進まない話じゃないでしょ?」
「ーーなに話の主導権を握ろうとしてるの?じゃあ言うよ。11月5日で、君はくび」
「……」
「理由は二つ。T部長から、『作業面に問題あり、これ以上の成長は望めない』と言われたこと、これがひとつ。もうひとつは、Yさんからセクハラ、ストーカー行為を受けているという訴えがあること」
「それは逆ですよ。私が彼女から逆セクハラを受けてるんですよ」
「いや、みんな言ってる、坂本がYさんにセクハラ、ストーカー行為をしてると」
「私の能力のどこが低いってんですか?」
「みんなそう言ってる。心当たりがあるだろう?」
「ないですね」
「本当にない?何か失敗したとか?」
「ーー6月や7月に、失敗したことはありますけどね。でも三ヶ月も前の話ですよ」
自分から失敗の話を切り出したのはまずいと思ったので、私は「三ヶ月前」と付け足した。
「とにかく、君の作業能力に問題があるということでは、みんなの意見が一致している」
(『三ヶ月前』の失敗のことを針小棒大に言ってこない。手強いな)
「具体的に私がどんな失敗をしたっていうんですか?」
「いやそれについては、みんな言ってるから」
「私をくびにするのは、私の問題じゃなくて擬装請負をやってるからじゃないですか?」
「擬装請負なんかやってませんよ。なんならいくらでも調べて見てください」
Sは目を反らして言った。しかし私は、Sが目を反らしたことより、Sの声のトーンに注目していた。
(擬装請負をやってない……?)
「とにかくT部長から『これ以上の成長は望めないと言われているし、何よりセクハラ、ストーカー行為の件は大きいよ。そういうところで素直じゃないって言われるんだよ」
「あれは中傷です!!中傷に素直になったってろくなことがない!!どっちにしても私のくびを切ろうって魂胆でしょう!!」
「そんなことはないよ。少々作業能力が劣っていても、協調性があって人の意見に素直に耳を傾けるところがあれば、くびにしようなんて話にならないよ」
「そんなに私への批判があるなら、なんで今まで言ってくれないんですか!?」
「そういうのをいちいち忠告してくれると思ってるの?自分の身は自分で守るもんだよ」
(なんだとーー)
「それじゃいざって時にくびできるようにしてるだけじゃないですか?」
「私とにかくもう決まったんだよ。それもみんな君が悪いからだよ」
「私は悪くない!!悪いのは回りの奴らだ!!」
「ここで意地を張ることに、何の意味があるの?」
少し黙って、Sは言った。
世の中には不公平なことなんていくらでもあるよ。そういうのを受け入れて、人間って生きていくものじゃないの?抵抗するのもいいけど、次の就職先はなくなるよ?もちろんうちも紹介できないし、どうせ次の就職先では、給料はまた下がるんだよ?」
ここから、私の勢いは落ちていく。とうとう丸めこまれてしまった。
「ーーこの件については、T部長やYさんには話さないように」
Sが言った。
(ーーへ?)
「特に、Yさんに話したら、その時点でくびにする」
読者の皆さん、この言葉に笑わないように。私も昔書いたものを読み返すまで、この言葉のおかしさに気づいていなかったのだから。
「どうしてですか?」
「向こうも君をくびにすることで傷つくんだ。そうしてまた、多くの人を苦しめたいのか?これ以上現場を混乱させるなーー君にひとつ、いいものを見せてあげよう」
Sは一枚の書類を持ってきた。
「君は、これに引っかかったんだよ」
それは、規則についてかかれたものだった。
「会社の秩序を守り、騒動を起こさないこと」
「ーーこれ、コピーしてもらっていいですか?」
私が言うと、
「駄目、これは会社の情報だから」
Sが言った。
「ーー1週間以内に、これを書いてきて」
Sが一枚の書類を渡した。
(ーーおいおいマジか!?)
それは、10月5日から11月5日までの雇用契約書だった。
(こいつは使える)
私はその書類を八つにたたんでポケットに入れた。
この時点で、私に反抗する気力はまだなかった。それでもこの書類に署名しないことは、この時点でほぼ決まっていた。
翌々日は、日曜日だった。
二日間で、私は考えを変えた。
ひとつは、Sは次の就職先を紹介することを約束したが、
就職先を本当に紹介するかどうか、疑惑を持ったのである。
(もし紹介しないなら、そして次の就職先に就職できないなら、今までやってきたこと全て無駄になり、不名誉を押し付けられてしまう)
もうひとつは、とうとう出版社から話がきた。前日のことである。
私は、Q社の営業所に行き、出版社に送っている、今までの一連の出来事を書いたものをQ社のポストに入れた。
そしてSの携帯に電話した。
「伝えたいことが二つ。ひとつは私がAグループにいる間にあったことを文章にして、出版社に送っています。それで今、出版社から本にしたいという話がきています。その原稿を、Q社の営業所のポストに入れておきました私がこの二年間、どんな思いをしてきたか知ってもらいたいからです。私は今回の解雇は、やはり私を危険視する者の陰謀だと思っています。Sさんには文章を読んでもらって、今回の件の判断材料にしてほしいのです。もうひとつは、Yさんは名誉棄損で訴えます。そして会社の同僚を相手に裁判をするのですから、次の会社の紹介は要りません」
会社の同僚を相手に裁判をすれば、会社から派遣先を紹介してもらうのは筋じゃない。この時期の私は、こんな考えをしていた。
「だからYさんには、私が裁判をすることをちゃんと伝えといてください」
「いや、それはしないよ」
「え?」
「だってそれは、君とYさんの問題じゃん」
(ーーん?)
「なら私から、Yさんに伝えてもいいですか?」
「いや駄目だ」
「それじゃYさんは、気がついたら訴えられてるってことになるじゃないですか」
「ーーいや、Yさんの件は解雇理由じゃないよ」
(……)
「じゃ、Yさんのことは問題じゃないんですね?あくまでも解雇理由は作業能力の問題であると」
「そう」
「それをT部長が決定したんですね?」
「いや、決定したのはT部長じゃないよ」
「じゃ誰が決定したんですか?」
「決めたのはW課長だよ」
「ならWさんに話をしてもいいでしょう?」
「駄目だ。くびにすることで相手は心を痛めているんだ。それがわからないのか?」
私がくびになることで苦しむのは、全く問題じゃないらしい。
「でも私には、くびにする決定をした人に話をする権利がありますよ」
「いや、決めたのはWさんじゃないよ」
(お前か!!T部長の名を騙って人のくびを切ってたのは!!)
こいつらは、現場の人間に不評判がたってもいいのである。総務の評価さえあれば。
この後は当然のごとく喧嘩状態。電話を切る頃には、
(よし、勝つぞ)
と、決意を固めていた。
(つづく)
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