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坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

『進撃の巨人』を考える①

進撃の巨人』(以下『進撃』)は、出版不況と言われる中でヒットしている数少ない作品のひとつで、2015年10月時点で累計5000万部を突破している。 一冊あたり200万部超えで、2000年代ならしばしばあったが、最近では一冊あたり100万部超えもない中では珍しい。 『進撃』がなぜこのようにヒットしているのかを考えて見たい。 『進撃』の最初は、壁に閉ざされた世界から始まる。 壁は、巨人から人類を守っている。 100年来巨人が壁を越えたことはなく、壁の防衛をしている兵団はだらけきっており、壁の外に出ていこうとする調査兵団を馬鹿にしている。 壁に閉ざされた世界など、シュールレアリズムのようで、正直私には取っつきにくく、それが最近まで『進撃』を読まなかった理由だった。だからむしろ、このシュールな設定になぜ人が熱狂しているのかを知りたいと思ったのが、『進撃』を読み始めた動機である。 この壁を、『進撃』の象徴とも言える超大型巨人が破壊し、巨人が侵入してくる。 主人公エレンは逃亡する中で、母親が巨人に食われるのを目撃し、巨人に復讐を誓う。 エレンの復讐の動機は、頭ではわかる。しかし『進撃』の世界観を充分に飲み込めていない私には展開が速すぎて、エレンに感情移入しきれなかった。この置いてきぼり感を念頭に置いて、私は記事を書いている。 ただ読み返してみて、

私が無能なばかりに……ただいたずらに兵士をしなせ…ヤツらの正体を…突き止めることができませんでした!!

 

と、「息子は役に立ったのですよね?」と、戦士した息子の母親の尋ねに答える調査兵団団長の言葉と、

オレが…巨人に立ち向かわなかったのは…オレに勇気がなかったからだ…

 

と言うハンネスの言葉は好印象である。絶望的な状況で「無能」「臆病」を正直に語ること。これは『進撃』のテーマに深く関わっている。 エレンは壁の外で巨人と戦う調査兵団への入団を希望する。 多くの訓練兵は、安泰な内地に行きたがっている。その中でジャンが、 「人類は、巨人に勝てない…」 と言う。エレンはそれに対し反論し、翌日何人かの訓練兵が調査兵団志願に切り換える。その様子に、エレンは巨人との戦いの希望を見出だす。 ところが、エレンの演説には実は説得力がない。 ジャンが「巨人に勝てない」と言う根拠は、「巨人を1体倒すのに30人死んだ」という犠牲の格差である。 それに対してエレンは、「物量戦を挑んで負けるのは当たり前」としながらも、対策は巨人から情報を得て戦術を練ることである。確かに巨人から情報を得られるし、戦術も練れるが、それはエレン達が巨人に食われる過程で得られるものだと言わざるをえない。 この後、巨人との戦いの死傷率が若干改善されたことが明かされる。作者は意図的に古い情報を提供し、絶望感を募らせている。その分エレンの希望は虚ろで、調査兵団志願者達は特攻隊のにおいを醸し出している。 そこに、超大型巨人は現れる。

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その登場は唐突すぎて、一瞬読者を戸惑わせる。 バトルマンガではよく、キャラクターの動きがわからない描写がある。これはどのバトルマンガにもあるもので、動きのわからない描写が全くないマンガを、私は『ドラゴンボール』以外に知らない。 バトルシーンの描写がわからないのは、根本的には作者の画力の問題だが、このような描写力不足を逆手にとるような手法も開発されているようである。 マンガを読んでわからない部分を、読者は脳内補完しようとする。この場合は「巨人の襲来」「訓練兵の出動」が省略されたと判断する。「訓練兵の出動」の描写がカットされると、躍動感が削がれる。 しかし本当は、超大型巨人は突然現れたり消えたりするのである。作者はそのことを最初に教えない。 読み返せば、訓練兵達が壁の上にいるコマがあるので、訓練兵達が突然超大型巨人と遭遇するのは、ストーリー上問題はない。ただ読者に、突然「死」に直面したという印象を残すだけである。 超大型巨人は壁を破壊し、巨人との戦闘が始まる。 「後頭部より下、うなじにかけて」の部分が巨人の弱点だと、ここで明かされる。 この設定は。普通ならボツアイディアである。 もちろんこの設定が必要だから採用されているのだが、普通の作者なら、設定の開陳はもう少し遅らせたいと思うところである。 なぜなら攻撃方法が限定されて、戦闘が単調になるからだ。ただでさえバラエティに富んだモンスターに見馴れた読者が、巨人という一種類の敵とのバトルを見ているのである。 このように言っても、読者は『進撃』の批判とは受け取らないだろう。『進撃』の醍醐味が、巨人と巨人の戦い、巨人の正体に迫る謎解き、戦術などの複合であるのは周知のことだからである。 巨人の弱点の早めの開示の理由は、「このマンガは早く終る」という、作者の読者へのメッセージではないかと思っている。面白いと思わなくても、すぐ終るのなら最後まで読む可能性が増える。そしてこのメッセージを裏切って、『進撃』は長期化し、ヒットする。 エレンは巨人と戦うが、すぐに足を食われて戦闘不能になる。 主人公が手足を失うストーリー作品というのはほとんどない。 思いつくのは『ジョジョ』の二代目だが、『ジョジョ』の場合は、それ自体が冒険の終焉を意味していた。 主人公は読者がもっとも自己を投影するキャラクターであり主人公の手足が跳ぶのは、自分の手足が跳ぶのと同じである。手足が跳ぶのはモブキャラである。 私はここで一度、読む手が止まった。この場面に抵抗を感じなかった読者はいなかったと思うが、それが読む手が止まらない程度のものならば、読者は自分をモブキャラだと思っている。 仲間が次々と巨人に食われていき親友のアルミンも巨人の口の中に入る。 飲み込まれそうになるアルミンの手を、片足だけでどうやったのか、巨人の口の中に入り込んだエレンが掴む。エレンが片足だけで跳躍したのか、巨人の体を這い登ったのか、描写の省略は躍動感を消すためのものである。 エレンはアルミンを巨人の口から放り出すが、自分が抜け出す力が残っていない。 エレンはかつての記憶を思い出す。海や砂漠など、壁の外の世界を教えてくれたのはアルミンだった。

お前がいてくれたから…オレは…

 

嘘である。 エレンが世界を冒険したいと本当に思うのなら、巨人がアルミンを食っている間に巨人を倒そうとするだろう。 エレンは巨人に敵わないと思い、戦って前のめりに倒れるふりをして、自ら巨人の口に入り込んだ。そして「アルミンを助ける」=「夢を助ける」という詭弁で、自殺を正当化したのである。 このように言うと、 「18巻でエレンが、巨人に食われた時のことで自殺とは真逆のことを言っている」 と思う人もいるだろう。しかしこれは途中で、エレンのキャラクターが変化したためだと思っている。

君が僕の身代わりになるなんて…あってはならなかったんだよ…

 

というアルミンの言葉は、作者がエレンの行為を肯定していないことを表している。これはまた後に語ろう。 またエレンと全く同じことをやろうとしたクリスタ(ヒストリア)に、ユミルが「自殺だ」と言っている。作者はクリスタに言って、エレンに言わないだけである。クリスタは女のエレンであり、「進撃』の真のヒロインである。 エレンが巨人に食われて、私はもう一度読む手を止めた。続きを読んだのは、『進撃』のヒットの理由を知るためで、ストーリー自体への興味は既になかった。 そして、驚いた。 エレンが巨人に食われてから、『進撃』は始まっている。そのテーマは他のどのマンガよりも深い。次回以降、『進撃』のテーマを見ていこう。