坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

信長の戦い①~道三は信長の「本気」を見た

『名将言行録』にあるエピソード。
信長が濃姫を娶った後、濃姫が眠っているのを見て、ひそかに起きて外に出、明け方になって帰ってくることが一ヶ月ほど続いた。
濃姫は信長が浮気をしていると思って信長を問い詰めたが、信長は話をはぐらかす。
そこでさらに濃姫が問い詰めると、信長は「道三の両家老に道三を殺害して子丑の間に火をあげるように約束したので、その火があがるのを待っている」と濃姫に言った。濃姫はそのことを手紙で道三に伝え、道三は両家老を殺した。

このエピソードは、『信長公記』にはない。道三が両家老を殺したという話もない。
江戸時代の文献は作り話が多く、基本的に信用できない。
しかし私は、以外とこういうことがあったのではないかと思っている。

信長と道三は、正徳寺で会見している。
会見後、道三は「この山城(道三)の子があのたわけの門外に馬をつなぐことになるのは間違いないだろう」と述べ、さらにその後、信長に「美濃一国の譲り状」を贈っている。
男と男が顔を会わせて運命が動き出すという話は、本宮ひろ志をはじめ、多くのストーリーもので描かれてきたが、最近ではこのようなストーリーは描かれなくなっている。
その理由は、我々が運命を信じなくなってきているからだろう。そして運命を信じなくなった我々としては、信長と道三の会見は心に響かなくなってきている。
正徳寺の会見で、信長は長槍と500挺の鉄砲を持ち、ちんどん屋のような格好から正装に切り替え、道三を出し抜いている。
しかし、道三を出し抜いたことが、道三に「この山城の子があのたわけの門外に馬をつなぐことになる」と言わせ、「美濃一国の譲り状」を信長に贈るのにはつながらないのである。なぜならそれだけでは、信長が道三より駆け引きに優れていることを示すだけで、信長が美濃を獲ることを示すことにはならない。
才能が優れているのを結果を必ず出すと信じるのは、運命を信じるのと同じである。

ならば道三の信長への肩入れが何によるものなのかを考えると、それは信長が「本気」だと、道三が思ったからに尽きると思う。
何に「本気」かといえば、美濃攻略などではない。当時の信長は家督を相続したばかりで、世間ではうつけと言われ、四面楚歌の状況だった。
信長はこの後、周囲と戦っていくが、問題はその時、道三がどう動くかである。
土岐氏を追放して美濃一国を支配し、蝮と言われた道三である。信長が道三の娘婿だからといって無事で済むとは考えないだろう。
ならば贈り物を贈るなどして親交を深めようとするだろうか?そんなことをしたら足元を見られ、尾張に調略をかけてくると考えるべきだろう。
ならばここが、信長の「本気」を示すところである。美濃に調略を仕掛けるのは、「仕掛けてきたらただでは済まさない」という意思表示になる。
これは、信長が道三と戦って勝つということではない。
道三が本気で尾張に調略を仕掛けたうえで信長を攻めれば、信長は死ぬだろう。
しかし死ぬ気でも敵に屈さない意思を示すことは、四面楚歌の状況では必要である。

ということで、信長が道三に調略を掛けた確証はないが、道三は信長の知恵より「本気」を見たから、信長に肩入れしていったのだろう。

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