まずはこのOPから なんかすぐ削除されてしまいそうだけどww
それでもアニメのOPのままで視聴するのがいいだろう。
『限界突破×サバイバー』に代わるまで、約1年半『ドラゴンボール超』(以下『DB超』)のOPだった曲である。
OPは大体据え置きで、EDは1クールごとに変わるという、原作をアニメ化していた時とは大分違うスタイルで、『DB超』は放送されている。
EDは印象のない曲が多く、ネットでの評判も良くない。 しかし意図して、このようなスタイルをとられているようである。
『ドラゴンボールGT』(以下『GT』と比較して、『DB超』の曲を批判する声もあった。 確かに曲は『GT』の方がいい。
しかし『GT』はきれいすぎるのである。
『GT』はすでに完成された『DB』の世界観をそのまま引き継いで、さらに悟空達を活躍させようとした。その結果話が盛り上らず、きれいに話を畳もうとするようになった。 それに合わせて曲もきれいになっていった観がある。
『DB超』は破壊神ビルス、そして後に全王を世界観の中心に据え、悟空を世界観の中心から外すことで、悟空達は不完全なキャラでいることができるようになり、常に新鮮なストーリー展開ができるようになった。
『超絶☆ダイナミック』も、くたびれたオッサンがもう一度夢を見よう(なんか俺みたいww)という含みがあって、悪くない。
『限界突破×サバイバー』も、何か秘密がありそうである。しかしまだ様子を見たいので、この話は後にしよう。
『ドラゴンボールZ 神と神』 『ドラゴンボールZ 復活のF』を経て、『DB超』はスタートした。
だから劇場版、TVアニメ、マンガ版の三つを比較した方がいいだろう。
劇場版の『神と神』は、破壊神ビルスの顔見せの面がある。
破壊神というと魔王同様に捉えられかねないので、悪人でない破壊神を視聴者に見せる必要があった。
超サイヤ人ゴッド(以下SSJG)になった悟空は、自分一人でSSJGになれなかったことを悔しがるが、ビルスは「そんなことを言うサイヤ人は珍しいぞ」と言う。
サイヤ人の人数が少ないので、悟空がサイヤ人の中で珍しい考えをするのかはわからない。
「そのプライドは弱点になるぞ」ともビルスは言う。
ビルスは悟空を、そして『DB』の世界観をも、これまでと違う方向に導こうとしているようである。
『神と神』の時点で、悟空のキャラが大分変わっている。
これは約束を守らない者の態度である。 原作の悟空は、こんなことを言わなかった。
悟空はSSJGの力を八割までしか出していなかった。
全力で戦おうとする時に、SSJGが時間切れになる。 しかし悟空はSSJGのパワーの大部分を吸収しており、それほどパワーダウンしない。
TVアニメでは、悟空がSSJGのパワーを完全に吸収したことになっている。
このように変更されたのは、不自然だからである。
劇場版では地球を破壊しようとするビルスの攻撃を、一瞬だけSSJGになって跳ね返す。
悟空がSSJGの力を吸収するだけで奇跡なのに、手続きを飛ばしてSSJGになるなど、奇跡が二度起こっている。この不自然さを解消するためにこのようにしたのだと思う。
TVアニメでは、ビルスの破壊は無意味だという。
と言って、星を半分破壊ww
単なる気紛れなのである。
このビルスが、悟空に感化されて少しずつ変わっていく。 というのが『DB超』の重要な話の流れだが、劇場版ではビルスは七割の力を使っているのに対し、TVアニメでは全然本気じゃなかったという。
マンガ版では、悟空のSSJGは解けていない。
ちなみにマンガ版の悟空は、アニメのようなバカキャラなところはない。ただがさつなところが時々指摘されている。
マンガ版の悟空は、ほぼ原作のキャラをそのまま引き継いでいる。
SSJGでもビルス相手には力不足だが、徐々にSSJGの力を引き出していって、地球を破壊しようとするビルスの攻撃を跳ね返す。
ビルスは「面白い」と言って、地球を破壊するのをやめる。
ビルスの悟空に対する感情は、劇場版は感動であり、TVアニメでは感化されている。
しかしマンガ版は興味にすぎない。悟空の人格がビルスに与える影響がないのである。そしてビルスはやはり、少なくとも劇場版よりは強くなっている。
これは結構深刻で、TVアニメ版はアホキャラの悟空を強調して、最終的に悟飯が悟空を越えて主役交代をすると思っていたが、マンガ版は原作の悟空に越えられない壁を作り、その壁を悟飯が越えることで主役交代を図ろうとしているようである。
その兆候は『未来トランクス編』まで進んでいる3巻に、既に表れているようである。
古代史、神話中心のブログ「人の言うことを聞くべからず」+もよろしくお願いします。