坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

小池田マヤ『しのぶもちずり』

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小池田マヤの『しのぶもちずり』は労作である。

 傑作ではない。しかしこの作品は、作家の使命感がある。

 それは「主人公にならない人間を主人公にする」というものである。

 創作とは既成のものを打ち破るものであり、そうである以上紋切り型の作品を作る作家でも、既成のものを打ち破るのは半ば義務のようなものであり、それをしない場合、たとえ紋切り型の作品がヒットしていても、暮夜密かに作家を悔やませるものである。


 『家政婦さんシリーズ』では、全体を通じての主人公は家政婦の小田切里だが、各シリーズごとの主人公がいて、(大抵は依頼主)『しのぶもちずり』の主人公は依頼主の信夫十忍(しのぶとしのぶ)である。

 信夫は営業マンで、メンヘラである。

 営業の仕事ほど、自分の仕事の意味が分からずに悩む仕事はない。それが「主人公にならない人間を主人公にする」作品とする第一の理由である。

 営業の仕事で神経を磨り減らし、周りにはしっかりしている人のように見えても、何かに頼りたいと思ったり、人と関わるのが苦痛で身を捩ったりする。信夫はそれで離婚した。

 離婚してもしっかりして見えるし、営業マンらしく物腰が丁寧なので、信夫はもてる(男にも)。

それで家政婦とのトラブルがあり、嫌気が差した信夫が家政婦派遣に提示した条件は「依頼主と顔を合わせないこと」だった。


 『家政婦さんシリーズ』の醍醐味は、依頼主の理不尽な要望に里が答えて、なおも依頼主を満足させていくところにあるが、このシリーズでも、里は顔を合わせずに、信夫の満足のいくサービスを提供していく。 

結局顔を合わせた二人は恋仲になるが、里は信夫のメンヘラに付き合い切れなくなる。

 メンヘラは周囲を疲れさせ、人が離れていく。 

これは信夫が営業の仕事をする限り、宿命のようなものである。

 そしてこれが信夫が本来主人公になれない第二の理由である。人が幸福になるのに人とのつながりが必要なら、信夫は永遠に幸福になれない。

ハッピーエンドを迎えられない信夫は、普通は主人公になれないのである。

 しかし信夫は幸福にはなれないが、誇りがある。誇りが幸福に変えられるものだとは思わないが、幸福の代わりに誇りを持って信夫は生きていく。

信夫は多くの幸福になれない人々の代表である。


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