坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

日本型ファンタジーの誕生⑪~『亜人』:永井圭

亜人』は一巻では原作が三浦追儺、作画が桜井画門となっており、二巻以降から原作、作画共に桜井画門となる。

 なぜそうなったのか、講談社は語っていないが、想像を広ければ、設定は三浦が行ったが、作品にテーマを与え、テーマに基づいたストーリーに変えていったのが桜井ではないかと思う。


 永井圭は、突如交通事故に合い、生き返ることで自分が亜人と知り、周囲の人達にも知れる。

 『亜人』の重要なテーマのひとつは差別である。亜人とわかった人は、国に隔離される。

 隔離されることを怖れた永井は逃亡し、その逃亡を旧友の海斗が助ける。将来医者になろうとする永井は、父親が犯罪者の海斗と、それまで縁を切っていた。

 亜人は死なないのかと言えばそうではなく、死んで生き返る人間のようである。 

そこらへんは作中で議論になっているが、それはともかく、『東京喰種』の喰種のように、傷が急速に回復するのではなく、死んで生き返ると傷が全快するのが亜人である。(傷だけでなく、病気も完全に治る) 

逃亡中に足の骨を折り、永井は途方に暮れるが、その心情描写が妙である。

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なぜ永井は、自分を人間じゃないと思うのだろう。

 成績優秀な永井は、本来スクールカーストの上位にいた。なぜそのプライドが持てなかったのだろう?

 永井は首を刺してこと切れ、復活することで足の骨折を修復する。それを見た海斗の表情である。

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あ、指入っちゃった。直んねえ。まあいいやww

永井は海斗と別れ、紆余曲折を経て厚生労働省に捕まり、手足を切断され、とどめを刺されて復活し、また手足を切断されるという凄惨な人体実験を何日も受ける。

 人体実験を受ける中で、永井は幻想の中の田中功次と会話をする。 田中は人間を殺せという。

永井は黒い幽霊(以下IBM)で人間を攻撃しようとするが、その攻撃が人に当たる直前で、永井が自分を殺した時の海斗の表情が脳裏に浮かぶ永井のIBMがぶれ、その攻撃は外れる。 

下村泉は、永井とIBMのリンクが弱いと分析するが、ここで読者は、作者によってミスリードされている。

 永井のIBMは永井のいうことを聞かず、攻撃衝動が強い。しかしこの時IBMが人間を攻撃しなかったのは、永井とIBMのリンクが読者の想像よりは強いことを表している。

 永井は他の亜人よりも多くのIBMを出せ、IBMが形を保つ時間も長い。それをオグラ・イクヤは「異常なほどIBMが濃い」という。 

IBMとは、思うに人の心の闇だろう。 別に悪だという意味ではない。悪人でなくともIBMを操る亜人は多く登場する。 

中野攻がIBMを出せないのは、心に闇を持たないからである。永井のIBMが攻撃衝動が強いのは、それが永井の本性だからである。この点も、オグラ・イクヤが指摘している。

そして永井のIBMがしばしば中野を攻撃するのは、永井が心に闇を持たない中野が嫌いだからである。 

亜人だと分かる前、永井はスクールカーストの上位者だった。その永井の心の闇は、悲惨な人生を送ってきた下村泉や田中よりも深く大きいのである。 


永井の幻想の田中は、「なぜ人間を攻撃しない?」と永井に問う。

 「海斗に嫌われてしまうかもしれないから」と永井は答える。

海斗は自分のために命を賭けたが亜人である自分は命を賭けることができない。だから、

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と永井は言う。

 永井のような心境は、常に虐げられてきた人が陥る心境である。 破滅の中に、自分の存在意義を見出だそうとする。

カラマーゾフの兄弟』で、父殺しの嫌疑で逮捕されたドミトリーがこの心境になり、自分が犠牲になることが社会、引いては人類の救済に繋がると思うようになる。

 このような心境には、比較的若い人が陥るようだが、注意しなければならないのは、その自己犠牲が本当に多くの人を救うことになるのかは、実はわからないということである。本人がそう思い込んでいるだけのことが多い。

 しかしスクールカーストの上位者である永井が、つい最近陥った境遇で、なぜこれほど追い詰められているのか? 

それは、差別に理由がないからである。 差別に理由がついている場合、それはもっともらしい理由がついていても、真実理由になっていない。だから差別するものは、差別によって真に支えられていない。

 だから差別するものは、差別される側に立った時、比較的容易に、いやむしろ安易に、差別を受け入れてしまう。

 特攻隊員が、次々と自己犠牲に飛び立っていく理由も、調べたことはないが、同じ理由で説明できそうである。

 特攻隊の志願書が回ってきた時、誰かが志願しなければならないという意味で、志願は強制である。 自分は死にたくない。だから他人に押し付けようとする。 

「なぜお国のために死なないのか」と言ったりし、また殴ったりする。 こうして次々と特攻機が飛び立っていく。

しかし特攻隊員が死んで人が減ってくると、やがて自分達にお鉢が回ってくるようになる。 そして自分が「なぜお国のために死なないのか」と言われるようになる。その時には、もう「俺は死にたくない」とは言えなくなっている。

「なぜお国のために死なないのか」と言った時点で、その人が自分を守る言葉を投げ捨て、手の届かない所に追いやってしまったからである。 


亜人が自分を殺して復活する姿は、自傷行為に見える。 

自傷行為は全ての日本型ファンタジーの作品に描かれている。『進撃の巨人』の巨人化はもろに自傷行為だし、『アイアムアヒーロー』にも、自分の足を喰うZQNが登場する。『東京喰種』にも、鈴屋十三のボディステッチ(体に糸を縫うこと)や、有馬貴将に負けた金木研が自分の目をほじくる行為などに、自傷行為が表れている。

 永井と海斗の心情はずれている。自分を殺す行為をした永井を見た海斗の表情から、永井は人を傷つけてはならないと思うが、海斗の表情は、自分を傷付ける者への憐れみなのである。

 しかし永井この時、人を傷つけてはいけないという道徳を、自分のものにしたのである。


 佐藤と戦うことを決意した永井は、戸崎のグループで多くの作戦を立案する。

その作戦の多くは、多くの人を犠牲にする作戦である。 その中で永井は、人と情を交わらせるのを恐れ、また必要なのではないか思うという、矛盾した想いに苛まれる。

 佐藤との戦いで、永井の策が次々と佐藤に破られ、永井は最後の策を明かす。

 それは、ビルの中に全ての人を閉じ込め、決着がつくまで戦うというものである。そうすれば、亜人以外はほとんど死ぬだろう。しかし永井は、

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と言うのである。

実行するのは自分である。それを他人がすることのように言う。

 マキャベリストとは、他者を犠牲にする場合、自分にとって必要だという理由以外の自己正当化を不要、というよりむしろ有害だと思うタイプの人間である。

 よく見ればナポレオンもチャーチルも、時に自分を全面的に正当化したい衝動を押さえきれていないようだが、それでも彼らの行動はマキャベリストそのものである。

 マキャベリストは自分を全面的に正当化しないという点で、ひとつの生の在り方として健康的な人々であり、それゆえに多くのマキャベリストでない人達をも魅了してきた。


 永井の母は永井を「情動的な父親に少し似た」と言うが、はたして少しだろうか? 

作者はまだ、読者に永井をマキャベリストだと思わせておきたいので、ミスリードすることを狙っているようである。 

マキャベリ的な永井の計画は、永井の強靭な頭脳が生み出しているが、頭脳がマキャベリストを作るのではない。

 永井はマキャベリストではない。道徳的に生きるしかない人間である。

 『亜人』は永井から見た場合、道徳的でヒューマンな自分を取り戻す物語である。

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