坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

日本型ファンタジーの誕生(23)~『進撃』7:27巻の衝撃

今回『東京喰種』をやる予定だったが、急遽予定を変えて『進撃の巨人』(以下『進撃』)を書くことにする。
『進撃』は今後も段階的に書いていくつもりで、今回の記事は段を抜かしたものになる。それでなお『進撃』を書くのは、27巻の衝撃からである。
27巻は発売されたばかりで、いわばネタバレになる。ネタバレが嫌な方はここで読むのを止めて下さい。

『東京喰種』はそれなりにいい終わり方をしたが、人間を喰う喰種と喰われる人間が手を結ぶという展開は、それまでリアリスティックに進んできた中でアナロジーとしてしか解釈できないものであり、リアリティを欠くものであった。
『東京喰種』は私が好きな作品で、私の中ではずっと『進撃』より上だった。しかし『進撃』は終盤に入りながらもリアリティを全く失っておらず、私の中で『進撃』が『東京喰種』を上回りつつある。
連載でエレンが「お前が嫌いだ」と言ったという衝撃の展開情報もネットで流れており、また作者の諫山が「変更の可能性あり」としながら、誰かが幼子を抱いて「お前は自由だ」という最終コマもテレビで公開されている。(私は見なかった)
今回は『進撃』の27巻に絞って書くことにする。途中を飛ばしての記事になるが、それはおいおい書いていくことにしよう。

27巻は、ジークに同調したエレンへの猜疑心によって展開されている。
マーレのレベリオ収容区を独断先行によって強襲したエレンのため、兵団を派遣することになったパラディ島勢力だが、エレンの周囲はエレンの真意を量りかねて悩むことになる。
エレンは危険ではないか?という疑惑が周囲に広がり、読者はそのエレンの周囲の視点で読むことになる。
ところが合理性を欠いているのは、むしろエレンの周囲の方である。

パラディ島勢力は科学技術の点で非常に遅れており、しかも世界中からエルディア人の絶滅を望まれている。
教育、経済力、外交力、人口などで、パラディ島勢力が世界中の国々と比肩するには最低50年かかる。
そこでヒィズル国から出た提案は、「ジークをパラディ島に移送し、王家の人間がジークの『獣の巨人』を継承すること。さらにパラディ島勢力の唯一の王家の人間であるヒストリアは多くの子を生み、これを最低50年継続すること」だった。これで「地鳴らし」が可能となり、「地鳴らし」を抑止力にできる。
ここでハンジ・ゾエは悩む。「巨人の力」を継承した者は継承後13年で死ぬ。しかも最後は次の継承者に喰われるという形でである。「今私達が助かるためなら、こんな解決不能の問題を未来の子供達に残していいのか?」とハンジは思う。
そこでエレンが発言する。

f:id:sakamotoakirax:20181219143311j:plain

 

ここで、諫山による読者のミスリードが行われている。「地鳴らし」は壁を破壊されないためにある。しかしエレンの発言により、パラディ島勢力は「地鳴らし」以外の道を模索することになる。
「道」は見つからなかった。
ヒィズル国を通じて世界にエルディア人の人権を訴えようとしたが、それはヒィズル国が拒絶した。
世界がエルディア人の絶滅を望むのは「わからないから」と考え、ハンジは「世界中の人に会いに行こう」と言う。
「わからない」ものを理解するために「会いに行く」のはいいことである。問題はジークの「任期」の約2年の間に、世界中と理解し合うのは到底不可能だということである。

兵政権はエレンを危険視するが、エレンがレベリオ収容区を強襲した日は、ヴィリー・タイバーがパラディ島が「地鳴らし」を行わないのは、145代フリッツ王が「不戦の契り」を結び、王家が代々その「契り」を継承しているからだと、全世界に公開した日である。
偶然だが、エレンがそれを知ったことと、ジークの移送に成功したことにより、パラディ島が世界から攻撃される危険は回避された。
いや、まだ危険が回避されたと言える段階にはなく、「始祖」を持つ者が王家の巨人と接触すれば「不戦の誓い」に支配されることなく「地鳴らし」を発動できることを、まだ世界は知らない。だから世界に、パラディ島勢力が「地鳴らし」が可能だと教えなければならない。エレンの危険性より、そちらの重要度が上になっている。
もっとも兵政権も「地鳴らし」の必要性は理解しており、「地鳴らし」の実験にまで話は進んでいる。しかし一方、マーレ義勇兵を拘束し、民衆には情報を与えず、ジークとエレンは接触させず、エレンの「始祖」をより都合のいい人物に与えようと画策する。
ところが、兵政権は無理を重ねているのである。情報が与えられないことに民衆は苛立ち、エレン拘束の情報が漏れると、民衆は「エレンを解放しろ」と押し掛けてくる。ザックレー総統が爆死すると、民衆は世界との戦争になると高揚する。そして先鋭化した兵士は、エレンの元に集まってくる。

なお、27巻でヒストリアが妊娠する。

日本型ファンタジーの誕生⑯~『進撃』6.新しい日本人の創生 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で、ヒストリアがエレンの配偶者的存在だと述べたが、今回、その確信は益々高まった。
「二人は結ばれてないじゃないか」と思うかも知れないが、配偶者でなく「配偶者的存在」なのは、この二人が結ばれることはないと思っていたからである。逆に非常に悲劇的な結末がこの二人からは匂っており、それは既に表面化しつつある。
エレンのヒストリアへの想いは、本人の吐露がないまでも次第に形を成してきている。一方ヒストリアの方は、

f:id:sakamotoakirax:20181219160003j:plain

 

この絶望的な表情。
相手は子供の頃に自分をいじめた相手である。幼少期の罪悪感から孤児院を手伝う姿をいじらしいと思ったかと言えば、そうではないだろう。むしろ過去に自分をいじめた相手と一緒になることで自分をいじめたい想いがヒストリアにはある。それも身重の体をいたわれないほどの想いである。
作中ではヒストリアが妊娠するように助言したのはイェレナだと思われているが、私はエレンだと思っている。
そしてミカサがヒィズル国の君主の子孫だと分かり、一気にミカサのヒロイン性が上がった。まさか将軍がくるとは思わなかったが。

ジークについてだが、ジークのような人間を信用するのは基本的に難しい話である。ジークの目的が自分自身のためのものならば。
作中でも触れているが、ジークの余命が後一年程である以上、ジークの目的が自分以外の誰かのためにある。
それがマーレやレベリオ収容区の人々のためとした場合、それを裏切ってパラディ島に赴き、更にパラディ島を裏切るということをするだろうか?またそこまでしてパラディ島勢力を殲滅したとして、次にレベリオ収容区に目がつけられ、遠からずレベリオ収容区のエルディア人は絶滅させられる。するとジークはエルディア人の絶滅を望んでいることになる。自分以外の誰かのためにしか行動できないジークが、そんなことを思うだろうか?
またジークとエレンに裏があると見たとして、兵政権は詰みかけている。
ジークの脊髄液を体内に取り込んだエルディア人は巨人となり、ジークの意のままに動かされる。マーレ義勇兵は巨人化の薬を手に入れたが、数が限られており、複製もできない。
この薬にジークの脊髄液が含まれている可能性を考えた場合、ジークをヒストリアが喰うのは予定内のこととして、エレンがジークに接触したら、ジークの意に反してエレンの「始祖」を兵政権の都合のいい人物に継承させることはできない。
もっとも抜け道がある。

f:id:sakamotoakirax:20181219170305j:plain

 

というがジークは仕組みを知っている。レベリオの「獣」の継承者のコルトに「お前が継承したら知ってしまうかもしれない」と話しているからである。
そのヒントも出ている。

f:id:sakamotoakirax:20181219194639j:plain

 

これで、王家の人間の巨人化能力者の脊髄液を体内に取り込んだエルディア人が操られるとわかる。つまりヒストリアに巨人の能力を継承させて、巨人化薬にヒストリアの脊髄液を注入すれば、少なくともジークの影響は中和できるはずである。しかしこれができるには確証が必要で、コルトがジークから聞いた話がパラディ島勢力に伝わらなければならない。そしてそれができても、ヒストリアが出産するまではヒストリアを巨人にできない。

イェレナはマーレ義勇兵の団結を高めるため、義勇兵を疑ったマーレ人を葬ってきた。
そのイェレナが、兵政権に対しマーレ人の人権を主張して譲らなかった。ハンジはそこに疑問を持つ。
イェレナの行為は確かに疑わしい。しかし疑わしいのは、ハンジ達がその考えを受け付けないからである。問題意識は共有しているのに。
ハンジが「解決不能の問題を未来の子供達に残していいのか」と悩んだのは、それが『進撃』のテーマに通じるからである。そしてこの問題の根本的な解決策を実行しようとしているのがエレンとジークである。すなわち、「地鳴らし」により非エルディア人を殲滅するというのが、根本的な解決策である。イェレナがマーレ人の人権を主張するのは、世界中の非エルディア人が殺されるのに、パラディ島内のマーレ人まで殺すことはないからである。
エレンの周囲はそれを止めようとするが、そうするのは自分達に同じ考えがあるのを否認するためである。
だからエレンとジークの考えは、ある程度実行されると私は見ている。それは『進撃』のテーマに、革命の要素があるからである。

古代史、神話中心のブログ「人の言うことを聞くべからず」+もよろしくお願いします。