坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

日本型ファンタジーの誕生(24)~東京喰種2:ルナ・エクリプス戦はクィーン・ビーと「見棄てられたヒロイン」の戦い

金木研が死んだと思った月山習が暴食に走り、その食糧調達のために月山家の召し使いが走り回ったためにCCGに目を付けられる。
月山家が喰種だということが明るみになり、当主の観母は息子の習を逃がすため、自ら囮になる。
月山習は月山財閥所有のルナ・エクリプスからヘリで逃亡しようとするが、習の逃亡に気づいたCCGが追跡することによりルナ・エクリプス戦が始まる。

CCGの下口上等は、部下を全て失った経験を持つ。
その下口の前に、ノロのようなマスクを被ったイカレポンチのカナエ=フォン=ロゼヴァルトが立ち塞がる。下口はカナエにより、あっという間に左腕と右手の四本の指を失う。
部下二人が援護をしようとするが、下口は逃げるように言う。部下二人は女性で、オークション戦で殉職した茨橋の元部下だった。
茨橋は優秀だったが、部下を死なせた下口を軽蔑していた。
「茨橋が生きていれば」と、部下を救えないことに苛立つ下口は、「お前らが嫌いだ」とまで言って、部下を逃がそうとする。しかし部下二人は、

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と言ってカナエに向かって行って死ぬ。
直後に下口も殺される。

「誰かいい人いないの」

ダンゴ虫みたいに丸くなった背中で、母ちゃんは、そう言っていた。

 

無理なんだよ。俺は性格の悪い不細工だから。

 

思い出すような友達もいないようなさびしい奴だから。

 

(俺がいなくなったら、母ちゃんはどうするんだろう)

 

下口は最後に思う。しかしカナエは、下口の首を持ち上げて、

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「美しい」と言う。
こうして下口は、二人の女性の好意と、一人の女の喰種の美の賞賛を受けて逝く。

石田スイは、本当は好き嫌いのはっきりした人物だと思う。
そう思うのは、必ずしも本意でない描写をした場合、その反動が出ていると思うからである。
同じルナ・エクリプス戦でキジマ式がチェーンソー型のクインケで頭を真っ二つにされて死ぬのが、下口の美の賞賛の反動だと私は思っている。
永近英良が金木に口から捕食されたのは、それが同性愛の表現だからである。永近の捕食が同性愛の表現なのは、オークション戦でナッツクラッカーがCCGの女性職員を口づけしながら捕食したことで読者が理解できる仕組みになっている。
永近の捕食が同性愛の表現なのは、金木を救うために命懸けで奔走する永近の動機が、友情であってはならないからである。友情は大抵、人の命を懸けさせるほど強いものにはならない。人を命懸けにさせるのは愛である。
そして同性愛を表現したが、石田は生理的に同性愛は駄目なのだろう、その反動が和修政である。
和修政のゲイ表現があった時はちょうど保毛尾田保毛男騒動と重なっていて、内心抗議が殺到しないかとひやひやしていたが、おそらくうまく切り抜けたのだろう。ゲイが露出狂だという偏見は存在しないのだから。
また和修政の件も差別からではなく、ゲイセックスが生理的に駄目な人がゲイセックスを表現したことの発作である。和修政にもそれなりの救いを与えており、ゲイ自体への差別ではない。石田の感情にネオリベラリズムに通じるものがあったとしても、思想はリベラルなのである。

美醜を逆転させることが不健全なことは、石田もわかっているのである。
それでいて下口を「美」としたのは、美醜がもたらす不条理への抗議である。そしてその抗議は、カナエの描写にも表れている。
金木が死んだと思っていた月山がなおも金木に執着するのを見て金木を憎み、そのカナエにエトがすり寄る。エトに従ったカナエは、

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こわっっっ!!
ホラー作家もびっくり。瞼と唇に糸が縫われている。月山を「シウサマ」と呼んで、いっちゃってる感満点。
このカナエがカネキ、いやカネキとしての記憶を失った佐々木琲世に襲いかかるが、琲世は戦いの中でカネキの記憶と人格を取り戻し、カナエに勝利する。すると次はエトが襲いかかってきて、エトと金木の戦いが始まる。

一方、ルナ・エクリプス内では伊丙入(ハイル)と松前が戦っている。
ハイルは「CCGの死神」有馬貴将を彷彿とさせる手練で、人間より身体能力が高い喰種を驚愕させるほどの動体視力と反射速度を持つ。以前松前とハイルが交戦した時は、松前は部下と一人捕らわれて撤退した経験を持っている。
しかし松前は月山を守るという強い想いからハイルと互角以上の勝負をし、血で足が滑った一瞬の隙をついてハイルの胴を貫く。

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「あなぽこ」「あーし、し」と言った後、「岡平、クインケ。よこせってんだよ、はよせい!!」と逆上する。
容姿に自信のある女性は、しばしば子供っぽい態度で危機を切り抜けたりする。ハイルは幼児言葉を使うが、死を予感した瞬間、部下に八つ当たりして本性を現す。ハイルが自分が死ぬことを想定して戦っていない証左である。
岡平が渡したクインケは高密度の攻撃を繰りだし、松前は劣勢に立たされるが、仲間のマイロが胴体を切断されながらも、ハイルの肩から上を切り離す。肩から上を切り離すのは、「顔はいらない」という暗示である。
そしてカネキがカナエと戦い、続いてカナエをいたぶったエトと戦うのは、カネキがカナエの代理としてエトと戦ったと解釈できる。ルナ・エクリプスの上と下の戦いを重ねることで、エトとハイル、カナエと松前が重なる。こうしてエトとハイルが、クィーン・ビーという同型のキャラだと判断できる。カナエはクィーン・ビーの被害者であり、ルナ・エクリプス戦はクィーン・ビーとその被害者との戦いだとわかってくる。

カナエの本名は、カレン=フォン=ロゼヴァルトという。
カナエは家をCCGのドイツ支局に滅ぼされ、ロゼヴァルト家の再興を託されていた。カナエの名前は、死んだ母親と二人の兄の名前の頭文字を取ったものである。
しかし「家の再興を願う健気な娘」というのは表向きの解釈で、その真意は「家に囚われた娘」である。
ならばカナエを家に「囚えた」のは誰だろうか。

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カナエを家に「囚えた」のはエトで、エトは家庭内では母親の暗示となっている。
「あなた、おこがましいのね、醜いくせに」と言われ、カナエは鏡を見て、「私は、ゴツゴツだな」と言う。

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カナエは、不美人ではない。
こうなるのは、女性の美意識が不完全だからである。
母親に「醜い」と言われて育った娘は、本当の姿を見せても、自分を「醜い」方に解釈し直そうとする。それが瞼を糸で塞がれた「盲目」の意味である。
では唇を塞がれているのは?
カナエが月山家か月山習個人の、どちらを選ぶべきかの選択を迫られた時、カナエは松前に相談する。
松前は「あなたの主は誰なの?」と問い返し、カナエは「主」を、自分を雇っている月山家だと解釈する。
しかし松前は、「あなたにとって大事なものは何か」と尋ねたのである。
金木が月山をビルから突き落とし、カナエが月山を庇うために飛び降りる。
人生の最後の瞬間、カナエは叫ぶ。

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Oh mein lieber Shu.

(ああ、愛しい習さま)

lch habe so lange davon getraumt,Sie im Arm zu halten.
(このようにあなたを胸に抱ける日をどんなに夢想したことか)
Vater,Mutter,meine Bruder,bitte verzeiht mir.

(お父様、お母様、お兄様方、どうかお許し下さい)

Shu,bitte verzeihen Sie mir…

(習さま私をお許し下さい)

verzeihen Sie mir,dass ich mich in Sie verliebt habe.

(あなたを愛してしまったことどうかお赦しください)

 

しかし月山は、

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月山おっとこ前~!!
「人生で幸福なこと、自分らしく死ねること」
こうしてカレン=フォン=ロゼヴァルトは、幸福に満たされて死ぬ。

カナエ=フォン=ロゼヴァルトは「見棄てられたヒロイン」で、カナエの不幸の原因を母親に求めている。
ならば世の不幸な女性の不幸の原因は母親なのだろうか?
そうではない。日本型ファンタジーの多くは、根本の原因を父親としている。
そして覚醒したカネキによる「父殺し」が始まる。

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