坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

日本型ファンタジーの誕生(25)~『僕だけがいない街』3:父殺し

意識が戻った後、藤沼悟は記憶を失っていた。
記憶を失ったのは、悟が冬の沼に飛び込まされた恐怖と、挫折感を表している。
悟は、母親が悟の記憶が甦らなくていいと思っているのを察して、「無理に思い出すことはないんじゃないか」と思う。しかし大人になった雛月加代の絵を描いてみて愕然とする。
「自分にこんな絵が描けるわけがない」と思う。そして再び、悟は記憶を取り戻そうとする。
雛月が帰った後、悟と話して悟の成長を実感した母親は、悟に事件のファイルを渡す。
「自分の子が何事かに興味を持ったなら、応援するのが親ってもんだべさ」と母親は言うが、元の時間軸では、母親は悟に事件の記憶を忘れさせようとした。変えたのは悟である。

リハビリに励む中で、悟は片桐愛梨に出会い、一瞬、記憶が甦りそうになるが、悟は昏倒し、再び約1年の昏睡状態となる。
そして、眠りから醒めた悟は思う。

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悟は再び猛リハビリをして、奇跡の回復力を見せる。
僕だけがいない街」とは、悟が八代学に嵌められ、13年間の植物状態と2年間の昏睡状態になった時間である。そして悟の回復を皆が待ち望み、信じ続けた、悟にとって誇らしい時間である。
しかしそれでも、「僕だけがいない街」と呼ぶのは寂しい。なぜこの時間を、そんな風に呼ぶのか?

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雛月加代が児相に保護された時、「悟がとった勇気ある行動の結末が、『悲劇でいいハズがないだろう?」という八代の言葉で、悟はこう思う。
この場面は一瞬、悟が八代を父親のように思った場面である。
悟は八代を父親のように思っていたのか?
この作品で、悟が八代を父親のように思うのはこの一コマのみである。まだこのコマを悟が八代を父親だと思っていると解釈する必要はない。しかし、

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悟もまた雛月加代のように、自分のいる街からいなくなってしまいたいと思っていたと考えるべきだろう。「僕だけがいない街」というのは、単純に誇らしい意味では決してない。

八代は悟が眼を覚ましたのを知り、高揚する。


「死」に抗う事は出来ないのだと、その時は思ったからだ。では「死」とは何だ?「肉体が滅ぶ」事か?「否」、「死んだも同然」などという言葉を時々耳にする。その意味は何だ?「肉体的、精神的に満たされない状態」のことだ。そう…つまり、

 

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と思い、「生」を感じるために「僕のためにある他者の死」を求める八代は、「他者の死に抗う者」として現れた悟に強い刺激を受け、執着する。そして悟をかつて飼っていたハムスターの名前「スパイス」と呼ぶ。その「スパイス」も、八代が果実酒用の大ビンで溺れさせようとしたハムスターで、仲間が溺死した体の上を走ることで「死に抗」っていた光景を見て八代がペットにしたものである。
悟の母親が、悟が「眠ってしまった」こと、そして眠りから覚めたことによる喪失感と感動を表している場面だと思ったら、八代の心情を表しているとわかってぞっとする場面がある。悟の母親にしろ八代にしろ、想いの強さという点では同じなのである。
主治医の北村は、感情をあらわにすることがない。
このキャラの存在意義は、八代と対比させることにある。

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表に出さなくても、北村には愛がある。八代の悟への「想い」がどれほど強かろうと、八代の「想い」は愛ではない。

八代が市議会議員の西園学になっていることを知り、市のイベントに必ず八代が現れると読んだ悟は、八代のトラップを見抜き、八代と対面する。
悟は、八代の犯罪を止める原動力として必要だった言葉、「心の中に空いた穴を埋めたい」を、小学校の卒業式の日に八代から聞いた言葉だと明かす。


先生には15分のアドバンテージ、僕は18年のアドバンテージでやっと五分だよ。信じてくれる?

 

と言って八代が「信じる」というと、悟は笑う。

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しかし悟が「もう終わりにしない?」と言うと、

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悟…僕は「悪」か…?世間の物差しではそうだ。だがそれは「理性」という言い訳の殻を破ろうとせず、自分の本当の欲望を隠している者が、自分を「善」であると肯定する為の物差しだ。君の命懸けの行動力は賞賛に値する。正に君も物差しの外側の人間だ。僕達は似た者同士なんだ。

 

と言って、吊り橋に火をつける。
「何も無いよ、無いんだ」という八代の言葉は、前の悟の言葉とも、後の八代の言葉とも繋がっていない。
八代は、悟の変わりに否定したのである。悟が八代を追い掛けて、八代と同じになろうとするのを。

かつて

『進撃の巨人』を考える④~日本型ファンタジーの誕生① - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

にダメヒーローを日本型ファンタジーの要素のひとつと述べたが藤沼悟は、このダメヒーローに該当しなかった。
悟の悩みは多くの人が持つ平均的なもので、バイト先では正社員より仕事ができると思われ、「リバイバル」のおかげとはいえ、行動力は極めて高く、判断力にやや難があっても、その判断力も平均以上である。どこもダメヒーローと言えない。
しかしだからこそ、タイトルが『僕だけがいない街』なのである。
主人公は、読者が自己投影できる存在でなければならず、そして『進撃の巨人』1巻のエレンのように、それはしばしば破滅への衝動となって現れる。
ところが、悟は「他者の死に抗う者」として危険を犯すが、その本質には強い生命力がある。本来、悟の行動の延長線に八代はいない。だから無理矢理悟と八代を同一化させようとしていると見ていい。
しかし、悟と八代が似ていなくもない。
それは、悟が小さい時に好きだったテレビ番組『戦え!ワンダーガイ』の主人公に現れている。
『戦え!ワンダーガイ』の主人公は、戦い続けることで孤立し、妻や子供からも離れていく。
悟が行動することで、悟を中心に強い絆が生まれていくが、実際は戦うことで孤立していくことを、『戦え!ワンダーガイ』は表している。
破滅のためでなく、正しいことのために行動しても、周囲から孤立し、嵌められて命を危険に晒すのは、自分から破滅に向かうのと非常に似ているのである。
とにかく、悟が八代を父親と思い同一化しようとしたのを、八代が否定して、「父殺し」が成立する。

八代が逮捕された後、悟はマンガ家として成功する。
さらに裁判での八代の証言により、八代が悟を殺そうとした後、八代が少女を殺していないことが判明する。悟は八代の中の「兄」を殺すことに成功していたのである。
そして「リバイバル」の記憶は徐々に薄れていく。
ここに、従来のタイムスリップものと『僕だけがいない街』の違いがある。

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とケンヤが言い、「ドライ過ぎるよ」と悟が言うが、ケンヤの言うことが真実かもしれないのである。
悟が雛月の絵を上手く描いたのも、自分の可能性を信じる部分が描いたのかもしれないし、八代を追い詰めたのも、八代の行動パターンを夢の中でイメージし続けていた結果かもしれない。
悟が「眠ってしまった」状態の時、母親は「時間の中に閉じ込められているみたいだ」と言う。その閉じ込められた中で、悟は大きく成長していたのである。
しかしこの成長は、その前に成功に向けた大きな努力をした者でなければ得ることはできないものである。

「お前には損な役割をさせてしまった」というケンヤに、

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と悟は答える。
この心境に、私はまだなれない。ただこういう心境があるのを知っているだけである。

そして悟は、片桐愛梨と再会する。
一度は会おうとして、危険に巻き込むのを恐れて声をかけなかった愛梨とである。
ストーリー作品の中では、大業を成し遂げた者が理想の女性を得る。
リバイバル」の記憶が薄れた、つまり成功を実感し、失敗の経験に囚われない人格を形成し始めた悟は、ようやく愛梨との恋愛を始められるのである。

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