坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

日本型ファンタジーの誕生(26)~『アイアムアヒーロー』4:孤独になって人は自立する。

日本型ファンタジーは、ほとんど同一の型でストーリーが構成されている。

日本型ファンタジーには「殻」がある。
進撃の巨人』の「壁」が最も分りやすいが、次に分りやすいのは『東京喰種』だろう。
『東京喰種』の「殻」が「東京」なのは一目瞭然で、東京の外は舞台になることもない。「アオギリの樹」の本拠となった流島も、東京湾内の島である。作中ではこれを「歪んだ鳥籠」と呼んでいるが、これは

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この『進撃の巨人』の冒頭へのオマージュである。
亜人』は、主人公の永井圭が海に流されながら、東京からも出ていなかったことで、「殻」が首都圏だと推測できる。

この「殻」は狭い世界、人々の心の中の暗示である。
人々は基本、この「殻」を出ることはない。
この「殻」を無理矢理出ようとするとどうなるかは、『進撃の巨人』のエレンが初めて壁外調査に出た時の結果が証明している。失敗である。
「殻」はジョゼフ・キャンベルが提示した「召命の拒否」そのものである。
ならば冒険は始まってもいないのかといえばそんなことはなく、物語を終えた時には全ての冒険が終わっている。

「殻」には、中心がある。中心にあるのは、「平和主義」か「和の精神」である。
進撃の巨人』の中心は、ウォール・シーナ内のレイス家の礼拝堂の地下である。エレンはそこで「平和主義」と向き合い、完敗する。
『東京喰種』の中心は、24区の最深部、かつて「隻眼」が龍となった場所である。
もっともそこまでカネキが行くことはないが、替わりにアヤトが行く。アヤトはこの場合カネキの分身で、そのことを強調するために、シスコンのアヤトの留守中にカネキとトーカを結婚させてまでいる。
亜人』は少し趣向を変えて、埼玉県入間市自衛隊基地が中心となっている。入間市が中心になる理由を「永井圭が生まれ、死んだ場所」だからとしているが、『東京喰種』などが東京を中心としたために趣向を変えた向きが無くもない。
もっとも自衛隊入間基地は、最大の自衛隊基地である。ここに「治安出動と防衛出動の違いもマスコミは知らない」と言い、「一人の殺人鬼相手に自衛隊を投入しない」と言う総理大臣が軟禁されている。やはり「平和主義」との対決が用意されている。
なお、『アニメゴジラ三部作』も中心があり、それは富士山麓である。日本が舞台になる場合、中心は日本を代表する物になる傾向がある。

中心にいる敵と戦い、勝つことで「殻」を破る力を得るというのが日本型ファンタジーの基本構造である。
日本型ファンタジーでは、中心に自分の意志で向かうことはまずない。
大抵は、敵に追い詰められて中心に向かう。
アイアムアヒーロー』は違う。『アイアムアヒーロー』は中心から追い立てられるのである。これは

日本型ファンタジーの誕生⑲~『アイアムアヒーロー』3:「クルス」と「巣」の意味 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べたように、ZQNパニックがクルス=「絶望した者」による革命的なものであることによる。
ZQNは主人公達を「殻」の外に追い出そうとしているのである。
アイアムアヒーロー』の「殻」は首都圏か関東で、それは主人公達が箱根から引き返したことでわかる。そう、主人公達はZQNに追い立てられるままに「殻」を破ればいいのに、自分達で中心に戻っていくのである。

アイアムアヒーロー』の中心は、池袋のサンシャイン60である。ここにスクールカースト、「和の精神」を表す「巣」があり、鈴木英雄はこの「巣」と対峙する。
しかしこの「巣」は、早狩比呂美をスクールカーストの頂点、「女王蜂」とする「巣」である。そして鈴木は、「巣」からの比呂美の救出を本来の目的として行動している。
ZQNに追われ、高い所に登った鈴木は、「巣」と同化した比呂美と目を合わせる。
小田つぐみを殺したことで葛藤する比呂美。それを正当化し、鈴木に理解してもらおうとする。

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言い訳するほどに本音が出てくる。仕方なかったからではなく、結局嫉妬なのである。

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比呂美の心象風景の中で、比呂美は鈴木と一番最初に会った頃に戻っていく。その頃の自分が鈴木に一番可愛く見えていたと、比呂美は思っているからだ。
しかし鈴木にとって、比呂美は怪物でしかない。鈴木に比呂美に向かって銃を撃つ。

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お、面白い…。
しかしこれでは百年の恋も冷めるというもの。

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全くだ。
しかし鈴木は情けないが、物語の構造は表向きの論理通りではない。
この少し前に、鈴木はZQNになった小田つぐみの妹と接触し、つぐみの妹に守られながら「巣」と対峙する所まで行った。
ZQNは精神を共有しており、つぐみとその妹も、共有する精神世界で話し合っている。
いや精神世界だけではない。
つぐみは鈴木を守るように妹に頼み、バイセクシャルの妹は姉にセックスを要求する。
「あんたチンコないでしょ?」とつぐみが言うと、妹は井浦が引きちぎったチンポを拾って挿入しようとする。
「井浦のチンポでいいのかよ」と言うつぐみに、「この世界ならなんでもアリなんだよ」と妹は答える。井浦が死んだのはつぐみがZQNになるずっと前だが、バラバラな時間さえ関係なくZQNは繋がっていく。
そしてこれが、「井浦のチンポいい」と死ぬ間際に言ったことの意味である。鈴木はつぐみに男として認められていないと思ったが、そうではなく、鈴木を助けるために妹に体を売ったのである。
もっともそれは、比呂美がその前につぐみを殺したことで果たされなかった。「なんでもアリ」の世界でも、「女王蜂」はZQNの運命を握っている。
しかし約束が果たされなくとも、つぐみの妹は鈴木を助けた。妹はつぐみの分身である。
御殿場アウトレットモールでは男達に強姦され、ZQNパニック以前も男運に恵まれなかったつぐみは「見捨てられたヒロイン」であり、「クイーン・ビー」と「見捨てられたヒロイン」が対立すると「クイーン・ビー」が罰を受けるという日本型ファンタジーの構造を踏襲しているのである。

鈴木達は最初、ZQNに追い立てられていたが、自分から中心に戻っていく。ならば、クルス=「絶望した者」の革命行為に反対なのか?
いよいよ追い詰められたと思った鈴木は、最後にできることを探す。そしてクルスが一人で戦っているのを見て、クルスに加勢するのである。

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ルサンチマン丸出しの鈴木www。
こうして撃たれた中田コロリだが、身につけていた鈴木のマンガのおかげで一命を取り留める。「英雄さんが救ってくれた」と中田は言う。しかし鈴木が中田を撃ったこと、これが作者の本音である。
アイアムアヒーロー』には、弱者への強い共感、強者への反感がある。
作中には、童貞男を殺した男への強い怒りを持って戦う男が登場する。そして童貞男を「キモい」と言った女は、

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斧が頭に落ちてヘリを掴む手が離れ、転落。またクルスに飲み込まれたおばさんが助け出されると若い女になるなど、とことん弱者寄りの姿勢で描かれている。
しかし鈴木がクルスを助けたら、比呂美はクルスの者ではないか?
そうならないために、女のクルスがいるのである。クルスは女のクルスと融合し、性別を失う。性別を失ったクルスは、「女王蜂」と結ばれることができない。
自分を「誰も見てない裸の王様」と言うクルスに、「見られたいなら生かそう」と女のクルスが言う。
こうして中田達は東京を脱出する。いや、東京から追いやられるのである。

ZQNがいなくなった東京で、鈴木は一人生きている。
カップ麺を漁って生きていたが、鼠にカップ麺が食われ、窮地に陥る。
鈴木は独り言が多い。この時も独裁者のように銅像に当たり散らし、飛び出し坊やの看板を首吊りにしたりする。
やがて野菜を栽培することを思いつくが、植えた種が鹿に食われてしまう。
鈴木は銃砲店で散弾のリローディング器財を見つけ、本で読んだ知識と、タイヤのバランスウエイトで弾頭を作る。
そして初めて鹿を撃つが、鹿の腹の中には子鹿がいた。
一度に二つの命を奪ったことに、鈴木は良心の呵責を感じる。しかし、

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鈴木が「ヒーロー」なのは、心を閉ざしているからである。
常に心を閉ざしている鈴木は、ZQNと精神を共有することがあってもZQNにならず、また人生に絶望してもクルスにならなかった。しかし鈴木は「殻」に閉じ籠っているだけで、自分で人生を切り開こうとはしなかった。
鈴木は生きるために「罪」を犯すことを受け入れた。頭が禿げ上がっても、鈴木は「殻」を破り、人間として自立したのである。

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