坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

父親不在で母は娘を殺す~『君の名は。』

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何で今さら『君の名は。』なの!?
って思うだろうけどwww。

だって『天気の子』のいくつかの批評を見たけど、去年までの「ナンダカワカラーン!」ってな批評と打って変わって、『天気の子』は意外と核心を突いた批評が多くて、ネタバレも含めて見ると「こりゃ俺の書くことはなさそうだな」って思ってたら実際その通りで、少なくとも『天気の子』一作品を批評するのは止めることにした。そのうち「セカイ系」としてまとめてやろうと思ってる。それでも書けることは少ないけどね。

「繭五郎の大火」というのがある。
その大火のせいで宮水神社の古文書が失われ、舞や組紐の由来が失われた。
「繭五郎の大火」は、『君の名は。』の大きなテーマを表している。そのテーマとは、「男は女に忘れさせ、女は男に忘れさせられる」ということである。
男が女を救う物語ほど、フェミニズムと無縁なものはない。
この作品は、それを観客にわからせるために「口噛み酒」がある。
出ました「口噛み酒」。この映画を見て「三葉ちゃんの口噛み酒が飲みたい」と言う男が大量に現れ果ては「四葉ちゃんの口噛み酒が飲みたい」というめちゃくちゃ危ない男まで登場し一方で「キモイ」の一言で一刀両断されるという賛否両論の激しすぎるこの「口噛み酒」。私は後者の方で、「口噛み酒売れば?」と言う四葉に「酒税法違反」と三葉が言ってたけどちげーよ風営法違反だよブルセラと変わんねーじゃんと内心突っ込んでたwww。
しかし「口噛み酒」は、その女性の「半分」なのである。瀧はその「半分」を飲んでタイムスリップする。
「口噛み酒」が新海の趣味かと言われれば多分そーなんだけどwww。「口噛み酒」には女性の人生を引き受ける覚悟があるかを男に問う意味がある。しかしその由来は忘れられている。

宮水家は、女系の家系の匂いがする。
別に先祖代々そうだったという設定はないんだけど、宮水家が女性ばかりなのも、三葉の父が婿養子なのも女系家族の雰囲気を醸し出す要因となっている。
宮水家の女性は皆、年頃になると男と体が入れ替わる夢を見る。そして誰と入れ替わっていたかを忘れてしまう。三葉も瀧と入れ替わっていたことを毎回憶えていない。
瀧も憶えていない。そういう設定である。
この点男女平等、「男は女に忘れさせ、女は男に忘れさせられる」理由になっていない。
ならばなぜ瀧の脳裏に「瀧くん、瀧くん、憶えて…ないの?」という声が聞こえるのか?作中では、三葉はこの台詞を言っていない。それなのに映画の中で、何度も瀧の脳裏にこの声は響くのである。

瀧がタイムスリップし、黄昏時に瀧と三葉は初めて顔を合わせる。映画の中で一番の感動シーンである。
「忘れないように、互いの名前を書こう」と言って、瀧が三葉に書き、三葉が瀧に書こうとしたところで三葉が消え、瀧は現代に戻る。
三葉が思い出そうとして手を見ると、そこには「好きだ」と。
「これじゃ、名前わかんないよ…」と呟く三葉。
全くだwww。
胸に込み上げるものがあるこのシーンも、単純に感動してはいけない。瀧が名前を書かなかったから、三葉は瀧の名前を忘れたのである。
一方瀧は三葉が消えても、三葉の名前を唱え、三葉の名を記憶に刻み込もうとする。しかしやっぱり忘れてしまう。
「忘れたくない人!忘れてはいけない人!」
瀧は大粒の涙を探して叫ぶが、思い出すことができない。

忘れるのは、忘れたいからである。 フロイト

 

瀧の心理は、この言葉に集約される。

女系家族のように見える宮水家の女性達は、三葉に集約されている。ティアマト彗星が落ちてくることで、宮水家の女性達の夢が、この災厄に集約されたように見えるからである。

愛し方さえも    君の匂いがした

歩き方さえも    その笑い声がした

いつか消えてなくなる    君の全てを

この目に焼き付けておくことは

もう権利なんかじゃない    義務だと思うんだ

 


三葉を憶えておくのは義務なのである。そして瀧は、その義務に耐えられない。

宮水家の女性の運命を一身に引き受けた三葉は(こう言ったら四葉や婆ちゃんはどうなるんだってなりそうだけどwww)、「見棄てられたヒロイン」である。

日本型ファンタジーになった『GODZILLA 決戦機動増殖都市』(ネタバレあり) - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べたように、「見棄てられたヒロイン」には必ず「見棄てられた」印がある。三葉も失恋して髪を切るという印がある。
しかし本当は、作家達は髪を切るのは「見棄てられた」印としては弱いと感じているのである。

日本型ファンタジーの誕生⑰~「救うべき人間の発見」と「ノスタルジックでない昭和」と「昭和臭の男」 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べたように、三葉の父親は「家に帰らない男」である。
母親とは死別している。しかし本当は、母親はいるのである。
どこに?どこにもいないじゃないか?読者はそう思うだろう。
じゃあ何でお母さんが空から落ちてくるの?
ティアマトとはメソポタミア神話の母神であり、ティアマト彗星は母親の暗示なのである。

日本型ファンタジーの誕生(24)~東京喰種2:ルナ・エクリプス戦はクィーン・ビーと「見棄てられたヒロイン」の戦い - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べた母=エト、娘=カナエの関係、

小池田マヤ『サンドローズ』 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べた嫁と姑の関係が、三葉と母親の間にある。そしてそれは父親不在、亭主不在の中で起こり、連鎖するのである。

「見棄てられたヒロイン」の印は、『進撃の巨人』のミカサの頬の傷や、『亜人』の下村泉の望まない形での処女喪失、援助交際のように強烈なものでなければならない。
そのような印を付けられない場合、印は彼女達の外にある。『東京喰種』の霧嶋董香や笛口雛実の場合はクインケになった父親で、特にトーカの父親のアラタは量産されることで、何度もトーカを苦しめる。
「見棄てられたヒロイン」の印が外にあってもまだ足りない場合があって、その場合は改めて彼女達の体に印が付けられる。笛口雛実が鈴屋什造によって左足を失うのはそのためである。もっとも喰種だから左足も再生できるため、その後は左足が見えないように描いているが。

ここに、宮水家の女性が夢で男と体が入れ替わることの多義性、二重性がある。
彗星落下という意味では、宮水家の女性達は予言者的なものとして三葉に集約されるが、もうひとつ、母親に抑圧され、殺される女性達が、男に救済を求めたのが、宮水家の女性達が見た夢である。

男達にとって、三葉がどんな形で「見棄てられた」と映ったのか、それはわからない。
しかし女性達は、救済を求めたのに救われず、やがて自分が抑圧されたことも、救いを求めたことも忘れていくのである。

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