坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

日本型ファンタジーの誕生(31)~いぬやしき

犬屋敷壱郞は(以下犬屋敷)58歳。58歳でも老人のように見える。小柄でなぜかいつもプルプル震えている。

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おじいちゃんかわいーwww。
この歳で始めて家を建てたが、その家が人気マンガ家の豪邸の裏で、家は豪邸のために完全に陽が射さない。
子供二人には嫌われている。犬屋敷は電車でのマナーの悪い乗客や、オヤジ狩りをする若者に腹を立てたりしているが、怖くて文句が言えない。息子は「僕達はホビット族だから穴の中でやり過ごせばいい」と犬屋敷にカッコつけなくていいという始末。
「犬を飼おう」と言うと子供達はポメラニアンや猫がいいと言うのを、「動物愛護センターに行こう」と言うと子供達は興味を無くす。犬屋敷が犬を引き取ってくると「仔犬じゃないじゃん」と文句を言う。最近では保護犬を飼うのがトレンドなのに。
そして健康診断の再検査により、胃ガンで余命3ヶ月と告知される。
犬屋敷は家族にそのことを伝えようとするが子供達は電話に出なかったり、言う機会を逃したりして伝えることができない。
「ちゃんと話せば、みんな泣いてくれるのかな」とはな子と名付けた犬を散歩しながら、犬屋敷は呟く。
人に遠慮して生きると、自分の死が「人にとって悲しむ価値があるのか」と考えるようになり、自分もまた労られるべき人間だと思えなくなってしまう。ついに犬屋敷ははな子を抱き締めて号泣してしまう。
その時、宇宙から飛来した謎の物体の直撃により、犬屋敷の肉体は消滅する。
宇宙人の事故によるもので、宇宙人には地球を傷つけてはいけない理由があるらしく、宇宙人は消滅した肉体の変わりに、機械の体を犬屋敷に与える。
翌日以降、犬屋敷は自分の体の異変に気付き、体が全部機械になっているのにショックを受ける。

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www。
「機械の体」はニヒリズムの極致を表し、全てに価値を感じなくなった姿である。頭がパカッと割れるのは、高性能でも「頭の中はカラッポ」という意味である。
しかし犬屋敷が「機械の体」になった時、獅子神皓もまた「機械の体」になったのである。
「自分の殺す」犬屋敷と対照的に、イケメンの高校生の獅子神は「自分中心」の価値観の持ち主である。家族や友達は大事にするが、他は「どーでもいい」。
「機械の体」になった二人は、自分が人間だと実感するために真逆の道を歩む。
犬屋敷は「人を救う」ことで、自分が人間だと実感できるようになる。ホームレスをオヤジ狩りから助けたのを皮切りに、ヤクザに誘拐された少女を助けてついでにヤクザを全員再起不能にしたりwww。かと思えば自分に動物や人間の怪我や病気を治す能力があるのに気づいて、病院に忍び込んで人助けをするようになったりする。
一方獅子神は、「人を殺す」ことで自分が人間だと実感するようになる。
獅子神の幼なじみの安藤直行はいじめにあっていたが、獅子神に助けられていじめは無くなる。安藤は獅子神が「機械の体」になったのを知るが、また獅子神が殺人を犯しているのを知り、獅子神と絶交する。
獅子神を止めようと安藤は思い、人の病気を治している者の噂を知り、もう一人の「機械の体」の存在に気付く。安藤は助けを求め、それを聞いた犬屋敷が安藤の前に現れ、二人は対面する。こうして物語は、犬屋敷と獅子神の対決へと進んでいく。
犬屋敷が病院で人の病気を治すのに安藤が付き添った時、犬屋敷の娘の麻理は偶然見かけ、後をつけて父親がしていることを知る。そして父親への見方が変わっていく。

麻理は家の裏(表?)のマンガ家の織田の息子と同級生である。ある時、麻理は織田の息子に話しかける。
麻理はマンガ家を志望しているが、織田の息子がマンガ家になろうとしていると言うと「漫画の才能なんて遺伝しない」と無茶苦茶なことを言い出す。そして「親子揃ってぶっ潰す」と決意し、「大学には行かない」と言い出す。母親は反対するが、犬屋敷は「高校を卒業すればいいんじゃないか」と、麻理の選択を認める。
これは、実は間違いなのである。
まず大学に行かない理由になっていない。美大などの、マンガ家になるのに役に立つ大学だってある。麻理は生活費まで親に面倒を見て貰おうとしているのではない。バイトなどをしながらマンガ家を目指すと言っているのである。それなら大学に通いながらマンガ家を目指した方がいい。
麻理はやりたいことがないのである。だから全身全霊をぶつけたふりをしようとしている。織田の息子にしても、マンガ家にもなっていないマンガ家の息子を敵視しても意味はない。要は本物のマンガ家にはケンカを売る度胸はないのだが、マンガの息子にケンカを売ってその父親にもケンカを売ったふりをしている。それでマンガ家になれる訳がない。
ところが、ラストで麻理は新人賞に当選する。実はこれには仕掛けがある。

犬屋敷への見方が変わった麻理は、犬屋敷が連れてきた保護犬のはな子も可愛がるようになる。しかし、

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これは親娘の近親相姦の暗示である。はな子「犬屋敷」に住む、ただ一匹だけの犬なのである。こうして、父親と娘の同一化が進んでいく。

一方で、獅子神は追い詰められていく。
自分が連続殺人犯だと警察に突き止められ、獅子神は逃走するが母親は自殺、同級生の渡辺しおんの家に匿われるが、そこにもSATが踏み込んでくる。
それ間、獅子神は渡辺に「殺した分人を救う」と誓い、それを実行するが、それは獅子神の罪の償いにはならなかった。そして獅子神は、日本人を皆殺しにすると決意する。
そして犬屋敷と獅子神は対決する。両者とも激しい撃ち合いをして、両者とも意識を失う。

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意識を失った二人が向き合うこの場面は、人間の狂気を表す秀逸な描写である。この二人の戦いに、周辺のビルも巻き込まみ、宇宙空間では宇宙衛星も破壊する。そして宇宙空間で犬屋敷は獅子神を捉え、両腕と後頭部をもぎ取って獅子神に勝利する。

獅子神に勝って、犬屋敷は都庁で火災に遇った麻理を助けに向かう。
一度は死んでいた麻理を蘇生して麻理を地上に降ろすが、電車が動いているのを確認すると、

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映画は違う。「まだ助けなきゃいけない人がいるんだ」と犬屋敷が言ってラストになっている。
違うと言えば獅子神との戦いも違いがある。「機械の体」は水だけをエネルギーとするが塩分に弱いという設定があり、映画ではそれを利用して犬屋敷が頭脳戦を挑み、それでも倒せなかった獅子神を渾身のワンパンで破壊するストーリーになっている。映画は「中高年頑張れ」を全面的に打ち出した作品だった。こういうコマーシャリズムは嫌いじゃありませんよー!!

犬屋敷は多くの人を救った後家に帰る。
テレビで人の怪我を治す犬屋敷の姿が写され、「あなたなの?」と問い詰められて、犬屋敷は「機械の体」を見せる。
「僕は犬屋敷壱郞じゃないかもしれない」と言って家を出ようとするが、妻の万里江が新婚旅行の話を始め、「うちに居て」と言う。麻理も同調するが、息子だけが、

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このガキの言ってることは正しい。
父親が朝帰りしたと考えよう。そして家族会議が始まる。
「僕は君の知ってる人間ではもうないかもしれない」と言い出し、新婚旅行の話をして泣き落としにかかり家族が和解する。そんなことが認められる訳がない。このガキは正しい。でなければこのガキに存在価値はないwww。

このガキ、いや剛史は「俺も機械になりたい」と言うが、犬屋敷はそれを否定する。
「人間は死ぬから愛おしい」、「僕がこの体を人を救うことに使ったのは、機械になる前の生まれ持った性質だ」、「僕は弱かったし背も低いけど、別にそれで良かったんだ」と犬屋敷は言う。

こうして平和が訪れるかと思いきや今度は小惑星が地球に接近しているというニュースが入る。
この小惑星が地球に衝突すれば、人類は滅亡する。アメリカを中心にこの小惑星を破壊するプロジェクトが進行していたが、それは失敗に終わったのである。
犬屋敷は、その小惑星を破壊しようとするが、全く歯が立たない。
そこに獅子神が現れる。
獅子神は自分が自爆すればギリギリで危機は回避できるという。
「しおんと安藤には死んで欲しくない」と獅子神は言い、犬屋敷から安藤に、安藤から渡辺に伝わる。
人殺しになった獅子神には、「見棄てられたヒロイン」の渡辺を救うことはできなかった。
しかし「報われない男」の安藤と一緒に「死んで欲しくない」と言うことで、この二人に接点が生まれる。「見棄てられたヒロイン」と「報われない男」の「結婚」の構図である。
獅子神は自爆するが、小惑星は大部分が残り、軌道を逸らすには至らなかった。
犬屋敷がシミュレートすると、自分が自爆すれば小惑星は破壊され、地球は助かると出る。
犬屋敷は自爆することにする。妻、娘、娘を想い、「ごめんよ」と謝る。
最後にはな子を想い、犬を抱き締めるように腕を抱えて犬屋敷は自爆する。
それは、犬屋敷がまた「自分を殺す」人間に戻ったからである。

麻理が新人賞に当選したのは、犬屋敷の謝罪と自己否定により「父殺し」が成立したからである。
カツアゲされそうになった剛史は、相手をぶん殴ることで人を救いながら自分は自殺した父親を否定し、父殺しを成立させる。こうして「機械」達の物語は終わるのである。

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