坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

日本型ファンタジーの誕生(35)『進撃』:8自己犠牲、そして「宿命」の否定

かつて、自己犠牲の物語は日本にたくさんあったと思う。
「思う」というのは、『ドラゴンボール』のピッコロが俉飯を庇う場面の他一作品でしか、自己犠牲の話を思い出せないからである。自己犠牲の話は大抵感動の物語として語られるが、私は長い間、自己犠牲の物語に釈然としなかった。

ロシア遠征からナポレオンを見る - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

は、私の長年のこの想い、そして『進撃の巨人』22巻の衝撃を受けて書いた側面がある。

ウォール・マリア奪還計画を実行した調査兵団は、シガンシナ区で一転窮地に陥る。
ウォール・マリアの外から獣の巨人が岩を砕いた散弾で攻撃を仕掛け、シガンシナ区内では鎧の巨人により退路を塞がれ、何とか鎧を倒すも今度は超大型巨人が来襲する。
獣の攻撃で一面は更地になり、調査兵団は風前の灯となる。しかしエルヴィンは打開策を見出だしていた。
打開策を見出だしているが、エルヴィンはすぐにそれを語らない。
エルヴィンは、エレンの家の地下室に行きたかった。壁の外の人類が滅んでいないと主張する父親を犠牲にした「答え会わせ」がしたかったのである。しかし打開策を実行すれば、エルヴィンは死んでしまう。地下室に行くことなく。
エルヴィンは生への執着を見せるが、あと一押しで地獄に堕ちる。

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そしてリヴァイは「俺は選ぶぞ」と言い、作戦が決行される。エルヴィンは自分で決断できず、リヴァイが決断する。

マルコもその決死隊の中にいる。マルコは今まで自己犠牲の精神を説いてきたが、死ぬ瞬間に迷う。

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自己犠牲の精神は称賛されるべきではない。

特攻する調査兵団に、獣の巨人ジークは「哀れだ…歴史の過ちを学んでいないとは」と言う。
この「歴史の過ち」とは、『進撃』の世界観の中の歴史ではない。日本の歴史のことである。
熱くなって岩を粉々にしたジークは、「何本気になってんだよ?お前は父親とは違うだろ?」と自嘲する。

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この時のジークは若干アメリカを気取っている。
しかしジークが引き連れた巨人は皆倒れている。ジークが決死隊に集中している間に、リヴァイが巨人を倒しながらジークに近づいていたのである。そしてリヴァイはジークを滅多斬りにする。
この場合、ジークにとって父親とは「何も考えずに特攻する者」である。
しかしエルヴィンの作戦は特攻に見せかけた奇襲であり、何も考えていない訳ではなかった。こうしてジークもアメリカも、ジークの言う「父親」も否定される。これもまた父殺しである。

自己犠牲の否定は近年のマンガで様々に語られるが、『進撃』以外で印象に残るのは『コッペリオン』である。
お台場原発再臨界を止めるために行動する成瀬荊の前に、伊丹刹那が現れる。
刹那はコッペリオンを生み出したDr.コッペリウスの死んだ実の娘のクローンで、空間の置換の能力を持つコッペリオンである。
Dr.コッペリウスは刹那に娘としての刹那の記憶を蘇らせるのに成功する。
Dr.コッペリウスがそこまでしたのも、娘の刹那にろくにかまってやらず、傷心の刹那は交通事故に合い左足を失う。
後悔したDr.コッペリウスは、再生医療で刹那の足を元に戻そうとするが、倫理的な問題で医学界に反対される。それでも手術を強行しようとする父親を見て、刹那はビルから飛び降りて自殺する。
Dr.コッペリウスの娘として復活した刹那は、空間の置換により原子炉内の核燃料の配置を変えることで再臨界を阻止する。そして刹那は原子炉の中へ。
Dr.コッペリウスの望みは、彼の望まない形で終わる。自己犠牲は、自己否定された者のみが行うのである。

エルヴィンとアルミンの瀕死の二人のどちらに巨人化の薬を射つかでエレンとリヴァイが揉め、アルミンが生かされる。
なぜアルミンなのかと言えば、それが誤った選択だからである。人類には、エルヴィンの力が必要だった。それでも誤った選択を行うのは、「宿命」を否定するためである。
「宿命」は人間の選択の幅を狭め、社会を固定化する。その固定化された社会を壊すために、誤った選択でも受け入れるべきだというのが『進撃』のメッセージである。まさに

日本型ファンタジーゲームの誕生①~『ドラゴンクエストビルダーズ アレフガルドを復活せよ』 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べたことと同じである。

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