坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

永劫回帰を受け入れよ〜安倍元首相暗殺事件に接して

ニーチェは「神は死んだ」と言ってキリスト教を批判した。キリスト教の精神を弱者のルサンチマンと言い、超人思想、力への意志を説いたニーチェの影響は多大だった。
しかしこれだけなら、ニーチェの思想はマキャベリズムで多くを補完できてしまう。『君主論』において、君主が権力を獲得、維持する具体的な方法を説いたマキャベリは、精神を説くに留まったニーチェより相当のオリジナリティがある。ニーチェを理解するには、キリスト教的道徳を打ち破って欲望を剥き出しにするものとだけ理解しては、マキャベリによりその功績を相当に割り引かれてしまう。

奇妙なことに、ニーチェの約100年前の哲学者で、ニーチェと並ぶドイツ哲学の大家であるカントについて、ニーチェは一言も触れていないことである。
カントは「どのような時も〜しなければならない」とするものを定言命法として真の道徳とし、それ以外の状況に応じて使い分けるものを仮言命法として定言命法の下に置いた。定言命法はどんな時も守らなければならないものとして、神が命じた十戒などに通じるものがあることは、山本七平が『空気の研究』などで指摘していることである。ニーチェキリスト教的道徳を否定するなら、カントの定言命法も否定しなければならない。
グッドの対語がバッドでなく、元々はシュレヒトだったとして、優れたものと劣ったものが本来の善悪を意味したと指摘したニーチェだが、この指摘はニーチェの思想への導入のためのもので、決してニーチェの思想の全体を構成するものではなかった。
ニーチェは、キリスト教的倫理が衰退してヨーロッパ社会がニヒリズムに陥ることそのものを問題にしているのである。キリスト教の倫理を「弱者のルサンチマン」ところしながら、『反キリスト者』ではイエスの教えそのものは認めた。
私のイエスについての考えは、
https://sakamotoakirax.hatenablog.com/entry/2017/10/21/032818?_ga=2.267425998.1739893514.1643458955-131981009.1625566099
で述べた通りである。ユダヤ人がローマ帝国に支配されているという特殊状況で、イエスの思想は生まれた。イエスはあらゆる不条理に対し、抵抗せずとも魂は全く自由であることを説いた。ニーチェはイエスの弟子達がイエスの教えを歪めた部分を「弱者のルサンチマン」と言ったのであって、根本のイエスの教えは肯定したのである。
同様に、キリスト教旧約聖書の部分の、十戒など神の教えとして守らなければならない部分もまた、ニーチェは根本的に攻撃していない。ニーチェ十戒などを自分の扱うテーマにしなかったのである。
ニーチェが問題にしたのは、キリスト教的倫理の崩壊により、全ての価値に意味がなくなってしまった人間が、どう生きるべきかについてである。その思想を説いたのが超人と永劫回帰である。
全てのものが全く同じように繰り返され、人生には究極の目的はないとして、それを受け入れることができるかどうかをニーチェは問う。そして永劫回帰を受け入れたものをニーチェは超人と呼んだのである。
そしてニーチェの超人は、マキャベリ的に捉えるとニーチェの真意を大きく逸れてしまう。ニーチェイエス・キリストを完全な無抵抗主義を肯定した。ニーチェの超人は、権力を得るために手段を選ばない生き方をする者だけではないのである。永劫回帰を受け入れれば、市井の人も超人になれる。超人とは能力ではなく、真実の世界のあり方を受け入れることである。
それはキリスト教的倫理の崩壊、そして
https://sakamotoakirax.hatenablog.com/entry/2020/08/09/172414?_ga=2.63624431.1739893514.1643458955-131981009.1625566099
で述べた二元論も崩壊した多神教の世界と同じと言っていい。多神教の世界は道徳を説くのではなく、不条理を受け入れることを説く。そして不条理を受け入れた先に「完成された人間」があることを示していく。
ハイデガーの『存在と時間』も同様で、ハイデガーはその場所が自分にとって生きやすいかどうかではなく、自分が今その場所にあることの意味を見つめることを説いたのである。

この記事を書いている途中、安倍元首相の暗殺事件に接した。それで安倍さんに関する記事を書こうかと思ったが、この記事の内容が今回の事件からそう遠いものではないと思い直し、そのまま書いた。
安倍さんは当ブログでも多くの記事を書かせて頂いたが、非常に高い政治技術をお持ちの方であり、その功績は多大であった。安倍さんのご冥福をお祈りします。

古代史、神話中心のブログ「人の言うことを聞くべからず」+もよろしくお願いします。