坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

山口真帆の事件を無視する「統合型」フェミニスト達

NGT48の山口真帆が暴行を受けた事件について、はてなで記事を書いたブロガーは、おおざっぱに見た限りでは、元々アイドルファンが多いようだった。
私は事件が明るみに出た当初、フェミニストがこの事件についてどう反応するかを見てみた。
3~4日分見てみたが、はてなの思いつく限りのフェミニストのブロガーで、山口真帆の件をツイートしたのは一人だけ、それもコメント無しのリツイートひとつだけだった。(個人批判目的ではないので、名前は出さない)
セクハラ騒動では必ず口を出すフェミニストも、グループ内での確執やいじめが原因とみると口をつぐむ。セクハラよりいじめを維持しようという方が重要らしい。今のままでは、山口真帆は芸能界から追放されてしまうかもしれない。

2017年くらいまでのリベラルの大隆盛の中心にいたのはフェミニズムだったのは間違いない。
リベラルの中心がフェミニズムである理由は簡単で、そもそもフェミニズムはマイノリティではないからである。世の中の半分が女性なのだから。そしてフェミニズムから派生して、リベラルが台頭してきたのである。
そのことはLGBTが台頭した理由でもある。女性は男と比べて、同性愛への生理的な抵抗がはるかに低いのである。また発達障害への理解が拡がったのも、発達障害をカミングアウトしたのがほとんど女性であることが大きい。男はやはり、発達障害をカミングアウトするには大きな壁があるのだろう。
リベラルの台頭により、いじめ、パワハラブラック企業が非難され、はてなでも被害者を取り上げての救いの手が伸べられた。そうして救いの手が伸べられた被害者がブロガーとして著名になるということもしばしばあった。
そうして救われた被害者は、社会全体の被害者の内の氷山の一角に過ぎない。しかしそれでも救済には違いなかった。

それが、2016あたりを境にして変わっていく。
被害者の救済は次第に行われなくなり、社会派のブロガーの地位は固定化していくようになる。最後に救済されたのはハルオサンだろう。
そして去年のキズナアイ騒動からLOFTの件で、非難の槍玉に挙げられたのはむしろフェミニズムの方である。
このようになったのは、フェミニズムを中心とするリベラルが本当にリベラルな社会を作ろうとしていたのではなく、「救済される者」と「救済されない者」の分別を行い、それによって社会を現状維持する機能を果たしていたからである。
リベラルによる「救済される者」と「救済されない者」の分別には、著しい特徴がある。
それは、より大きく、強く罪悪感を感じる問題を取り上げていかないことである。労働問題を扱う人は、偽装請負のギの字も語らない。
それは、偽装請負が小さな問題だからではなく、犯罪であり、非常に大きな問題だからである。だからこそ私は

偽装請負は日本型経営を殺戮装置に変えた - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

を書いた。
同様に、沖縄米軍基地問題も語らない。たまに出てくれば、沖縄独立論や集団的自衛権違憲論など、むしろ沖縄米軍基地の県外移転から話を逸らすための議論ばかりである。つまり日本にとってより大きな問題で、より日本の本質に迫る問題ほど、リベラルは語らないのである。
そして「社会を現状維持する」と述べたが、被害者は被害者を守るあらゆる規範が適用されなかったから被害者なのであり、被害者にとっては無秩序と同じである。「救済される者」と「救済されない者」の分別による社会の現状維持を、秩序として肯定するのは許されることではない。

リベラルは本来、「救済される者」と「救済されない者」を分けたりしない。
だから「救済されない者」にも、リベラルは浸透していく。それを不味いと思ったから、リベラルは「救済される者」を救済しなくなった。それが階層の固定化に繋がり、そしてリベラルな視点でフェミニズムが非難されるようになった。非難の根拠に「ダブルスタンダード」である。フェミニズムがリベラルの中心にいた証である。

mochi-mochi.hateblo.jp

にあるように、フェミニズムには「統合型」と「分離型」があり、有名なフェミニストは皆「統合型」である。
フェミニストが「統合型」なのは、「分離型」に属する女性を救済する気がなく、むしろ従属させてヒエラルキー構造を維持するためである。
そのためにキズナアイ騒動のように「性的」なものを排除しようとし、女が男になろうとする。個人差があるのをあえて承知で言うが、「統合型」のフェミニストは根本的に女性性を否定している。
「分離型」のフェミニストを従属させた後で、「統合型」のフェミニストが目指すのは男の去勢である。
「統合型」のフェミニストは「性的」なものを徹底して排除しようとするが、男が「性的」なものに反応するのは当然のことである。その当然を否定されて、男にどんな成長があるというのか?
去勢されて成長を阻害された男達は、「男尊女卑」という形で反動化する。「統合型」のフェミニストは反動化した男と戦うふりをしながら、ヒエラルキー構造を維持する。つまり本当は、男に従属しているのである。

私は今までのフェミニズム、リベラルの活動に一定の敬意を持っている。
しかしフェミニズムを中心としたリベラルの在り方は限界に来ており、また今までのリベラルは私を救済するものではない。今後相当の混乱と変革が予想され、その混乱が落ち着いた時には、フェミニズムはその中心から外れていると思っている。
ネットでたまたま見かけたものを紹介しよう。

peing.net

何度も読み返した結果、私は「彼女が意見を参考にしたりして影響を受けたフェミニズムの人がセクハラ行為に及んでいる」と判断しても曲解には当たらないと判断した。
私の判断が真実かどうかはわからない。しかし証拠はなくても、自分を否定する行為、つまりフェミニストが反フェミニスト的な行動を取る者は現れていると思っている。「救済される者」と「救済されない者」を分けられなくなった結果、フェミニスト、リベラルが自分を救済しなくなっているのである。

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日本型ファンタジーの誕生(25)~『僕だけがいない街』3:父殺し

意識が戻った後、藤沼悟は記憶を失っていた。
記憶を失ったのは、悟が冬の沼に飛び込まされた恐怖と、挫折感を表している。
悟は、母親が悟の記憶が甦らなくていいと思っているのを察して、「無理に思い出すことはないんじゃないか」と思う。しかし大人になった雛月加代の絵を描いてみて愕然とする。
「自分にこんな絵が描けるわけがない」と思う。そして再び、悟は記憶を取り戻そうとする。
雛月が帰った後、悟と話して悟の成長を実感した母親は、悟に事件のファイルを渡す。
「自分の子が何事かに興味を持ったなら、応援するのが親ってもんだべさ」と母親は言うが、元の時間軸では、母親は悟に事件の記憶を忘れさせようとした。変えたのは悟である。

リハビリに励む中で、悟は片桐愛梨に出会い、一瞬、記憶が甦りそうになるが、悟は昏倒し、再び約1年の昏睡状態となる。
そして、眠りから醒めた悟は思う。

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悟は再び猛リハビリをして、奇跡の回復力を見せる。
僕だけがいない街」とは、悟が八代学に嵌められ、13年間の植物状態と2年間の昏睡状態になった時間である。そして悟の回復を皆が待ち望み、信じ続けた、悟にとって誇らしい時間である。
しかしそれでも、「僕だけがいない街」と呼ぶのは寂しい。なぜこの時間を、そんな風に呼ぶのか?

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雛月加代が児相に保護された時、「悟がとった勇気ある行動の結末が、『悲劇でいいハズがないだろう?」という八代の言葉で、悟はこう思う。
この場面は一瞬、悟が八代を父親のように思った場面である。
悟は八代を父親のように思っていたのか?
この作品で、悟が八代を父親のように思うのはこの一コマのみである。まだこのコマを悟が八代を父親だと思っていると解釈する必要はない。しかし、

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悟もまた雛月加代のように、自分のいる街からいなくなってしまいたいと思っていたと考えるべきだろう。「僕だけがいない街」というのは、単純に誇らしい意味では決してない。

八代は悟が眼を覚ましたのを知り、高揚する。


「死」に抗う事は出来ないのだと、その時は思ったからだ。では「死」とは何だ?「肉体が滅ぶ」事か?「否」、「死んだも同然」などという言葉を時々耳にする。その意味は何だ?「肉体的、精神的に満たされない状態」のことだ。そう…つまり、

 

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と思い、「生」を感じるために「僕のためにある他者の死」を求める八代は、「他者の死に抗う者」として現れた悟に強い刺激を受け、執着する。そして悟をかつて飼っていたハムスターの名前「スパイス」と呼ぶ。その「スパイス」も、八代が果実酒用の大ビンで溺れさせようとしたハムスターで、仲間が溺死した体の上を走ることで「死に抗」っていた光景を見て八代がペットにしたものである。
悟の母親が、悟が「眠ってしまった」こと、そして眠りから覚めたことによる喪失感と感動を表している場面だと思ったら、八代の心情を表しているとわかってぞっとする場面がある。悟の母親にしろ八代にしろ、想いの強さという点では同じなのである。
主治医の北村は、感情をあらわにすることがない。
このキャラの存在意義は、八代と対比させることにある。

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表に出さなくても、北村には愛がある。八代の悟への「想い」がどれほど強かろうと、八代の「想い」は愛ではない。

八代が市議会議員の西園学になっていることを知り、市のイベントに必ず八代が現れると読んだ悟は、八代のトラップを見抜き、八代と対面する。
悟は、八代の犯罪を止める原動力として必要だった言葉、「心の中に空いた穴を埋めたい」を、小学校の卒業式の日に八代から聞いた言葉だと明かす。


先生には15分のアドバンテージ、僕は18年のアドバンテージでやっと五分だよ。信じてくれる?

 

と言って八代が「信じる」というと、悟は笑う。

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しかし悟が「もう終わりにしない?」と言うと、

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悟…僕は「悪」か…?世間の物差しではそうだ。だがそれは「理性」という言い訳の殻を破ろうとせず、自分の本当の欲望を隠している者が、自分を「善」であると肯定する為の物差しだ。君の命懸けの行動力は賞賛に値する。正に君も物差しの外側の人間だ。僕達は似た者同士なんだ。

 

と言って、吊り橋に火をつける。
「何も無いよ、無いんだ」という八代の言葉は、前の悟の言葉とも、後の八代の言葉とも繋がっていない。
八代は、悟の変わりに否定したのである。悟が八代を追い掛けて、八代と同じになろうとするのを。

かつて

『進撃の巨人』を考える④~日本型ファンタジーの誕生① - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

にダメヒーローを日本型ファンタジーの要素のひとつと述べたが藤沼悟は、このダメヒーローに該当しなかった。
悟の悩みは多くの人が持つ平均的なもので、バイト先では正社員より仕事ができると思われ、「リバイバル」のおかげとはいえ、行動力は極めて高く、判断力にやや難があっても、その判断力も平均以上である。どこもダメヒーローと言えない。
しかしだからこそ、タイトルが『僕だけがいない街』なのである。
主人公は、読者が自己投影できる存在でなければならず、そして『進撃の巨人』1巻のエレンのように、それはしばしば破滅への衝動となって現れる。
ところが、悟は「他者の死に抗う者」として危険を犯すが、その本質には強い生命力がある。本来、悟の行動の延長線に八代はいない。だから無理矢理悟と八代を同一化させようとしていると見ていい。
しかし、悟と八代が似ていなくもない。
それは、悟が小さい時に好きだったテレビ番組『戦え!ワンダーガイ』の主人公に現れている。
『戦え!ワンダーガイ』の主人公は、戦い続けることで孤立し、妻や子供からも離れていく。
悟が行動することで、悟を中心に強い絆が生まれていくが、実際は戦うことで孤立していくことを、『戦え!ワンダーガイ』は表している。
破滅のためでなく、正しいことのために行動しても、周囲から孤立し、嵌められて命を危険に晒すのは、自分から破滅に向かうのと非常に似ているのである。
とにかく、悟が八代を父親と思い同一化しようとしたのを、八代が否定して、「父殺し」が成立する。

八代が逮捕された後、悟はマンガ家として成功する。
さらに裁判での八代の証言により、八代が悟を殺そうとした後、八代が少女を殺していないことが判明する。悟は八代の中の「兄」を殺すことに成功していたのである。
そして「リバイバル」の記憶は徐々に薄れていく。
ここに、従来のタイムスリップものと『僕だけがいない街』の違いがある。

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とケンヤが言い、「ドライ過ぎるよ」と悟が言うが、ケンヤの言うことが真実かもしれないのである。
悟が雛月の絵を上手く描いたのも、自分の可能性を信じる部分が描いたのかもしれないし、八代を追い詰めたのも、八代の行動パターンを夢の中でイメージし続けていた結果かもしれない。
悟が「眠ってしまった」状態の時、母親は「時間の中に閉じ込められているみたいだ」と言う。その閉じ込められた中で、悟は大きく成長していたのである。
しかしこの成長は、その前に成功に向けた大きな努力をした者でなければ得ることはできないものである。

「お前には損な役割をさせてしまった」というケンヤに、

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と悟は答える。
この心境に、私はまだなれない。ただこういう心境があるのを知っているだけである。

そして悟は、片桐愛梨と再会する。
一度は会おうとして、危険に巻き込むのを恐れて声をかけなかった愛梨とである。
ストーリー作品の中では、大業を成し遂げた者が理想の女性を得る。
リバイバル」の記憶が薄れた、つまり成功を実感し、失敗の経験に囚われない人格を形成し始めた悟は、ようやく愛梨との恋愛を始められるのである。

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何この偏向情報?www

何で俺の記事ってこんなに連動するの? - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で、id:Vergil2010さんの記事を「中国は日本を侵略しない」という意味に解釈したら本当にそういう意味だったwww。

vergil.hateblo.jp

https://megalodon.jp/2019-0211-0316-38/vergil.hateblo.jp/entry/2019/01/17/221315span 俺の記事って本当に連動してたんだ!だったらなんで弁護士と税務署の不正を糾弾してくんないんだろ?www。しかも中国のシーレーン狙いを完全に無視しての炎上狙いwww。

で、この記事。

vergil.hateblo.jp

この記事の「SPA!」に書いた小林よしのり氏のマンガが批判されているので見てきた。
内容は、手塚治虫の『シュマリ』から始まる。
『シュマリ』は、手塚の初期構想ではアイヌと日本人の混血のシュマリが、日本に対してレジスタンスを起こすというものだった。しかしアイヌ協会が「そのようなことを書かないように』とクレームを付け、構想は二転三転、結局シュマリは日本の元士族で、シュマリというアイヌ名と衣装がアイヌらしさを出しているだけ、アイヌにはもちろん好意的だがレジスタンスとは全く縁のないものになってしまった。
そういう「表現の自由」を侵す批判を小林氏は問題としている。
しかし、「表現の自由」への批判に批判を返したりすると、「差別!」と批判を受けるのが日本の現実である。
こうなるのは、社会的表現と文化的表現、学術的表現を混同しているからである。私はリベラルの差別批判は社会的表現に限定されるべきで、文化的表現、学術的表現はリベラルの差別批判の対象外だと思っている。
そしてこれを混同しているから、しばしばリベラルはリバタリアンから社会的差別を不当だとする批判を招いている。そしてそれは小林氏においても同様である。

小林氏は「アイヌ人は日本人との混血が進み、純粋なアイヌ人は存在しない。さらにアイヌの言語や文化はほとんど死滅しており、アイヌという民族は存在せず、アイヌ系日本人が存在する」というある学者の説を引用し、それを持論にしている。
セルビアクロアチアの血で血を洗う戦争を見れば、そんなことは言えないだろう。
私は民族のアイデンティティは、「私は~民族だ」と思うことだと思っており、言語や文化、混血の度合いは問題にしない。よってこの学説は却下する。
アイヌ民族は存在しない」と外から決めつける小林氏の言動は差別である。そして香山リカから「アイヌは存在しない」と言ったことを批判され、「アイヌはいないとは言っていない」と反論するのは卑怯である。しかし私の先週の『ゴーマニズム宣言』での小林氏への批判はこれだけである。
そもそもなぜ手塚の『シュマリ』がアイヌ協会からレジスタンスの話を書けなくなるほどの圧力を受けたのか?
その理由は沖縄県民がしばしば「琉球王国なんてあったの?」、「沖縄戦なんてあったの?」と嘘をつくのと同じである。
沖縄県民もアイヌ人も、自分達の民族の歴史や文化があったことから目を背けているのを「知らなかった」で済ませば、民族として抵抗しなくて済むと思っているからである。つまり真実、隷属を望んでいるのである。
こう言うと「アイヌ人はいない」という説に傾きそうだが、この隷属心は「抵抗しているふり」をすることで維持されているため、隷属心に充たされていても「アイヌ人はいる」と考えるべきである。
そして真実隷属心に充たされているから、手塚が本当のレジスタンスを書こうとしたのに対し圧力を書けたのである。そしてレジスタンスの芽を潰しておいて、「自分達には民族としてのアイデンティティがある」と自分にも、世間にも嘘をつくのである。

似たような構造は、日本中の至るところにある。
小林氏は手塚の『シュマリ』は本来の構想はアイヌレジスタンスだったと説き、「言論の自由を批判する者こそが真の差別者だ」と論じた。これは正しい。
しかし小林氏は、アイヌ協会がなぜ手塚に圧力をかけたのかを論じなかった。それはおそらく、小林氏がアイヌ協会の隷属心を見抜いていたからだろう。
リバタリアンは「表現の自由」を全面に出して社会的表現に差別表現を入れていこうとする。
対してリベラルは差別表現に全面的に反対し、文化的表現、学術的表現の言論の自由を封殺する。Vergil2010さんの記事も区分けをしていない、それどころか『ゴーマニズム宣言』で『シュマリ』を書いたことさえ、この記事には書かれていない。小林氏が僅かに骨抜きにした問題をさらに大幅に骨抜きにし、「マスコミやネットにさえめったにない偏向情報」と化している。正直、小林の方がはるかに誠実である。
そして社会的、文化的、学術的表現を区分けしないことで、リベラルもリバタリアンも、本当は共犯関係を築いている。この共犯関係によって行われるのがダブルスタンダードである。

明石市長のパワハラ発言をリベラルが擁護したのもダブルスタンダードで、ダブルスタンダードはより大きな問題に対してなされる傾向がある。安倍首相のモリ・カケ問題も問題が大きかったから、左派は批判するふりをして見逃した。安倍政権の支持率も下がっているが、野党が支持されているということもない。左派、リベラルは社会を前進させるふりをして、結局現状維持を望んでいる。
もっとも、違う流れも出ている。先のLOFTの件での

amamako.hateblo.jp

などである。
記事には概ね賛成だが、「向き合わなければならない」というのは言い過ぎの感がある。文化的表現はあくまで感性に訴えるもので、人に義務を求めるものではない。
その点、

yuhka-uno.hatenablog.com

は成功している。文化的表現を擁護する方法は感性に訴えることである。論理展開も感性に訴えていくテクニックを、多くの人が学ぶべきだろう。

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ドラゴンボールを考える⑪~美少女戦士、魔女っ子にはまってる奴はクールに倒せ!!

前回のに「フリーザが『口が臭いって言われて殺された奴がいる』じゃなくて『口が臭い部下が殺された』だ」ってコメントがあって、も一回映画観てきたらその通りだった。「口が臭いって殺された奴がいる」だったから、話の分脈から誤解が生じても不思議じゃないし、なぜそうなってるかはわからないけど。
ただもう一回観て、それなりに得るものはあった。悟空とブロリーの戦いで、悟空が触れてもいないのにブロリーの動きを止めている場面があって、その時は赤ゴッドの気がブロリーを包んでいた。
「おめえは悪い奴じゃねえ、オラにはわかる」と悟空は言うが、ブロリーが暴走すると、今度はブロリーの気が悟空を包んで悟空がびったんびったんにされる。
そしてレモが「ありゃどう見てもまともじゃねえ」と言い、チライが「あの親父のせいだ」と言い、パラガスが「私はブロリーに殺される」と言う。
つまりこの場面は、悟空の説得が失敗してブロリーがDVに走る場面である。
ではなぜフリーザがパラガスを殺してブロリー超サイヤ人になるかというと、「父殺し」には二種類あり、父親の価値を否定すると世界を変える人間になるが、父親と同じ価値で父親を殺した場合、それは父との同一化、それも強化された同一化となる。一番いい例が『東京喰種』の六月透である。映画はその流れをしっかり押さえている。

リブリアン、あ、言っちゃったwww。
でリブリアンを特徴づけるのは、その大カボチャパンツ(?)である。
『魔女宅』のキキのカボチャパンツでさえ見ていて恥ずかしかったのに、リブリアンの大カボチャパンツは、それがあまりにその肉体と一体化し過ぎていて、見る者に少しの恥ずかしさもいやらしさも感じさせない。っていうかカボチャパンツだとさえ気付かれていないwww。
というわけで今回、私のお気にの(?)リブリアンの記事。

第6宇宙のカリフラとケールが第11宇宙のプライドトルーパーズを場外にした後、第2宇宙のリブリアンが、

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と全員の注目を集める。
そしてペレスがウータラコータラいって、第2宇宙の連中がアータラコータラいって、リブリアン達3人の変身が始まる。
リブリアンは『プリキュア』のキュアハニーってキャラと同じ声優で、変身バンクも似てるらしい。へー。

ゴメン、見てて恥ずかしかったwww。
で変身してる最中に、

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マンガでもアニメでも、変身の途中で攻撃がまともに命中したのを始めて見たwww。
やったのは17号。「変身のプロセスにはそれぞれ意味があるの!」と猛抗議。悟空もリブリアンに味方して、「やれやれ」って感じで17号が引き下がる。

これで誰にも邪魔されずに、もう一度変身バンクを使って変身したリブリアンは巨大なハートを作り、ハートが爆発して怪しい匂いを放つと、戦士達がリブリアンに魅了される。しかし第7宇宙の戦士達は影響されない。
「なんだかんだで皆さんストイックですし」とウイスは言うがそうではない。クリリン同様、かわいいと思っていないだけである。
亀仙人も修行によりエロを克服したようだがそうではなく、エロを溜めて力に替えていた。色仕掛のキャウェイと戦った時にそれを明かし、怯えたキャウェイは、

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となって自ら場外へ。はい、この場面、ちょっとドキドキしましたwww。
まーとにかく、ピッコロ以外は程度の差はあれみんなエロである。だからこの構図は、リブリアンに魅了されているのが変なエロ、魅了されないのがまともなエロである。いや悟空はエロじゃないか?www。

そしてリブリアンとベジータが交戦、しかしリブリアンの「乙女の突進」を見たベジータが、

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おもいっきり嫌な顔をして回避www。
大笑いの場面だが、多少の意味はある。リブリアンの相手はベジータでは駄目なのだ。

この後17号とカクンサが交戦、17号はわざと隙を見せてバリアを張り、バリアにカクンサを張り付けさせてバリアを回転、吹っ飛ばして場外を狙うが、羽根のあるビカルがカクンサを場外から救う。
カクンサから一撃を食らって倒れる17号だが、「獣相手に島にいたあいつらを思いだし、つい気が弛んだ真面目にやるとするか」と、
まず飛べるビカルを場外にする。
リブリアンの一味を相手にするにはクールである必要があるが、気を抜いてはいけない。
そしてカクンサと戦う17号は、カクンサに撃った気弾を外す。しかしそれは囮で、気弾を撃った反動で17号は高く飛び、照明に飛び乗った。そして追って飛んできて身動きの取れないカクンサを「お前の戦い方、勉強になった」と、本気かどうかわからない一言でカクンサ一撃、場外へ。
「乙女の怒り~」とリブリアンの怒りが爆発寸前、現代では死語に成り果てた「乙女」を連発されて、視聴者のイラつきも爆発寸前www。

この後リブリアンと17号が戦うのかと思いきや、すぐには戦わない。一度17号とリブリアンが戦うが、決着は18号がつける。
リブリアンと18号の熱い戦いは、、その熱さとは逆に、18号は17号の分身で裏にクールさを秘めている。

第2宇宙と第11宇宙は合わせて13になり、関係があるという指摘がネットにあった。その通りである。
第2宇宙が美少女戦士、魔女っ子を揶揄したものなら、第11宇宙は戦隊ものを揶揄したものである。美少女戦士、魔女っ子にはまる者には「クールであれ」というのがメッセージなら、戦隊ものにはまる者は「女にやられる」がメッセージである。あ、もちろん子供はOKですよwww。

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改憲から遠ざかれば自衛隊がクーデターを起こす

去年、橋下徹氏が『政権奪取論』で、「維新は失敗だった」と述べて以降小沢一郎氏との新党結成の話が盛んになっている。
橋下氏周辺の動きを見てると、私が日本型ファンタジーと呼んでいる作品群に登場するマキャベリスト達と重なって見える。
特に『東京喰種』のタタラと重なってくる。タタラは11区で「アオギリの樹」が騒動を起こすように指導したが、これは陽動作戦で狙いはコクリアに収監されている喰種を解放して戦力増強を図ることだった。
作戦は成功したが、11区のアジトは壊滅した。
橋下氏に感じるのは、その冷徹さである。
橋下氏は地域政党の「大阪維新の会」と国政政党の「日本維新の会」を分離し、日本維新の会を批判した。創立者に批判された「日本維新の会」は、立つ瀬が無くなった。
橋下氏の狙いは、議論はされていないが明確で、多くの人が口にしないが感じていることである。それは護憲派の分断である。

民進党の分裂による希望の党が一時的にでも改憲政党として成立したのは、橋下氏の功績だと私は思っている。
小池百合子氏は時流に乗って大勢力を作れれば小池氏はそれで良かったのだが、橋下氏は「踏み絵をさせるべき」と何度も訴えて希望の党改憲政党にした。
その後希望の党に所属した議員がまた護憲に転じて、護憲政党の国民民主党になったのは周知の通りである。しかし国民民主党はその後振るわず、代表の玉木雄一郎氏も自民との対立にこだわるべきではないとしたりまた対立路線に戻ったりと右往左往し、今では国民民主党の話題さえ聞かない。しかも国民民主党は、未だに党として選挙の洗礼を受けていない政党である。
護憲派は、数の上では変わらなかったかも知れないが、橋下氏は護憲派の弱体化に一応の成功を収めた。
問題は、それでいてなお護憲派の全体数が減らないことである。
そして明確に改憲を主張する「日本維新の会」では、護憲派を取り込むのに限界がある。そこで改憲派としての立場は変わらないにしろ、改憲の主張を抑え気味にした新党を設立することで、護憲派の取り込みを図ろうというのが橋下氏の狙いである。
日本維新の会」に批判される余地はあるにせよ、「失敗だった」とまで言って護憲派の取り込みを図る橋下氏、マキャベリズム全開である。

橋下氏の『政権奪取論』はまだ読んでる途中だが、ここで感想を述べよう。
まず、橋下氏の文章は分かりやすい。
頭を使って理解する必要が全くないほど説明が丁寧で、橋下氏の文章を読むと、私の文章がまだ分かりにくい書き方をしているとわかってくる。
それでいて、本当に理解させずに「理解した気にさせる」文章が混ざっている。
石原慎太郎氏の名前を出して、「石原さんは政策と理念の一致をあまり言わなかった。党として強くなるには『まずはは塊だ』」としながら、民進党の解体には「まとめる力に比べて幅がありすぎた」として前原誠司氏の民進党解体を評価する。「どの辺に均衡点があるの?」と思ってしまう。
その均衡点をこの本を読めばわかるという意味にも解釈できるが、橋下氏の本心はそうではないだろう。
日本の政治では護憲が建前で、改憲、いや自主憲法が本音である。護憲が本音でない以上、護憲の野党が政権を取ること自体が基本的にないのである。
橋下氏はそれを理解している数少ない人物でありながら、それを誤魔化そうとしている。だから旧民主党の3年間の政治を、「経験を積んだ」と評価しようとしている。政権から離れたら、野党は元に戻ってしまったのだが。
もっとも事の本質を説明しても人気を無くすだけで、あくまで政権を取るなら、こういう誤魔化し方も必要である。
また橋下氏は、共謀罪法案を批判した。

維新はなぜ共謀罪法案に賛成したのか - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で見たように、共謀罪法案に賛成してたのに?まあ私も共謀罪法案には批判的だったので、批判してくれたことでよしとしよう。
橋下氏は、捜査機関の捜査権限の強化は必要だとする。その上で、
「捜査機関のあらゆる取り調べは可視化されるべきだし、弁護士の立ち会いも当然」とする。
なるほどなるほど、ん?弁護士?
あいつらただの詐欺師じゃん!!

詐欺師に権限を与えれば、それで利権を強化してくるのである。そうなればもっと不当なことが行われる。
ダメ、ゼッタイ、ハンターイ!!

「安倍政権は憲法改正国民投票で、国民からしっぺ返しをくらう。」

橋下徹氏が断言「安倍首相は国民から必ずしっぺ返しを食らう」 | 文春オンライン

で橋下氏は言うが、こういう言い方は良くない。
なぜなら、国民投票改憲を否決する自体が続けば、自衛隊がクーデターを起こす可能性が出てくるからである。
あり得ない?なんで?弁護士と官僚が堂々と国民の財産権を侵害しているのに?
もし自衛隊のクーデターが起こって出版業界の印税の横領を見逃す弁護士や役人を火炙りにしていったなら、私は拍手喝采つーか俺って死刑廃止論者じゃなかったっけ?www。
日本は未だに自衛隊を軍と認めないことで、自衛隊を不遇にしているのである。
そうでいて国による個人財産の横領を見逃して、利権構造を築いている。それなのに国民投票改憲が否決されるなんてことを言ったら、自衛隊のクーデターに大義名分を与えかねない。
そしてその時に、「民主主義を守れ!」と言っても無駄なのである。そんなことない?なんで?民主主義は個人の財産権を無視するためのものなの?

安倍政権は低所得者層の「復讐の代行者」 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で、「1~2年であらゆる権威が崩壊する」と述べたが、この時は自民が崩壊すると思っていた。
しかしそうではないと最近思い始めた。崩壊するのは護憲派である。
護憲は建前で、日本の善意を表象する。
その善意の化けの皮が剥がれて、あらゆる本音が剥き出しになった状態が「権威の崩壊」である。その本音は護憲的な建前によって正当化されないので、社会は根本から崩壊する。
だから護憲にすり寄らなくても、その時まで待てばいいのである。橋下氏の新党結成には反対しなくても、改憲を遅らせようとするのは反対である。

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日本型ファンタジーの誕生(24)~東京喰種2:ルナ・エクリプス戦はクィーン・ビーと「見棄てられたヒロイン」の戦い

金木研が死んだと思った月山習が暴食に走り、その食糧調達のために月山家の召し使いが走り回ったためにCCGに目を付けられる。
月山家が喰種だということが明るみになり、当主の観母は息子の習を逃がすため、自ら囮になる。
月山習は月山財閥所有のルナ・エクリプスからヘリで逃亡しようとするが、習の逃亡に気づいたCCGが追跡することによりルナ・エクリプス戦が始まる。

CCGの下口上等は、部下を全て失った経験を持つ。
その下口の前に、ノロのようなマスクを被ったイカレポンチのカナエ=フォン=ロゼヴァルトが立ち塞がる。下口はカナエにより、あっという間に左腕と右手の四本の指を失う。
部下二人が援護をしようとするが、下口は逃げるように言う。部下二人は女性で、オークション戦で殉職した茨橋の元部下だった。
茨橋は優秀だったが、部下を死なせた下口を軽蔑していた。
「茨橋が生きていれば」と、部下を救えないことに苛立つ下口は、「お前らが嫌いだ」とまで言って、部下を逃がそうとする。しかし部下二人は、

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と言ってカナエに向かって行って死ぬ。
直後に下口も殺される。

「誰かいい人いないの」

ダンゴ虫みたいに丸くなった背中で、母ちゃんは、そう言っていた。

 

無理なんだよ。俺は性格の悪い不細工だから。

 

思い出すような友達もいないようなさびしい奴だから。

 

(俺がいなくなったら、母ちゃんはどうするんだろう)

 

下口は最後に思う。しかしカナエは、下口の首を持ち上げて、

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「美しい」と言う。
こうして下口は、二人の女性の好意と、一人の女の喰種の美の賞賛を受けて逝く。

石田スイは、本当は好き嫌いのはっきりした人物だと思う。
そう思うのは、必ずしも本意でない描写をした場合、その反動が出ていると思うからである。
同じルナ・エクリプス戦でキジマ式がチェーンソー型のクインケで頭を真っ二つにされて死ぬのが、下口の美の賞賛の反動だと私は思っている。
永近英良が金木に口から捕食されたのは、それが同性愛の表現だからである。永近の捕食が同性愛の表現なのは、オークション戦でナッツクラッカーがCCGの女性職員を口づけしながら捕食したことで読者が理解できる仕組みになっている。
永近の捕食が同性愛の表現なのは、金木を救うために命懸けで奔走する永近の動機が、友情であってはならないからである。友情は大抵、人の命を懸けさせるほど強いものにはならない。人を命懸けにさせるのは愛である。
そして同性愛を表現したが、石田は生理的に同性愛は駄目なのだろう、その反動が和修政である。
和修政のゲイ表現があった時はちょうど保毛尾田保毛男騒動と重なっていて、内心抗議が殺到しないかとひやひやしていたが、おそらくうまく切り抜けたのだろう。ゲイが露出狂だという偏見は存在しないのだから。
また和修政の件も差別からではなく、ゲイセックスが生理的に駄目な人がゲイセックスを表現したことの発作である。和修政にもそれなりの救いを与えており、ゲイ自体への差別ではない。石田の感情にネオリベラリズムに通じるものがあったとしても、思想はリベラルなのである。

美醜を逆転させることが不健全なことは、石田もわかっているのである。
それでいて下口を「美」としたのは、美醜がもたらす不条理への抗議である。そしてその抗議は、カナエの描写にも表れている。
金木が死んだと思っていた月山がなおも金木に執着するのを見て金木を憎み、そのカナエにエトがすり寄る。エトに従ったカナエは、

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こわっっっ!!
ホラー作家もびっくり。瞼と唇に糸が縫われている。月山を「シウサマ」と呼んで、いっちゃってる感満点。
このカナエがカネキ、いやカネキとしての記憶を失った佐々木琲世に襲いかかるが、琲世は戦いの中でカネキの記憶と人格を取り戻し、カナエに勝利する。すると次はエトが襲いかかってきて、エトと金木の戦いが始まる。

一方、ルナ・エクリプス内では伊丙入(ハイル)と松前が戦っている。
ハイルは「CCGの死神」有馬貴将を彷彿とさせる手練で、人間より身体能力が高い喰種を驚愕させるほどの動体視力と反射速度を持つ。以前松前とハイルが交戦した時は、松前は部下と一人捕らわれて撤退した経験を持っている。
しかし松前は月山を守るという強い想いからハイルと互角以上の勝負をし、血で足が滑った一瞬の隙をついてハイルの胴を貫く。

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「あなぽこ」「あーし、し」と言った後、「岡平、クインケ。よこせってんだよ、はよせい!!」と逆上する。
容姿に自信のある女性は、しばしば子供っぽい態度で危機を切り抜けたりする。ハイルは幼児言葉を使うが、死を予感した瞬間、部下に八つ当たりして本性を現す。ハイルが自分が死ぬことを想定して戦っていない証左である。
岡平が渡したクインケは高密度の攻撃を繰りだし、松前は劣勢に立たされるが、仲間のマイロが胴体を切断されながらも、ハイルの肩から上を切り離す。肩から上を切り離すのは、「顔はいらない」という暗示である。
そしてカネキがカナエと戦い、続いてカナエをいたぶったエトと戦うのは、カネキがカナエの代理としてエトと戦ったと解釈できる。ルナ・エクリプスの上と下の戦いを重ねることで、エトとハイル、カナエと松前が重なる。こうしてエトとハイルが、クィーン・ビーという同型のキャラだと判断できる。カナエはクィーン・ビーの被害者であり、ルナ・エクリプス戦はクィーン・ビーとその被害者との戦いだとわかってくる。

カナエの本名は、カレン=フォン=ロゼヴァルトという。
カナエは家をCCGのドイツ支局に滅ぼされ、ロゼヴァルト家の再興を託されていた。カナエの名前は、死んだ母親と二人の兄の名前の頭文字を取ったものである。
しかし「家の再興を願う健気な娘」というのは表向きの解釈で、その真意は「家に囚われた娘」である。
ならばカナエを家に「囚えた」のは誰だろうか。

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カナエを家に「囚えた」のはエトで、エトは家庭内では母親の暗示となっている。
「あなた、おこがましいのね、醜いくせに」と言われ、カナエは鏡を見て、「私は、ゴツゴツだな」と言う。

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カナエは、不美人ではない。
こうなるのは、女性の美意識が不完全だからである。
母親に「醜い」と言われて育った娘は、本当の姿を見せても、自分を「醜い」方に解釈し直そうとする。それが瞼を糸で塞がれた「盲目」の意味である。
では唇を塞がれているのは?
カナエが月山家か月山習個人の、どちらを選ぶべきかの選択を迫られた時、カナエは松前に相談する。
松前は「あなたの主は誰なの?」と問い返し、カナエは「主」を、自分を雇っている月山家だと解釈する。
しかし松前は、「あなたにとって大事なものは何か」と尋ねたのである。
金木が月山をビルから突き落とし、カナエが月山を庇うために飛び降りる。
人生の最後の瞬間、カナエは叫ぶ。

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Oh mein lieber Shu.

(ああ、愛しい習さま)

lch habe so lange davon getraumt,Sie im Arm zu halten.
(このようにあなたを胸に抱ける日をどんなに夢想したことか)
Vater,Mutter,meine Bruder,bitte verzeiht mir.

(お父様、お母様、お兄様方、どうかお許し下さい)

Shu,bitte verzeihen Sie mir…

(習さま私をお許し下さい)

verzeihen Sie mir,dass ich mich in Sie verliebt habe.

(あなたを愛してしまったことどうかお赦しください)

 

しかし月山は、

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月山おっとこ前~!!
「人生で幸福なこと、自分らしく死ねること」
こうしてカレン=フォン=ロゼヴァルトは、幸福に満たされて死ぬ。

カナエ=フォン=ロゼヴァルトは「見棄てられたヒロイン」で、カナエの不幸の原因を母親に求めている。
ならば世の不幸な女性の不幸の原因は母親なのだろうか?
そうではない。日本型ファンタジーの多くは、根本の原因を父親としている。
そして覚醒したカネキによる「父殺し」が始まる。

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消えた「三空港問題」

去年の夏の、台風の話をしよう。このブログでは、タイムリーな更新をする方が稀なのでwww。
台風による津波で、関西空港が冠水した。夏に聞けば涼しそうな話題も、冬に聞けば寒々としますな。
関空が冠水したことで、人々は維新を批判した。災害対策を放棄していた松井知事が批判されるならわかるが、既に政治家でない橋下氏まで批判される事態に。
何で?関空は橋下さんや維新が作ったものじゃないよ?
そこで「ああ、三空港問題ってのがあったっけな」と思い出した。どんな問題だっけ?
そうだ、困った時はウィキペディアだ!

関西三空港の経緯と現状 - Wikipedia

あれ~???
三空港問題ってこういう議論だっけ?
いや、タイトルが「関西三空港の経緯と現状」で、「三空港問題」ではないのだが、三つの空港があることで「問題」とならなければ「三空港問題」にならない。
橋下氏が大阪府知事の時は、関西に三空港があることでそれぞれの空港の集客力が少ないから、三つの空港を統合しようという話だったと思う。橋下氏の主張は伊丹空港がいらなくて、沖縄米軍基地問題も絡まって神戸空港は米軍基地にするとかしないとか、そういう話だったと思うんだけど。
ウィキペディアは本当に「経緯と現状」で、神戸空港の話はほとんどないし、橋下氏の神戸空港についての見解もない。さらにいつの間にか「三空港問題」は経営統合の議論になってるし。

橋下さんのウィキペディアも見てみよう。

橋下徹 - Wikipedia

あれ~????「三空港問題」がごっそり抜けちゃってるんだけど。
で、関空の冠水についての橋下氏のツイートをBLOGOSがまとめてくれているので見てみると、

lite.blogos.com

②当時国交相前原誠司さんの英断で、国営伊丹空港関空を一本化して完全民間運営に。LCCと物流の拠点にし、国や自治体からの出ていた多額の補助金は0に。僕もその案を了承。死にかけていた関空が蘇って過去最大の利用客数の更新中だった。

 

へーそんなことが。でも「関西三空港の経緯と現状」では国交省が反対したって書いてあるけど?

しかしながら、上述の経緯より、大阪国際空港の存続を決定した国土交通省大阪国際空港の周辺自治体らは、反発した。

 

「上述の経緯」とは何かを見てみると、

国土交通省交通政策審議会航空分科会は、2007年6月21日に、大阪国際空港の種別変更(格下げ)の検討が必要、という答申案を出した。しかし、前回同様に、11市協は反対の姿勢を示した。これについて、一般紙は「3空港が特性をいかし、連携して航空需要をになうことが必要」と論評した。その後、兵庫県井戸敏三知事も、10月15日の会見で、大阪国際空港の維持・整備費の地元の負担増などに関して批判した。また、大阪府太田房江知事(当時)は、国土交通省に対し、大阪国際空港は国の管理運営する基幹空港として維持することと、地元に維持・整備費の負担を求めないことを、要望した。この件で、両知事は、10月5日に国土交通省を訪れ、冬柴鐵三国土交通大臣(当時)に、上記の主張をまとめた要望書を渡した。

 

大臣前原さんじゃないやん!!
それに2009年に橋下氏が伊丹空港廃港を撤回したと言うけど、「大阪国際空港#橋下大阪府知事大阪市長に関する動きも参照」というのが気になる。ここをクリックすると、

大阪国際空港 - Wikipedia

伊丹空港に飛んだぞ!!

2009年1月に橋下は「勉強不足だった」として大阪国際空港廃止論を撤回し、大阪府としては関西国際空港の活性化を重視し、関西3空港の一体的運営に関しては、将来的な課題とする大阪府の従来方針に準じた内容を、関西3空港に関する提言としてまとめたことを表明した。しかし、2009年9月に開かれた懇談会では、再び橋下が大阪国際空港廃止論を主張し、関西国際空港神戸空港に路線を集約させるという案を提案した。

 

伊丹空港廃港に戻ってるやん!!

駄目じゃん、ちゃんと「三空港問題」の記述を残しておかないとwww。
橋下氏の伊丹空港廃港論は誤りだったし、またそれでいいと思っている。
リスク無視でコスト削減にさえなれば賞賛された時代があったのであり、そういう時代には、改革的な政治家はその流れに乗らなければ政治家になれなかったのである。そして三空港問題はその時代の産物である。
そもそも橋下氏自身が伊丹廃港論を主張したことを認めた発言をしているのに、橋下氏以外の人が三空港問題での橋下氏の発言を隠す必要はない。それこそ橋下氏ではないが、「馬鹿な有権者」である。良かったね、政治家辞めてwww。
いやいや意地悪は止めておこう。最近の情報から見て、参院選でかどうかはともかく橋下氏の政界復帰は確実だし、橋下氏も口では否定しながらも、政界復帰する気満々だろう。私も全ての主張に賛同してはいないが、それでも橋下氏の支持者である。
大阪万博の決定により、大阪都構想の実現もぐっと可能性が高くなった。

大阪市民も反橋下派も、既に橋下徹の罠に嵌まっている - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

の頃と違い、私は都構想賛成に転じた。
というのは、元々経済効果を数値化できるものではなかったからである。
都構想は既得権益を破壊するためのものだった。既得権益の破壊には、改革を望む政治家、政党の資質や政治戦略が必要で、その改革が結果として経済効果を生んでも、それを最初から数値として可視化できなかったのである。経済効果の可視化が要求されたのも、コスト削減が絶対視されていた時代の弊害であり、ひいてはコスト削減へとミスリードして既得権益の弊害の隠蔽のためである。
都構想について初めての記事を書いた時には、既得権益の弊害は充分にわからなかったが、今は見に沁みて実感している。もっとも弁護士の不正に手が届く改革じゃないけどね。
しかし橋下氏の政界復帰が確実だとしても、「約束破り」くらい言っていいのに、その批判が全くないのも、「馬鹿な有権者」である。
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