坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

信長の戦い④~長篠

次は美濃攻めを書く予定だったが、先に長篠の戦いを書くことにする。

背景として、武田信玄が死んで足利義昭を追放したこの頃の信長だが、その勢力の伸長は一進一退を続けている。
1573年に浅井、朝倉を滅ぼしたが、旧朝倉領の越前は一向一揆が起こり、加賀と同じ「百姓の持ちたる国」になる。手に入れたのは浅井領のみというのが当時の状況である。
一方、信玄の跡を継いだ武田勝頼は、織田、徳川に積極的な攻勢を仕掛けてくる。
加賀は美濃の明智城を攻略し、信長は救援に駆けつけようとしたが間に合わなかった。さらに勝頼は徳川方の高天神城を攻めるが、またも信長の救援は間に合わず高天神城は陥落した。
この時期、信長の動きは実にのんびりしている。
しかし信長は、高天神城救援の兵力をそのまま長島一揆攻略に向けた。そして2万もの一揆勢を虐殺し、長島一揆を終息させた。
2城を失って1城を得た形勢である。しかし長島は、信長の勢力圏の中のとげだった。かつて浅井、朝倉が比叡山に立て籠った時、長島一揆勢により信長の弟が殺されたが、信長は救援に駆けつけることができなかった。2城を失っても、長島一揆を終わらせた意味は大きい。

長篠の戦いでは、鉄砲三千丁を三段に分けて一斉射撃を行ったという説は否定されている。
鉄砲は千丁ほどしかなかったし、騎馬、徒歩が混合した当時の軍勢が一斉に織田軍の射程距離に入るはずもなく、さらに家ごとにある鉄砲隊を全てまとめ上げることも当時は不可能である。よって長篠は陣地防衛戦であるというのが現在の歴史研究家達の結論である。

問題は、なぜ陣地防衛戦で武田軍が壊滅的な打撃を受けたかである。
信長公記』によれば、武田軍の死者は一万である。
この点について、結論はほとんど噴飯ものだが問題提起は秀逸な秋山駿の『信長』は疑問を呈している。

勝頼軍は、自分から攻撃しなければ、敗北はあり得ないのである。
それなのに、前後八時間もかけて、まさか乃木将軍の二〇三高地攻めでもあるまいに、飽きずに被害甚大の攻撃を繰り返す。いったい戦争に老練なはずの武田の宿将とは何者であろうか。

 

藤本正行の『信長の戦争』は、武田軍の突撃までの経緯を詳しく書いている。
きっかけは、武田方の鳶ノ巣山砦を酒井忠次が奪ったことによる。
鳶ノ巣山砦は、武田軍が長篠城を攻略する要となる砦で、織田、徳川連合軍が到着してからは、織田、徳川連合軍と長篠城の挟撃を防ぐための抑えの砦だった。
この鳶ノ巣山砦が奪われてから、勝頼は織田、徳川連合軍に猛攻撃を始めるのである。

勝頼には猪武者という評価と、本当は名将だという真逆の評価がある。
私に言わせれば、勝頼は猪武者どころか端武者である。

私は推量する。武田軍は、よほど信長軍弱体を確信し、またおそらく、家康家臣団一部の情報によって、設楽原へと導き出され、、その一部の内応を当てにして、同じ突撃を繰り返していたのであろう、と。

 

結論が噴飯ものが多い『信長』だが、この部分は当たらずとも遠からずである。
勝頼が猛攻撃をするのは、自分が弱者だと認めたくないからである。
明智城高天神城の奪取により、勝頼は自分を信長より強いと思うようになっていた。しかし長篠で挟撃の恐れが生じたことで、勝頼は自分の強さにけちがつけられたと感じた。
猛突撃は、ついたけちへの強烈な否定である。しかし無意識では、「強者」としての自分が否定されることと、真の「強者」への強い怯えがある。
この意識と無意識の逆転は、強弱の比較で自分に有利な点を大きくとる習性を身につけることにより起こる。私はこれを「勝頼病」と読んでいる。
「勝頼病」というが、幕末の長州の破滅的な行動や、太平洋戦争での日本軍の特攻の繰り返しも「勝頼病」である。「勝頼病」は古今を通じた、日本人共通の病である。

信長の戦い③~桶狭間 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で、今川軍が信長勢を易々と本陣に入れてしまったのも、信長が今川軍に「勝頼病」を発生させたからである。信長は日本人の「勝頼病」を発生、利用するのが得意で、重要な局面では必ず敵に「勝頼病」を発生させている。

長篠の後も、信長は「勝頼病」を利用し続けた。
武田領には、信長はほとんど手を触れていない。
「勝頼病」の克服には、破滅するほどのダメージを受けて、現実感覚に目覚める必要があるが、長篠の戦いは「破滅するほどのダメージ」に相当する。
しかし「強弱の比較で自分に有利な点を大きくとる習性」が邪魔をする。武田領はほとんど手付かずである。その分勝頼は「自分はまだ強者だ」と思い続けるのである。
勝頼はその後も、疲弊した軍団を率いて攻勢に出る。
注目すべきは、徳川領ばかりを攻めている点である。既に信長への恐怖心が勝頼を支配している。
その後の勝頼の行動で、酷いのが「御館の乱」での対応である。
御館の乱」は謙信死後の上杉家の跡目争いだが、一方の当事者の上杉景虎北条氏政の弟である。勝頼は当時同盟関係にあった北条氏の要請により「御館の乱」に介入したが、上杉景勝からの和睦を受けて北条氏との同盟は解消、北条氏は織田と同盟を結んだ。
「勝頼病」の患者は、自分を認めてくれる相手に弱い。
上杉領の一部の割譲を受け、景勝と景虎の間の調停をしたりしている。一時的に和睦が成立したが、この和睦は事態の先伸ばしでしかない。
こうして信長が武田征伐を行うまで、勝頼は武田家を衰退させ続けるのである。

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死刑制度は廃止すべし

フミコフミオ氏がキャバクラで麗しき令嬢だと思って指名したら朝青龍ドルジクリソツの女が出てきたという話は笑ってしまったが、朝青龍は今でも日本での人気が高く、度々朝青龍の話は出てくる。

 しかし、朝青龍の人気は、朝青龍復権につながるものではない。 むしろ朝青龍復権をしない日本人の罪悪感が、朝青龍の話が度々出る原因になっている。


 朝青龍横綱を辞めたのは、暴行事件によるものである。暴行事件で横綱を辞めたことに異論を挟む余地はない。 

しかしその前に、朝青龍横綱の品格問題という、朝青龍に対するいじめがあった。 ウィキペディアにも暴行事件の話はあるが、それ以前の品格問題についてはとうとう書かれなくなった。

朝青龍明徳 - Wikipedia

朝青龍が引退するまでしばらくの間、勝ってガッツポーズをすれば「品格が」などと言われてきたのである。

 朝青龍の回顧録が日本で出版されることは、今後もないと思う。

 回顧録が出版されないのは、品格問題が暴行事件につながったと書かれたくないからである。

朝青龍事件の時から、朝青龍に同情的な人は一定数いるが、その同情派も、品格問題の風化には暗黙に同意している。

 日本では、問題が大きすぎた場合、賛成派、反対派双方が暗黙に同意して問題をなかったことにする風潮がある。

朝青龍横綱の品格問題がその一例であり、朝青龍位存在が大きいと、朝青龍を忘れるのが不可能になるので、時々朝青龍の話題を出して罪悪感の解消をはかっているのである。


 死刑制度存廃の議論の論点は、日本でも世界でも変わらない。 違うのは、人間に対する見方である。

 世界では、多くの人が自分と犯罪者、それも死刑に値するとされる犯罪者の間にそれほど大きな差はないと考えるから死刑を廃止する。

しかし日本では死刑になる犯罪者とそうでない者の間に大きな差があると考える。だから死刑存置派が多い。

 しかしそのことが、日本人の中に死刑になる犯罪者とそれ以外の者に差がないことを、 むしろ死刑になる犯罪者よりそうでない者の方により悪質な者が多いことを証明しているのである。


 M・スコット・ベックは『平気で嘘をつく人たち』の中で、受刑者達の治療にあたった経験から、彼らが邪悪な人間だと意識したことはほとんどないと言っている。

受刑者達は、自分達が捕まったのは、自分達が「正直な犯罪者」だからで、真の悪人と言うのは刑務所などには入らないと言い、ベックもそれに同意している。

 アメリカで刑務所に入らない悪人は一定数いるということだが、日本の場合、この刑務所に入らない悪人が世論を形成しているのである。


 日本の世論は「冤罪者」の存在によって形成されている。 朝青龍や、

セクハラ発言の内容を語らない者達 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べた福田元財務次官もそうである。このような「冤罪者」がいることで日本社会が成り立っている。


 日本での死刑廃止論議は、元々おかしかった。 

法務大臣が死刑執行の署名をしないなどで死刑反対の意思をアピールしたりしたが、刑事訴訟法にも、法務大臣の死刑執行の裁量などはなく(死刑囚が心神喪失、または死刑囚が懐妊している場合のみ法務大臣が死刑執行を停止できる)、死刑に反対するなら法務大臣にならなければいい。 

死刑廃止論者は、冤罪による死刑を死刑廃止の論拠としていた。 

死刑存置論は2010前後にピークに達し、その後袴田巌の裁判のやり直しにより死刑存置論はやや衰えた。 

袴田裁判で検察側が隠蔽していた証拠が大量に出てきたのがその理由だが、それならば死刑廃止論よりも、検察の証拠の提示の仕方の方が問題だろう。

これまで検察は、被告を100%有罪にできたのである。 そのように考えると、死刑廃止論者でさえ、「冤罪者」を必要としていて、検察の在り方への関心は低く、むしろ死刑廃止論が、検察の在り方へ疑問が生じないようにミスリードしていたのではないかと思えてくる。


 HAGEX氏が殺された時、多くのブロガーが記事を書いたが、その中のひとつ、

fnoithunder.hatenablog.com

犯人に同情的な意見としては「犯人と自分は地続きである」ってのがある。心理現象、状態としては「スペクトラム」なんだと。自分だってあちらサイドの人間になってしまうかも知れない、殺人犯と自分たちに「境界」なんて無いんだと。
 私の感覚では「そんなこと言うまでも無い。そんなの当たり前じゃないか。そんなことをわざわざ口にして、検討すること自体が、逃げであり甘えなんだよ」と思う。決して自分はダークサイドには落ちないぞ、落ちてたまるか、という気概、道徳規範のほうが何千倍も大事なんだよ。

 

は?

弁護士が無能すぐるww④ - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で弁護士が印税の横領に加担しているのを知って、拡散希望したのにそれをしなかった人が何を寝言を言ってるの?気概、道徳規範は「人を殺さない」だけ?それ以外は犯罪を見逃しまくっても全然O.K.で人を殺せば「死刑は当然?」随分いいご身分ですねぇ。

topisyu.hatenablog.com

「あなたにこの事件はついて回る」と被害者(と思われる人)を追い詰めている人のネット上の発言を過去に遡って眺めていたら、「日本人は心の余裕がなくてイライラしているからちょっとしたことでクレームをする。皆が余裕を持つだけで優しい日本になる」ということを書いているのを見かけました。

 

と述べているように、被害者叩きをする人が美辞麗句で自らを善人と偽装する。

そこには善悪の完全な逆転がある。そしてこういう人は、大抵死刑存置論者である。

 死刑存置論が隆盛だった時、「死刑でしか償えない犯罪がある」という者が実に多かったが、加害者意識が高じて殺人に至ってるじゃん。 


人を殺せば「自分は善人」という物語を作り続けるために、死刑制度は存続している。

殺人犯を死刑にしても、誰も善人にはならない。誰一人善人にはならない。

 人は誰一人として、完全に道徳的には生きられない。むしろ罪を犯しながら生きている。 そして道徳的に生きられない、罪を犯しながら生きなければならないのを自覚して、より良い社会を目指さなければならない。 

そのために「自分に人を殺す資格がない」という宣言を社会的にしなければならず、それが死刑廃止なのである。


 さよなら、ふのい倉津浦さん。


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汚職について思考停止する日本人

安倍首相は大阪の地震で対策をとらずに予算の審議に入ったことで批判を浴びたが、これには意味がある。
地震は大阪で起こり、大阪では秋に都構想の住民投票がある。
地震の際、松井知事、吉村市長が懸命に対応を行っており、その分維新の株が上がっている。
維新はこの事件を、府と市の二重行政の問題に結びつけてくるだろう。
切り捨てる予定の都構想も、賛成が少なすぎては橋下氏の政界復帰に繋げられない。安倍政権の大阪地震の無視は、維新への援護射撃である。

森友、加計問題であれほど嘘が並べられたのは、議院証言法に問題がある。


第四条 証人は、自己又は次に掲げる者が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのあるときは、宣誓、証言又は書類の提出を拒むことができる。

一 自己の配偶者、三親等内の血族若しくは二親等内の姻族又は自己とこれらの親族関係があつた者

二 自己の後見人、後見監督人又は保佐人

三 自己を後見人、後見監督人又は保佐人とする者

 

刑事訴訟法の証人の場合は、


第百四十六条 何人も、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。

第百四十七条 何人も、左に掲げる者が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。

一 自己の配偶者、三親等内の血族若しくは二親等内の姻族又は自己とこれらの親族関係があつた者

二 自己の後見人、後見監督人又は保佐人

三 自己を後見人、後見監督人又は保佐人とする者

 

とあり、拒否できるのは証言のみである。
議院証言法と刑事訴訟法の保護権益は同じものである。
ならば法律上の宣誓を拒否する必要はない。証言のみを拒否すればいい。
議院証言法が宣誓を拒否できるようになっているのは、法律上の宣誓をして虚偽の証言を行えば偽証罪に問われるが、宣誓をしなければ偽証罪にならない。
だから基本的には、宣誓せずに嘘の証言で潔白を「立証」するために宣誓を拒否できるようになっている。
もっともこの「基本的な」目的が果たされることはほとんどない。嘘のほとんどは見抜かれているからだ。しかしそれでいて、議院証言法は政治家の利権を保護している。

刑法では汚職について、


第百九十三条 公務員がその職権を濫用して、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したときは、二年以下の懲役又は禁錮に処する。

 

となっている。

一方共犯は、


第六十条 二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。

(教唆)

第六十一条 人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。

2 教唆者を教唆した者についても、前項と同様とする。

 

となっている。

法理論上、安倍首相を汚職の罪に問えないことはなかった。しかし証拠が揃わなかったのである。安倍首相が官僚に指示した「教唆」の証拠は挙がらず「忖度」となった。
本来、安倍首相を罪に問えないことを問題にすべきだった。しかし野党は「嘘」を問題とした。
これはミスリードである。野党が「嘘」を見抜き、安倍政権がさらに嘘をつくことで、安倍政権の支持率は逆に上がってしまった。
これは、安倍政権の「嘘」を国民が必要としているということであり、野党は安倍政権と共同して、大量の「嘘」を国民に提供したのである。
本来汚職を問題にして、汚職の先にある利権や不正を追求するのが筋だが、それをしなかったのは野党もまた、利権や不正に依存しているからである。

www.yomu-kokkai.com

は野党が安倍政権の「嘘」を見抜いたことを重要視するが、それ自体が安倍首相が汚職をしていることから目を反らす結果になっている。国民は汚職に対して思考停止していたいのである。

http://この観点で見ると、安倍さん・安倍政権に違法不正がなく、直接行政を捻じ曲げるような指示がなくても、昭恵さんの森友学園の名誉校長就任や、実質的事業者選定に入った段階での加計さんとの飲食は問題だった。朝日が報じる前に、森友土地値引きの不適正を自ら解明すべきだった。

橋下氏は問題の本質をわかっていながら、思考停止する国民に媚びている。

小泉進次郎氏が国会の改革案を打ち出している。

モリカケで政策議論ができない国会 小泉議員ら自民若手が画期的な改革案

将来的に是非やって欲しいと思うが、今この改革案が実現したらと考えると面白い。改革案の実行は、安倍政権、引いては政治の求心力の低下となるだろう。

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ドラゴンボールを考える⑧~「未来トランクス編」2:悟空がキスしたことがない理由

えーっ、フリーザ生き返った~!!!Σ( ̄□ ̄;) って3ヶ月前のことで俺はwww。 

予測をたてると、鳥山はは必ず予測を裏切ってくる。もう『DB超』について断定的な予測はしない。( ̄ヘ ̄メ) 


「未来トランクス編」で悟空はは第10宇宙に行き、ザマスと戦う。

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実は、ここで設定変更が行われている。

 「神と神編」では、劇場版はSSJGが解けた後SSJになって戦うがSSJでビルスと戦えるのは悟空がSSJGの力の多くを吸収したからである。だから悟空は、最終形態のフリーザと変身せずに互角に戦えた。 

しかしTVアニメでは、悟空はSSJGの力を完全に自分のものにしている。 一方、SSJは変身前の50倍である。 SSJGのパワーを吸収した悟空のパワーが50倍になったら、さすがのビルスも勝てないと思うので(もっとも「宇宙サバイバル編」ではSSJB×20倍界王拳でもビルスの方が上のようだが)、SSJGのパワーを吸収したサイヤ人にとって、SSJはかけ算ではなく上乗せだと考えている。そしてSSJGのままSSJになったのがSSJBだと考えることができる。

 こう考えると、劇場版では悟空がSSJGになり、さらにSSJの力を発揮してSSJBになると考えれば筋は通る。 しかしTVアニメでは、悟空は変身せずにSSJGの力を100%引き出せるので、SSJBになっても、SSJと実は差がないことになる。 

そこで「未来トランクス編」では、設定を元に戻した。 

変身前の悟空は、SSJGの力は一切使えない。

 ザマス相手に悟空はSSJ2になるが、これはSSJの2倍の強さのものである。こうしないと、SSJGにもなれないトランクスは、悟空達と一緒に戦えないからであり、SSJではブラック達と差がありすぎるからである。


 その後未来に行った悟空だが、ここで衝撃の事実が発覚。

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悟空キスしたことないの~!Σ( ̄□ ̄;)

ダメ親父路線をやめて幼児退行路線に切り替えたのかと思ったらそうじゃなかったwww。

 この後悟空はブラックと戦い、超ドラゴンボールで悟空とザマスの体が入れ替わったこと、チチと悟天がブラックに殺されたことを知る。

 悟空は怒り爆発、ザマスに腹をぶっ刺されながらもブラックとザマスを一時的に圧倒するが結局逆転される。 

最近のマンガ、アニメではバイオレンスの度合いが増し、腹をぶっ刺されても戦う作品が多い。(主に東京喰種だが)

 こういう作品により、バトルの感情の高ぶりが良く表現されており、「未来トランクス編」の悟空も、その怒りが良く表現されている。

 しかし一方、トランクスもまた責められるのである。 トランクスが過去に行き、未来を改変したのをブラックは罪と呼ぶ。トランクスはそれに反論できない。

 ところが、追い詰められたトランクスはここでパワーアップするのである。 形態は変わらないが、SSJBのような青いオーラをまとい、白目を剥き、なぜか体重まで重くなるwww。

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「罪と呼ぶなら呼ぶがいい!!」と叫び、この後トランクスは戦術的撤退をした悟空達の変わりに、4粒の仙豆でブラックとザマス相手に戦い、丸一日しのぐのである。

 腹をぶっ刺されながらも怒りを爆発させ、それでも勝てなかった悟空と、格下ながらも、また悟空のような致命傷がなくとも、精神的ダメージを受け、罪を認めてなお4粒の仙豆で一日戦ったトランクスのどちらに軍配を挙げるか?私はトランクスに軍配を挙げる。

どんなに怒っても悟空は愛を知らないのであり、トランクスの想いは愛を知る者のものだからだ。


 しかし「未来トランクス編」を観て思ったのは、80年代のマンガとかぶって見えたことである。

疲労困憊で立ち上がる力も無くなっているのに敵と普通に戦って勝ったりする『聖〇士〇矢』(なぜか伏せ字www)ようなあのうざいのwww。 

もちろん「未来トランクス編」が『聖〇士〇矢』と同じというのではない。ダメージを受けても立ち上がれないような描写はないし、動き回っても疲れている描写もないので、『聖〇士〇矢』よりずっと自然に観ることができる。ただ『DB』は元々体力の消耗が忠実に反映されるマンガで、体力の消耗は仙豆で回復するのが基本だったので違和感があったのである。

しかし「未来トランクス編」での活躍により、「宇宙サバイバル編」では悟空は再生力はともかく、回復力では魔人ブウの次くらいの回復力を発揮するようになるwww。


 それにしても気になるのは、トランクスの髪が青になったのはなぜかである。 

髪だけではない。トランクスのファッションセンスはダサい。好き好きは人それぞれかもしれないが、赤いマフラーって仮面ライダーじゃないんだからwww。

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トランクスは鳥山のファッショナブルなセンスを全てつぎ込んで登場させたキャラである。このキャラデザを鳥山がかっこいいと思っているはずがない。

 なぜだろう?


 なお、ここで訂正。 マンガ版4巻の次巻予告で、悟空が全王に武道大会を開くように頼んでいるが、この絵は5巻で全く使われていない。

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 違いは、

 ①二人いるはずの全王が一人になっている。

 ②界王神・破壊神がアラブ人のような衣装を着ている。

 ③5巻では、界王神・破壊神が平伏しているのに、悟空が全王のそばで立っている。

 などである。

そして5巻から、悟空の性格が急速にアニメ版の悟空に近づいていくのである。

 よって、マンガ版が原作の延長にあるという主張は全て撤回する。 

撤回ついでに、マンガ版では、悟空がビルスを倒す可能性が出てきたことも伝えておこう。


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安倍政権は低所得者層の「復讐の代行者」

森友・加計問題で安倍政権の支持率は下落し続けたが、3~4月に支持率の下落は下げ止まり、現在、支持率は30~40%台で異様な安定をみせている。 

これまで私は、安倍政権が選挙で負けるなどの予想をした時はことごとく外してきた。安倍政権は私を含めた人々の予想を越えた長期政権になり、また政局や選挙では、これまでの常識が通用しない政権だった。 

ここにきてようやく、安倍政権は末期に入ったようである。

しかし既に戦後二番目の長期政権になった安倍政権は、末期もまた長い。

そして安倍政権は、残る生命力を燃やし尽くすような、怪しい光を放っている。

 

 森友・加計問題で嘘が次々と発覚し、その嘘に惚けたというのも生ぬるい答弁を繰り返しながら、働き方改革の審議を進めていった。 

問題となったのが高度プロフェッショナル制度。過労死もあり得そうな高プロ制度を、万に昇る不適切なデータを上げ、過労死遺族のいる前で委員会で強硬採決し、本会議では一度採決を見送り、法案を見直すのかと思えばやはり強硬採決で、安倍政権は今回も徹底したヒール(悪役)ぶりをみせた。 

問題は、なぜこのような法案になったかである。 

本人の同意があって履行され、本人の意思で離脱ができるといっても、本人の意向を無視されて契約させられるのではないかという懸念は私にもある。

それをなぜ安倍政権が通したのか? 経団連の意向なのは間違いない。しかし日本では、2000年代からずっと低所得者非正規雇用が割を食ってきたのである。それが今回、年収1075万以上の高所得者に矛先が向けられた。 

この法律が適用される者の過労死が懸念されでいるが、日本にはこういう考え方もあるのである。

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自己責任とは、日本では他者を陥れるための言葉である。そして、陥れるのを喜ぶ人がいるから、自己責任という言葉が言われるのである。

 

 非正規雇用、特に派遣社員が現状に抵抗せず、野垂れ死にの人生を歩もうとしているのは、このブログで何度も指摘してきた。

 野垂れ死にの道を選ぶのは、彼らがそれまで歩んできた人生の選択により、自分に生きる権利がないと思っているからである。

 しかし間違えてはならないのは、彼らには会社への忠誠心があるとは微塵も思ってはならないことである。それどころか、潜在的なフラストレーションは極限まできている。 中間層以上への怒りは、いつ火がつくか分からない状況にある。

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今回の高プロ制度は、安倍政権が「復讐の代行者」となり、高所得者を攻撃したものである。 

このような方法はもちろん良くない。高プロ制度による過労死の危惧もあり、低所得者が快感のみを感じて、自らは待遇改善に動かない可能性も高い。 

しかし他にどんな方法がある? なぜ派遣元に派遣労働者過半数を超える労働組合がないと3年以上同一業務で働かせることができないことを誰も語らない? 

高プロ制度のように、派遣社員の中間層以上への怒りを引き出す政策を行って、それを待遇改善への自覚に変えていくしか手は無いではないか?

昨日、採決された厚労委員長の解任決議案には、与党に慎重な国会運営を求めたいという思いを込めて賛成しました。しかし、委員長解任決議案が否決された以上、働き方改革法案を採決するのは、国会の役割です。GWを挟んで審議拒否をしておきながら、採決直前に厚労大臣の不信任案を出すのは、不合理だと私は思います。

 

細野豪志衆議院議員

ameblo.jp

で言及、自ら汚れ役を買って出た。

 男だねぇ!! 


安倍政権の支持率は、5割はもう厳しいが、今後1、2年は現状の3~4割で推移するだろう。

その後、安倍政権は崩壊する。その時には日本のあらゆる権威が崩壊する。「魚は頭から腐る」が現実化するのである。

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日本型ファンタジーの誕生⑰~「救うべき人間の発見」と「ノスタルジックでない昭和」と「昭和臭の男」

ひぐらしのなく頃に』で、古手梨花は殺される運命を回避するために時間を何度も巻き戻す。しかし巻き戻された時間では、それぞれ異なる展開をしても、最終的に古手梨花が殺される結末は変わらない。最後の最後で、奇跡的に古手梨花が殺される宿命を回避することができて、物語は大団円を迎える。

 『まどかマギカ』では、鹿目まどかが魔女になる運命を回避するために焼美ほむらが何度も時間を巻き戻すが、まどかが魔女になるのは変わらない。最後に奇跡的な展開をみせて、まどかが魔女になるのは回避される。 

この二つの作品の共通点は、運命を回避するためにあがく者の苦悩が、時間を巻き戻すのを繰り返して、しかも結末を変えられないことで表現されている。そして運命の回避が、何度も時間を巻き戻した果ての奇跡的な展開によってなされる点も共通している。

 

 これが『orange』、『僕だけがいない街』、『君の名は。』では、無限に続くと思われた時間の巻き戻しが制限され、『orange』、『君の名は。』では一回(しかも手紙だけがタイムスリップする)、『僕だけがいない街』では昭和63年へのタイムスリップは二回となる。 そして死ぬべき運命にある者が、主人公とその仲間の努力によって救済される。

全てタイムスリップものであるのは、必ず死ぬべき人間がいるからで、『ひぐらしの泣く頃に』から『まどかマギカ』への移行は、死ぬべき運命にある者の努力から死ぬべき運命にある者を救いたいものの努力に変わることで、死なせてしまったことへの悔いが読者の共感を誘った。 

こうした作品が繰り返しヒットすることで、読者は救わなければならない人間が自分の中にいるのを発見したのである。

 

私はこれらの作品を、日本型ファンタジーの亜流に位置づけているが、「亜流」としているのは、ファンタジーの要素がありながら、日本型ファンタジーのような形式をとっていないからで、それでいてテーマが著しく共通するからである。

 この「亜流」をどこまでにするかも、厳密には決めていないのだが、ファンタジー要素を省いていいのなら、『聲の形』や『春の呪い』なども亜流に入る。

 両者に共通するのは罪の意識である。救済しなければならないのは、救済の対象に罪の意識を感じているからで、それは『僕だけのいない街』や『君の名は。』にもよく表れている。もっとも『春の呪い』のテーマは「罪の意識を感じて相手を愛せ」なのだが。 

 

ひぐらしのなく頃に』と『僕だけがいない街』は共に、昭和の時代にタイムスリップする。 

ここでの昭和は、『三丁目の夕日』のような、ノスタルジックな気分になる時代ではない。『ひぐらしのなく頃に』の感覚は完全に2000年代のもので、携帯電話がないくらいでは、昭和の雰囲気が少しも醸し出されない。

 『僕だけがいない街』では、児童福祉法はこの時代からあったが、児童虐待は人々にとって一般的なものではなかった。昭和のアニメをみれば、親が子供に理不尽な振舞いをして、子供が起こると「親の気持ちが分からないのか」と親が言って、親子が泣いて抱き合うというストーリーが頻繁にあった。(主に赤塚不二夫) 

ひぐらしのなく頃に』や『僕だけがいない街』の昭和の風景は、ノスタルジックに見てはいけないというメッセージである。

 

 一方、その逆を行った作品もある。 平成の、もう年号も変わろうという現代に、やたらと「昭和臭」を放っている男がいる。『君の名は。』の宮水俊樹、『春の呪い』の柊冬吾、『東京喰種』の黒岩巌、黒岩武臣親子などである。

 彼らは「昭和臭」をぷんぷん放ちながら、ステータスが高く、周囲から浮くこともなく、むしろ高い評価を受けている。

 柊冬吾が「男前」とか言われながら、女性に「オイ」とか「お前」とか言うのはおかしいと思いませんでしたか? 

宮水俊樹はゼネコンと組んで町長になっているが、建設業が不況な現在、奥飛騨のド田舎でゼネコンと組むより、普通に神社を継いだ法が政治家になるには近道だと思いませんでしたか?娘と別居している父親が、演説の途中で娘の背筋の説教をするなんて、どんなに面の皮が厚くてもあり得ないでしょう?www。

宮水俊樹は婿養子だから、別居してるなら籍を抜いているだろうと思えば姓は「宮水」である。宮水俊樹の別居は、単に「家に帰らない男」の表現にすぎないんです。

 「昭和臭の男」は、「昭和」を否定するために作品に登場している。

 なら黒岩巌はどうだと思うだろう。

 黒岩巌は確かに否定されていない。しかしそれは今ある問題を、自分の問題だと捉えろということである。 では黒岩武臣は?

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うわーやっちゃってるよwww。 

女性を飯炊き女だと思ってるのがバレバレ。

この後「語弊があったかもしれないが」と言い直しているが、先に言った言葉が本音だと受け取るのが現代人の感覚である。後で言い繕えば悪意と思われないと思うのは昭和の感覚なのである。 

黒岩武臣はCCGに勾留され、カネキが龍になった時に釈放される。 伊東倉元に「仕事はこっちでやっとくわ」と言われ、そのまま退場かと思えば現場復帰する。なぜ退場じゃないんだろうと思ってたら、「女房に言われたから」と。

 なるほどね。

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橋下徹は必ず復活する②

橋下徹は必ず復活する - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

を書いてから一年くらい経ってから、都構想の住民投票に時間がかかりすぎていると思った。
「鉄は熱いうちに打つ」のが鉄則だが、都構想可決=橋下氏政界復帰という展開は早めにやるべきだった。時間がたてば熱は冷める。しかし都構想の住民投票は今年の秋なのである。

今年に入り、橋下氏は住民投票を延期すべきだと言い出したが、松井氏は住民投票をやると明言、そして安倍首相も都構想に反対し、都構想実現は絶望的になった。

agora-web.jp

都構想の失敗は、橋下氏の政界復帰の可能性が永久になくなることを意味する。

と思ったら大間違い。
橋下氏は政界復帰の意志を今でも持っている。
都構想延期の主張は、都構想を切って捨てて、都構想実現=橋下氏復活の図式になんとなく気づいている大阪市民に恩を売ったのである。
では都構想無しで、どうやって政界復帰するのかといえば、それは簡単である。日本中に橋下氏復活を望む気運が上がれば、橋下氏は政界復帰できるのである。
その証拠に、常に復帰を否定していた橋下氏復活の情報が流れてきている。

www.sankei.com

橋下氏は度々復帰の噂を流して、政界復帰のタイミングを図っている。そして、次第に復帰できる環境が整いつつある。
橋下氏引退直後は、「また戻ってくるんじゃないか」という強い警戒心があり、復帰すれば「約束破り」と批判されるのは避けられなかった。
もちろん復帰しても約束破りには違いないが、現状は微妙である。
維新の支持率は1%しかない。去年民進党が混乱のあげく分裂しても、改憲勢力は増えなかった。
これは、護憲vs自主憲法の図式が未だに崩れていないことを意味する。しかしこの一年間、護憲派の野党に成果があったわけではない。
むしろ護憲派の野党に成果がないからこそ、国民は無言で支持して、現状を維持しようとしている。それに対するフラストレーションが生じており、それが橋下氏の政界復帰を支えようとしているようである。希望の党の護憲への転換、国民民主党の結成も、橋下氏復帰の批判を和らげてくれるだろう。
一方、橋下氏は奇妙な発言もしている。

橋下氏「安倍政権は今がポイント・オブ・ノーリターン」 | AbemaTIMES

で、自衛隊にフルの自衛権を渡すのに疑問を呈しているのである。
ものは言い様で、自衛隊の日報問題は、むしろ自衛隊が軍隊として認められていないことに原因がある。
憲法改正を遠ざけかねない発言をして何がしたいのかといえば、森友問題で浮上した財務省を中心とした、霞が関の改革だろう。

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