坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

日本型ファンタジーの誕生(29)~『東京喰種』4:ドナート・ポルポラは「鬼子母神」

瓜江久生とドナート・ポルポラが戦った時、ネットではドナートの圧倒的な強さに湧いていた。
「フレームアウトして暴走した瓜江の強さはドナートの指一本分」という論調で書いている者が多かったが、私は違和感を持っていた。
最近のマンガは、指一本で敵を倒せるようなパワー偏重のスタイルを採らなくなり、むしろパワーアップを否定するスタイルが増えている。『東京喰種』も「供喰い」がパワーアップになるが、精神の狂うというデメリットつきになっている。そんな『東京喰種』において、今さらパワー偏重のスタイルを採るだろうか。

『東京喰種』には、公表されていない、隠された設定がいくつかあると思う。そしてそれは、作品を見ていくことにより論証できるのである。
「隻眼の梟」は赫包が6つから8つあることが明らかになっているが、それは戦闘中に喰種捜査官が視認したことによるものである。篠原もカネキと戦った時に、カネキの赫包の数を意識している。
喰種捜査官にとって、戦っている喰種の赫包の数は重要な情報であることが、以上からわかる。
赫包を視認するのは、赫子の噴出でわかるのだろうが、赫包の形状についてはイメージ図しか描かれていない。赫包が球形のものだというのもイメージである。
大きさも、体内にこんな異物があるのは不自然だろうと思える大きさで描かれている。
赫包は、生まれた時には「二種持ち」等でない代わりひとつしかない。そしてその位置は「羽赫」「甲赫」「鱗赫」「尾赫」の位置に合わせて肩、肩甲骨、腰、尾てい骨あたりにある。
赫包の数が増えるのは、「供喰い」によってである。そして赫包の位置が戦闘中に視認できるものである以上、最初の赫包と同じ位置にあっては視認が難しいだろう。だから二つ目以降の赫包は、体内のどこにでも発生すると考えられる。
瓜江がドナートの分身を倒すと、ドナートの指が消える。これで「フレームアウトした瓜江の力はドナートの指一本分」と言われるがそうではなく、ドナートの分身は分離赫子であり、その赫包はドナートの指にあった。「指一本分」の力ではなく、「赫包ひとつ分」の力なのである。

瓜江と髭丸がドナートに遭遇すると、早々に窮地に陥る。

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いきなりヒゲの腕が飛ばされるwww。
なにしろ赫子の予備動作がないので、避けたり防いだりするので精一杯である。瓜江は❌印が集合した赫子に天井に抑え込まれ、瓜江が動けない間に、ヒゲのもう一本の腕がもがれる。
瓜江はドナートと「世間話」をして気を引き、ヒゲを逃がす。追おうとするドナートを、瓜江は赫子を振り払って抑え込むがドナートの攻撃で腹に穴を開けられ、窓ガラスで頭を削られて放り投げられる。そこには髭丸の叔父が死んでおり、瓜江は死を予感する。
それでも立ち上がる瓜江。その時、瓜江の両眼が赫眼になる。

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そんな瓜江に、ドナートは語りかける。

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瓜江は「ちぎゃう!!」と否定するが、ドナートは無視。

ボロボロになるまで戦い食事も喉を通らない。それがお前の選んだ事か?認めてもらいたかったか、褒めて頭を撫ぜられたかったか。その残滓のごとき想いを周囲にぶつけて果たそうとしたのだろう。まっこと無為だな。お前がどれだけ栄転しようと、お前がどれだけ成果を残そうと、お前が満たされる事はない。お前には本当の家族がいないから。瓜江久生、私は断言しよう。お前が真に恨んでいるのはお前の父親だ。お前を一人残して逝った弱い人間を恨み続けてきたのだ。

 

そう言うドナートに瓜江は一閃、ドナートは消滅する。もちろんそれは分離赫子で、ドナート本体は指が一本欠けただけ。

しかし瓜江は正気に戻らない。
その後才子とシャオがやってくるが、その時の瓜江は、

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才子の絵そっくり!!!

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才子は「瓜江を救う」ために瓜江と戦う。

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このためのネーミングとニート設定かーい!!
瓜江は「全部俺に押し付けやがって、佐々木クソ佐々木」「俺は強い」「俺を見ろ」とぼやきながら才子と戦う。そんな瓜江の顔を才子はその「爆乳」に埋め、

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愛の告白だー!!(゜ロ゜ノ)ノ
こうしてシャオが瓜江の赫包付近にRC抑制剤を打ち、瓜江を鎮静化する。しかし才子は「瓜江は自分の力で戻ってきた」という。

ドナート・ポルポラはロシア系の喰種で、孤児院を経営しながら、裏ではその子供を喰っていた。そのドナートに育てられたのが亜門鋼太朗である。ドナートは亜門だけは殺さなかった。
亜門はなぜドナートが自分を殺さなかったのかをずっと考え続けていた。しかしその理由は亜門にではなくドナートにある。
それを説明するために、

日本型ファンタジーの誕生⑲~『アイアムアヒーロー』3:「クルス」と「巣」の意味 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

日本型ファンタジーの誕生(28)~『不思議くんJAM』も日本型ファンタジーだった - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

の二つの記事が必要だった。
アイアムアヒーロー』では、「クルス」は「学校の王」ジョックに代わる存在で、「巣」の意思決定は「女王蜂」にさせていた。「クルス」の存在はあくまで「女王蜂」あって成立していた。
『不思議くんJAM』では、石狩不思議=王子シッダルディがジョックで、「犠牲の血の冠」の赤石知覧を見れば、「冠」が何かかがわかった。『不思議くんJAM』はジョックからクイーン・ビーを見た構成になっており、ジョックから見て、クイーン・ビーは「装飾」なのである。
ドナート・ポルポラは、ピエロの中で「クラウン」と呼ばれる。後に「二代目クラウンからピエロを譲り受けた」と語っている。
ドナート・ポルポラは、カネキを「隻眼の王」にして「世界の運命を決めた」エトと並ぶ、もうひとりの「世界の運命を決めるヒロイン」である。
ではドナートが女に見えるか?
見えないから、作者は苦労している。

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ドナートは小児を専門に捕食する喰種で、女性が専門だとは書かれていない。
なお、ドナートが六月透を「美味そうだ」と言ったことはあるが、六月は当時男で通していたので、ドナートが六月を女性だと見抜いたかは定かではない。
作者は苦し紛れにドナートに女の話をさせて、この場だけはドナートは女なんだと、読者にわからせようとしている。それでもなかなか女には見えないが、作者の意図は髭丸を逃がすためとはいえ、喰種と捜査官が普通に世間話を始めるのだからすぐにわかるwww。
そしてドナートの言うことは気持ち悪いが、要は「子供も女も喰っていない」と言っているのである。
ドナートは、500人の自分の子供を養うために人間の子供を捕まえて喰っていたが、釈迦に子供のひとりを隠されて半狂乱になって探し回り、以後改心して子供の守り神となった鬼子母神である。
そして瓜江vsドナートの戦いは、鬼子母神=「世界の運命を決めるヒロイン」であるドナートが、瓜江を変えるための戦いである。

それでは瓜江久生とは何者か?
瓜江は、佐々木排世=金木研を表の主人公とする『東京喰種:re』の裏の主人公である。
そしてこの二人が対照的なのは、カネキが「自責」の人間なのに対して、瓜江は「他責」の人間であることである。
両眼が赫眼になった時の瓜江が「おれつ」と言うのは、「俺強え」ということなのだろう。自信と自我自賛は「他責」に支えられている。何か都合が悪いことがあると他人のせいにしているから、自分への評価が崩れない。そう、それはまるで

「成長体験」 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

である。
こうなると、嫌っている相手から感謝されたり評価を受けたりすると、素直に受け取らなくなる。不知吟士に警告した時は、不知を追い詰めるためだったが、逆に感謝されて「気持ち悪い」と思ったりする。一方黒磐巌の評価を受けた時は、自信を失っていたので「俺はそんな奴じゃ…」となる。
カネキとの共通点もある。それはクイーン・ビーにフラれることである。カネキが神代又栄に勝てないのは、リゼの代わりに義父がカネキをフッたからである。
瓜江も六月にフラれる。しかし単にフラれるだけではない。
瓜江は安浦晋三平を嫌っている。不知の死で仲間を守るために強くなることを誓った瓜江だが、晋三平への態度は「まだまだだな」と思わせる。
しかし実はそうではない。瓜江はマザコンが嫌いなのである。マザコンならぬオバコンの晋三平は、100人のオッガイの「母」となる六月に傾倒していく。カネキがリゼを殺さざるを得なかったのに対し、マザコン嫌いの瓜江は六月を救う。
オッガイといえば、両眼が赫眼になった瓜江もオッガイである。
オッガイについては、「クインクスとは作りが違う」とあるだけで特に説明がないが、これも「公表されていない設定」で、半喰種が「他責」をするとオッガイになるのである。瓜江の他にオッガイになったのは安久クロナで、双子のナシロの死を受け入れず、嘉納に元に戻してもらおうと思い、「できるのにやらないだけ」と自分に言い聞かせることでオッガイになる。

主人公らしく、瓜江には対応するヒロインもいる。それが米林才子である。
東京喰種:re』には、時々誰かわからない女性の絵がある。

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誰?
またこんなカバーの折り込みも。

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才子?
そして10巻以降のオビには謎のクインクス1期生が。

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才子が細いwww。
この絵は1巻のコマの使い回しだが、その時点で才子は未登場なので細いのである。
こうして一部確証はないが、ヒロイン性の薄い才子を実はヒロインだと気づかせ、瓜江が裏の主人公だと気づかせる細工がされているとわかるのである。
瓜江に「他責」を止めさせるのがドナートの役割だが、瓜江は「自分で捜査官になると選んだ」と、父親に認められるためだというドナートに逆らう。
ここに、父親の肯定と否定がある。
瓜江は父親のせいにしないことで父親を肯定したが、父親の認められるのを否定したことで父親を否定した。
ドナートは、父親のせいにしろと言っているのである。「どうした?こっちにこないのか?」と。それを瓜江はギリギリで踏みとどまった。だから才子の言う通り、瓜江は「自分で戻ってきた」のである。

瓜江はSSSレートの喰種「うろんの母」によって窮地に立たされる。
その時瓜江は「不知、お前がいてくれれば」と思う。
しかしこの時に気付くのである。自分がまた「他責」をしていると。
不知が死んだ時、「恨むなら自分の弱さを恨め」と言ったカネキの言葉で、瓜江は仲間のために強くなろうとする。しかし「自責」でも「他責」でも乗り越えられない壁があるのに気付いた瓜江は、第三の「受け入れる」道があることを知る。
この時、瓜江の甲赫の赫子が剣と盾の形に変化する。

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一方、黒磐巌が瀕死の状態になっている。
黒磐は瓜江の父の元パートナーで、瓜江の父が死んだ時に助けられず、その事を悔いていた。黒磐は瓜江に謝るが、「あんたは悪くない」と黒磐に言う。
瓜江にこのような役割を持たせているのは、瓜江がエリートだからである。
「持てる者」と「持たざる者」では、「持てる者」がより多くの不遇を「受け入れる」べきで、「持たざる者」に受け入れさせるべきではない。エリートならなおさらである。

その瓜江の最重要の仕事、それは「龍」になったカネキの救出にある。
カネキの救出については、喰種との共同戦線は丸手斎が、カネキの掘り出しはトーカが行っており、瓜江はそのサポート役に徹しているが、前者は役職上の問題、後者は理念的な問題である。
「龍」が 何なのかについては、あえて語らないでおく。
ここで重要なのは、カネキの救出に誰が活躍しようと、構成上カネキの救出に一番必要なのは瓜江でだということである。。
『東京喰種』だけではない。
亜人』の永井圭と海斗の関係もおそらくそうである。「フラッド現象」はおそらくそのためにあるのだろう。
進撃の巨人』のエレンとジークの関係もそうである。最近は話が複雑化しているが、基本形が同じなのは間違いない。窮地にたった「持たざる者」の救出には、エリートの存在が絶対に必要だということを、これらの作品は語っている。

しかし、瓜江ははたして

日本型ファンタジーの誕生⑯~『進撃』6.新しい日本人の創生 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べた「怪物でない人間」だろうか?
瓜江は才子と結ばれていないし、特等になれてもいない。
理由のひとつは、瓜江が黒磐に「あんたは悪くない」と言ったことだろう。それは必要なことであっても、自由意思の侵害である。またその瓜江が裏の主人公なのは、行動に問題があっても、それが必要だからなのである。

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山口真帆を救えない奴ら

またも山口真帆への攻撃。

bunshun.jp

山口事件の犯人は元々山口と繋がってたというのである。
暴行を受けた後、山口と犯人のやり取りは録音されていた。その内容を記事にしたのは文春である。それなのにその記事には一言も触れていない。今はその記事は削除されている。文春はその後総選挙を自粛したAKBに代わって総選挙企画などの記事を出していたので、そうやって秋元に丸め込まれたのだろう(現在その記事も削除)。

NGTは犯人相手に裁判を起こし
、「山口が証言するか?」などとやっていたが、はっきり言って馬鹿馬鹿しかった。訴訟内容は山口の名誉を晴らすものではないし、山口が犯人と示談しているなら、山口が証言するはずがないのである。よってこの裁判で山口に有利になるものはひとつも出てこない。
8月27日に山口は卒業後初めてメディアに出演したが、出入りはマスコミが全く接触できないという厳戒態勢。

www.sanspo.com

この厳戒態勢は、山口にしゃべらせないためのものだろう。研音の「配慮」である。山口をトレードしたことで「侠気」を見せた研音も、秋元と喧嘩する気は全くないらしい。

sakamotoakirax.hatenablog.com

で述べたように、山口は犯人との示談を破棄して主張できるのだが、最近もうひとつ、山口に有利な法的根拠が出てきた。

president.jp

弁護士の世界で結ばれる和解契約にも、必ず最後に、「今後一切の債権債務関係は存在しない」という文言が入り、これを「清算条項」というが、これは道徳的なものであって法的な意味はないというのが、法律家の当然の認識である。端的に言えば、あってもなくても、あまり意味のない文言なのである。

 

内容が日韓請求権協定についてのことでも、もちろん契約全般に通用することである。山口と犯人の間に示談があって「今後一切争ってはならない」などの文言が和解契約にあったとしても、NGTが「山口と犯人が関係があった」と主張した以上、山口がそれを否定するのは簡単なのである。
以上、山口が今の状況をひっくり返すために主張するのは、法的には簡単である。
研音に顧問弁護士がいないということはないだろう。それで山口が今回の件で何も主張しないのは、顧問弁護士が山口にまともな法的見解を伝えていないからだろう。

そうこうしているうちに、山口の味方だったはずの村雲楓香による「メンバーシロ認定記事」。

headlines.yahoo.co.jp

でもよく見ると、村雲がメンバーをシロだと明言した言葉はひとつも書いていないwww。太野彩香へのメールについても、「今までつらい想いをさせてごめんね」というビミョーな内容で、つーかこれがこの記事の唯一の根拠www。
この後話は変わって、

news.livedoor.com

と「シロ認定」が完全に抜けた記事が出てくる。さすがにやり過ぎの感があったのだろう。
しかし波状攻撃は続く。

news.nifty.com

文春砲を「僕が聞いていた話に近い」とする煽りタイトルだが、内容は両論併記的な中立な記事で、その実問題を蒸し返すのが本当の狙い。

taishu.jp

犯人が山口に服を買ってあげて、山口が高価な帽子を被っているのを見て「羽振りがいいな」と思ったと言っているが、「羽振りがいい」証拠は帽子ひとつである。ひとりのアイドルがどのくらいお金をもらっているのかを私は知らないが、高い帽子でもひとつくらいなら買えるだろう。
では仮に、山口と犯人が繋がっていたとしよう。問題が二つある。なぜNGTは早期にその事実を公表せずに今になったのか、そしてなぜ今山口が何も語らないかである。
3月に第三者委員会が調査結果を公表した時にその事実を発表すれば良かったのである。NGTの吉成社長は「山口の卒業が遅れる」のをその時に公表しなかった理由にしているが、山口の卒業時期はどうでもいいだろう。
山口が語らないのは、やはり示談があるからと見ていい。それさえ山口が言えないのはおかしい。「示談があるから」の一言くらい回りが言わせるのが最低限の良識である。山口の立場は研音が代弁すべきで、それをしていないのは、研音が実は既に山口を見捨てているからだろう。

こうして見ると、芸能界とマスコミ、弁護士のトライアングルが出来ているのが良くわかる。あの役立たずの第三者委員会でも、山口が犯人と無関係なことは立証しているのに。先の記事でも「司法関係者」なる者が何やらぶつぶつ言ってるが、第三者委員会の内容を根拠にしていないことを考えると、完全な嘘と見るべきだろう。

かつて小林よしのり氏は山口事件に関連して「アイドル業界は潰すべきだ」という趣旨の主張をしていた。今はその記事は見えなくなっているが、私も同意見である。
AKBのようなグループのアイドルは、どんなにボイトレをしてダンスを練習しても、所詮は「ピンで立てない」者達である。その者達を集団の華やかさと「ピンで立てない」者達を自信を失った男達に沿わせることで成立している。こんな形でアイドルが存続しても何の意味もない。

研音が山口を見捨てる気でいる以上、山口は自分でなんとかしなければならない。示談は反故にしていいが、NGTが山口を訴えたら、山口は自分で弁護士を探すか、弁護士なしで裁判に応じなければならない。
そして山口の依頼を受任する弁護士はいない。なぜなら弁護士はみんなぐるだから。ぐるでない弁護士などいないから。弁護士というのはDNAレベルでみんなおんなじなんじゃないかというくらい個性のない連中なのである。山口はひとりで裁判しなければならないが、対応できないだろう。
それにしても、これだけ騒ぎになっているのに山口事件の記事が一件も上がってこないはてなは異常である。はてな民がことごとく山口の破滅を望んでいると見るしかない。

山口を応援する者は一定数存在する。その者達が食いつくので、NGT秋元側は波状攻撃をせざるを得なくなっている。
しかしその者達も、山口を救えないだろう。
弁護士を絶対に批判しないで山口を救う?これでもやっぱりアイドルは必要?お前ら『天気の子』から何を学んだんだ!
「山口を助けたふり」をしたい奴は余計なことを止めてマスかいて寝てろ!!

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リベラルの「先祖返り」、「ツイッター化」と政党の「多極化」

参院選では、ツイッターで多くのはてなのブロガーが野党を支持していた。
私は、これを左派の先祖帰り現象と見ている。
はてなのブロガーの多くはリベラルで、それでいて社会的発言と政治的発言を強引に分けようとしているところがあって、頑ななほどに支持政党について述べることがなかった。
先祖帰りは恐らく約23年くらい前、id:sirduke氏の台頭辺りから始まったのだろう。sirduke氏の後に
id:Vergil2010 氏が続いた。Vergil2010 は支持政党について述べたことは今までなかったと思うが、極めて護憲色が強いブロガーである。この二人の台頭と並行して、はてなでのリベラルな発言が次第に減っていく。
そして今回の参院選では、はてなのリベラルなブロガー達は、ブログではなくツイッターで野党支持を訴えた。
ブログでなくツイッターを多用するブロガー達のスタイルを、私はツイッター化と呼んでいる。
ついこの間非公開ブログを開設した私も偉そうなことは言えないのだが、ツイッター化は表現スタイルとしては右翼と同じである。
そもそも140字という字数制限のあるツイッターは論理表現に適さない。
中にはナンバリングしてツイートする人もいるが、そうでなくツイッターを利用する人は、論理的に説明する意思が欠けている人が多い。
さらにツイッターにはブロックやミュートがあり、観れないようにできる。
もちろんブログにもコメントの非表示や限定公開があるので、根本的にはツイッターと変わらないとも言える。しかしブログが広く自分の意見を表明するものと捉えられているのに対し、ツイッターは中の良い者に「呟く」ものである。
突き詰めれば機能はほぼ同じでも、目的が違っているために、人によってブログがメインかツイッターがメインかが分かれてくる。ツイッターがメインの人は親しい人に「呟きたい」のであり、それだけ排他的である。
私はまだ、著名なブロガー相手にツイートを引用して批判したことはない。著名人では橋下徹氏くらいである。
その理由は、ツイッターの内容を批判してもブロックされてしまえば更新したツイートが観れなくなり、情報を得られなくなるだけ損だからである。
読者やフォロワーの多いブロガー、ツイッターならそんな心配も必要ないだろうが、私自身はリスクを負ってもそれをする必要を感じながらも、未だにツイッターに踏み込まないでいる。ただしブロックするブロガーがいたら、そのことは遠慮なくブログに書いていくつもりである。
つまり、ブロガーのツイッター化により、健全な議論が行われなくなるのを、私は危惧している。
この記事でもツイッターの内容を、リンクを貼って言及することはしないし、誰がどんなことを述べていたかを具体的に書くこともしない。ただその内容をひとつだけフィルターをかけて述べれば、ある党の公約にほとんど賛成していないが、その党に投票すべきだと趣旨のツイートがあった。政策は支持していないが、その党を支持すべきだというのは、今回の参院選が結果的には野党が勝利したとはいえ、その実態は危機的状況にあるのは野党であり、今回の参院選が野党支持者による、なりふり構わない野党防衛であったことを示している。

私は野党に投票したけど、与党に投票した人をくさすことはしません。

くさしたところで、他人を変えることはできないですしね。むしろ、バカにされたことで反感を持って、余計に考えを変えないというのが自然だと思います。逆効果。

 

topisyu.hatenablog.com

で斗比主氏は述べている。仰る通りですね。でもね、

投票率が低かった参議院選挙 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べたように、野党統一候補の無所属新人にしか期待できなかったくせに、とにかく野党を守り立てようという行動に何の批判も加えないほど人間が出来ちゃいませんよ。

さて、参院選で話題になったれいわ新選組とN国について。特にれいわについて述べよう。
れいわ新選組については、

www.yomu-kokkai.com

でsirduke氏が書いたが、私はこの記事にほぼ全面的に反対である。
sirduke氏は山本太郎氏の消費税論に触れ、これを「選挙に勝つための公約」と見て、かつての左派政権を引き合いに出して、「大きな政府」を語らずに社会保障の増大に対応しようとしたことが左派政権の瓦解を招いてきたと述べ、

しかし、そのような思考のもと選挙に勝った野党がその後なぜ政権を維持できなかったか、を考えると、このような思考はやはり、政策をもとに政党を選ぶという有権者のあり方とは大きくかけ離れたものではないか。

 

として、れいわ新選組も将来的に同じ失敗を辿るというニュアンスを持たせている。
正直に言って、認識が甘い。
山本氏は本気で政策を実行する気である。
もちろんそうなれば、赤字国債を大量に発行し、それを紙幣の増刷で償還して高インフレになる。それを本気で実行する気なのである。
sirduke氏はそれを、山本氏が「本気の人」だからと捕らえている。それ自体は決して間違いではない。
問題は、何に本気かということで、それをsirduke氏は「総理になりたいから」と見ているようで、消費税廃止もれいわ新選組も、そのための手段だと思っているようである。
いや、総理になることも手段ではないのか?

年金を上げなければ高校無償化できない日本 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べたのとは違って、教育無償化が先で年金の問題が後になったが、それはそれとして、日本人が親の世代を恨んでいることが、日本人の多くが消費増税に反対する理由だと述べた。
そしてれいわの消費税廃止論は、この「親への恨み」に拍車をかけるためのものである。
私は消費増税派で、消費税廃止に賛成している訳ではないが、それでも感じるのは、「親への恨み」が生み出す爆発的なエネルギーである。
この、将来自らの首を締めることにもなる後ろ向きな感情も、社会の変革のために必要ではないかと思い始めている。

2018年の人身事故件数は1108件、2017年の人身事故件数は1122件である。
人身事故件数は自殺率の代用として時々見ていたが、この夏から人身事故件数が急激に減り、本日21:00時点で679件である。
去年までで夏と冬に事故件数が大幅に増えるのは確認しており、時に1日10件以上の事故がある日もあったが、今年の夏はそんな日は全くなかった。去年とだいたい同じ水準の事故件数になるには1ヶ月平均90件必要で、そう考えれば8月時点で720件必要たが、8月は700件に達しないだろうと思われる。
人身事故件数と自殺率はほぼ連動していると思うが、毎年微減だった自殺率と人身事故件数も、人身事故件数はは今年は少なくとも100件以上減り、自殺率もそれに合わせて減るはずである。
そしてこの自殺者の激減を、私は「れいわ効果」だと見ている。つまり「生きてていいんだよ」と報われない人々に語りかけた、山本氏による効果である。
山本氏が「総理になりたい」ことと、低所得者を初めとする報われない人々の救済はイコールである。山本氏の手段を「個人的野心」に結びつけることには何の意味もない。だかられいわについては、我々が高インフレの社会を選ぶか選ばないか、また「望むべき社会を選べないか」という問題があるのである。
sirduke氏はれいわに若干の警戒心を持ちながらも、基本的に読者に「精神安定剤」を与えるためにこの記事を書いたと私は見ている。

なお、れいわが共産党と主張が似ている点についても述べよう。
れいわは公務員を増やすことを主張している。それも保育士や介護士なども公務員にしようと言っている。
それならば保育士や介護士も自分が公務員になれると思ってれいわを支持するだろうが、このような政策はれいわが政権を捕るまで当然実現しないし、れいわ政権ができるとしても、それはずっと先のことである。
その間れいわ支持の保育士や介護士は、「自分は公務員になるべきだ」と思いながらなれない現実と向き合い続け、公務員への反感を育てていく。
そして公務員の組合を支持団体とするのが共産党なのである。だかられいわは、最終的に反共産党になるために共産党に近い政策を取っているのである。

当選したれいわの障害者のために、参議院が費用を負担することが決定されると、橋下氏や維新が「議員報酬か政党で負担すべき」と主張、その過程で橋下氏は所得再分配論を主張、そして吉村大阪府知事大阪府で障害者対策の実施を宣言した。
その間、維新とれいわは妥協し合うことがなかった。
私はこれを「多極化」の時代の到来と見る。
「多極化」の時代は、政治家は差異を強調し、そのために団結が難しくなる。そして多極分化は「一人一政党」のような様相となり、政局は混乱を極める。「N国」もそのような「多極化」の流れで生まれた政党である。
しかし一方で意外な、水と油のような党が一時的、限定的に協力する光景を、我々は目にするだろう。
その流れを読み解くには、各党が何を目指しているかを正確に見抜くことである。
特に維新は、「何を言っていないか」を見抜くのが、今後の動向を読むポイントである。れいわの議員の問題で維新は、実は社会民主主義への足掛かりを作ったのである。
経済右派の維新が社会民主主義をするはずがないと思うならそれは大間違いで、維新はケインズ主義も社会民主主義も否定したことはない。
イメージは今どういう支持者を取り込んでいるかを見るために必要なのであって、必ずしも将来の指針とはならない。維新も今すぐ社会民主主義に切り替えるのではなく、布石を置いただけである。
れいわ、維新、「N国」のロジックが各党の指針となり、時代の潮流を生み出していく。ロジックを見抜かずに精神安定剤に飛びつく者は、潮流から取り残される。

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「何でも言い合える仲」を大事にする~『ドラゴンクエスト ユアストーリー』

ドラゴンクエスト ユアストーリー』は批評が大量に書かれる前から観に行くつもりでいた。
上映前から話題になっていたのが、キャラデザが鳥山明じゃないこと。「鳥山が描くモンスターが可愛すぎるからじゃないか?」というのが鳥山降板の理由と言われていて、従来の鳥山ファンからは不評で「絶対観に行かない」という声もあった。
予告編などを見ても、確かに鳥山のデザインじゃないけどこれもいいCGだと思ったよ。

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そうだこいつだ!デボラに床で寝かされてたのはwww。

ドラクエユアストーリー』は、そんなにヒットするとは思ってなかった。『ドラクエV』を映画化しただけの作品として少々話題に昇っても、ヒットは「天気の子』がさらっていくと思ってたし、『ドラクエユアストーリー』はその影に隠れてしまう作品でしかないと思っていた。
しかしいざ行ってみたらチケット売り場前が長蛇の列。なんとかチケットを買ってフードショップに並ぶとそこも大勢並んでて、時間かけたくないからコーラだけ買って入場。
この大入りに『ユアストーリー』じゃなく別の映画じゃないかと思ったが、チケット売り場でも「席が埋まってきてる」と言われたし、中に入ってそれなりに混んでることも確認。チケット買うところから30分くらいかかった。上映前に入れないんじゃないかと思ったよ。

この映画は大部ネタバレされているので、この記事でも当然ネタバレ有り。
ヘンリー王子と会う前までがゲームの画面でショートカットされていて、その後本編へ。
ちなみに私は『ドラクエV』はプレイしたことはなく、実況動画で観た。細かいところは忘れてるけど、ついていけないってこともなく自然に見れた。
ヘンリーと会ったと思ったらいきなり拐われて、主人公リュカが人質にされてゲマが「子を想う親というのはいいものですね」と言ってパパぬわーだっけ?プレイしてないせいかあんまり思い入れないけど。あー俺もゲマと同じセリフ言いながら兄貴にメラゾーマ浴びせたいわwww。
リュカは奴隷として働かされて、成人になってから脱獄して故郷のサンタローズに帰る。かつてパパと住んでいた小屋の地下でパパの手記を見つけ、自分が「天空の勇者」だとパパから思われていたことを知る。「天空の勇者」は天空人の子孫から生まれるという設定で、リュカが天空人の血を引いているのはその眼の色が証明しているという。
そこで初めて、リュカ以外が青い眼をしていることに気付く。
リュカの茶色がかった黒目は、黄色人種の特徴である。
青い眼のキャラは戦後の日本のアニメを中心に、日本では多数描かれてきた。青い眼のキャラは今までの日本人で、黒目のリュカは

日本型ファンタジーの誕生⑯~『進撃』6.新しい日本人の創生 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べた「新しい日本人」で、それが「天空の勇者」だというメッセージが、既にここで放たれている。
ところがこのリュカは、「新しい日本人」に成りきれていないらしい。
「僕は父さんじゃないんだ。辿り着ける訳がない」ってセリフが予告編で紹介されていたので、てっきり「魔界の門」に行くことだと思ってたら、何とサンタローズからアルカパまでの道のりのことだったwww。『ユアストーリー』ではどうかは知らないが、原作の『ドラクエV』では隣町である。
天空の剣を手に入れるためにアルカパに行けと従僕のピピンに言われ、「行きゃいいんだろ行きゃあ!!」とやけになってアルカパへの旅に出るリュカ。道中スライムばかり相手にしたり、キラーパンサーからは逃げ出したと思ったら、それがかつてのペットのゲレゲレだったというオチで、「ダメヒーロー」の匂いがプンプンする。
そしてアルカパについたら、町が魔獣のブオーンに襲われ、町の富豪のルドマンが「ブオーンを倒した者は娘のフローラと結婚させる」と宣言する。ブオーンの大きさに一度は尻込みするが、天空の剣を盗まれていることを知りブオーンに挑むが返り討ちに合う。
傷付いて薬草を求めるとビアンカが薬草をくれ、再びブオーンに挑む。
戦いながら天空の剣を取り戻し、いざ抜こうと思ったら抜けず、自分が「天空の勇者」でないと思い知らされてしまう。
それでも何とかブオーンを倒し、「結婚イベント」に突入する。

さてこの「結婚イベント」だが、動画で観た時は「何この男に都合のいい展開」って思っちゃったwww。
だってそれまで一緒に旅していたビアンカがこれから主人公が嫁を貰うルドマン邸までのこのこついてきて「じゃああたしはこれで」って帰ろうとするってこの女絶対破談を狙ってるだろって思うところを「どちらと結婚するか一晩考えてみろ」って「何でそういう展開になるの?」って思うじゃんwww。それなのにそんなしたたかなビアンカを選んじゃうウブなプレイヤーの多いことwww。俺なら絶対フローラを選ぶね!!
ただ多くのプレイヤーがビアンカを選ぶのには仕掛けがあったようで、発売前の紹介時点でフローラの存在が完全に伏せられていたことや、ビアンカが二度パーティーメンバーになることなどの心理誘導によってビアンカを選ぶプレイヤーが多かったということらしい。
この男に都合がいい「結婚イベント」は、実はプレイヤーにフローラを選ばせないためのイベントだった。なぜならフローラを選ぶのはロリコンではないにしろその入口のようなところがあるので、おそらくプレイヤーのロリコン化を危惧した製作者側がそれに歯止めをかけるために、敢えて男に都合のいい「結婚イベント」を用意し、年上で気の強いビアンカを選ぶように誘導したというのが真相だろう。

映画に話を戻すと、リュカはフローラと結婚できると舞い上がるが、占い師の婆さん=変身したフローラに渡された「本当の気持ちに気付く薬」渡される。それを飲むとフローラが好きだというのは「自己暗示」で「本当の気持ち」はビアンカにあるのにリュカは気付く。
この展開って無理あるんじゃない?
というのは置いといて、この薬のおかげでリュカはビアンカを選び、二人は結婚し、子供が生まれる。
この子供は、レモンのような色の眼をしている。ただし『ドラクエV』と違って双子ではない。
リュカは家族と平和に暮らしていたが、しばしば天空の剣が鳴ることでもう一度「天空の勇者」を探しに行かなければならないと感じていた。そこにゲマの一行が襲い掛かる。
ビアンカは連れ去られ、リュカは石にされる。
「魔界の門」があるセントベレス山に連れ去られたビアンカにかけられた魔法を解くと、ビアンカの眼の色が子供と同じレモン色になる。
ビアンカもまた「新しい日本人」なのである。
この後マーサから「魔界の門」を開く呪文を聞き出すというゲマの要求をビアンカは撥ね付けて石にされるが、石化したリュカを「いい出来映え」とゲマが言うのに対し、石化したビアンカを「つまらない出来映え」というのは、リュカでなくビアンカが「新しい日本人」だということを意味している。

時が経ち、石化したリュカを少年になったリュカの息子が元に戻す。
リュカの息子は天空の剣を抜き、少年ながら「天空の勇者」であることを証明する。
そしてマスタードラゴンと共に最終決戦に挑み、ビアンカも石化から解放し、それまでバギマしか唱えられなかったリュカがバギクロスを唱えてゲマを倒す。
しかしゲマはマーサを殺してその力を吸収し、「魔界の門」を開く。魔王ミルドラースの復活である。
ここで「天空の勇者」が「天空の剣を魔界の門にぶちこめば」と言い出す。天空の剣で「魔界の門」を再び封印できるという、それまでになかった設定を言い出すのである。
「天空の勇者」がその剣を魔界の門に投げ込むと、時が止まり、ミルドラース、いやプログラムに侵入したウイルスが姿を現す。
ウイルスは「これはゲームだ」と言い、「ゲーム」の世界を破壊していく。そしてウイルスの製作者の伝言を伝える。「大人になれ」と。

この時、私はウイルスに大喝采していた数少ない人間の一人だった。
私はファミコンより後に移行しなかったので、ドラクエシリーズは『IV』までしかやったことがない。
家には『I』、『III』、『IV』があった。『II』は買って一通りプレイしたが、「友達に貸して誰に貸したかわからなくなった」という当時よくある事情で家にはなかった。
本当はシドーを倒せなかった『II』をやりたかったが、家にないので他の3作品をやりこんだ。受験勉強や就職活動の現実逃避のために。
『I』は比較的多くプレイした。現実逃避してるのに、簡単なゲームなどやりたくないというのがその理由だった。
しかし『I』はレベル上げに時間がかかってストーリーが進行しないだけで、決して難しいゲームではない。そういう理由でも『II』がやりたかったが、ないので『I』をやる。それもやってられなくなると、『III』や『IV』をやる。
やる時はいつも、攻撃呪文は一切使わない。『II』の呪文の使いづらさですっかり魔法嫌いになっていたからである。
それでもサクサクとゲームが進んでいくのである。ストーリーが次々と進行し、ラスボスを倒す。このストーリーを消化する感覚、「これはゲームではない」とは、当時から思っていた。
ストーリーを消化したければ、マンガや小説を読めばいい。そう思いながらも、止められないのである。
現実逃避する時間は、マンガや小説では埋められなかった。
私と『ドラクエ』の関係は、共依存だったと思っている。だから私は『ドラクエ』自体にいい想い出を持っていない。

世界のウイルスによって壊されようとする時、スライムのスラリンが「私はウイルスを撃退するワクチンだ」と言い、ロトの剣に変身する。リュカはその剣を振るってウイルスを倒す。
そして世界は元通りになる。
ところがである。天空の剣を「魔界の門」に投げ込めば再び封印できるという、それまでになかった設定を持ち込み、剣を投げ込むと世界が壊れていった。
「天空の勇者」は双子ではなかった。映画の尺を考えれば、双子を登場させる余裕なんかない。それはその通りである。
しかし映画の中で、「これはドラクエV』のリメイクだと言っている。本当に双子を登場させたければ、またゲームの画面でも使えばいいのである。
つまり何が言いたいかというと、「天空の勇者」こそがウイルスだということである。「新しい日本人」として、ゲームの世界を壊しにかかったのが「天空の勇者」なのである。

この映画については、「ゲームだと言って世界を壊しといて、ロトの剣でウイルスを撃退して世界は元通りにしたからそれでいいと思っているのか」とか、「ワクチンじゃなくて自分の力でウイルスを撃退するならもっと良かったんじゃないか」などと言う批判が相次いでいたが、どうもみんな、本当のことを語っていないように思える。
映画には家族連れ、つまり子供を連れて観に来てた人もそれなりにいたようである。このネット社会で、この映画への批判を全く知らずに家族連れで映画を観に来る人はほとんどいないと思う。
中には子供に押しきられて仕方なく観に行った人もいるかもしれないが、そういうことじゃなく、この映画のメッセージをちゃんと受け止めている人はもっと多いと思う。そうでなければ、この映画がヒットしている理由がなくなってしまう。

主人公はフローラを選ぶために、プレイ前に自己暗示プログラムをかけている。
そのプログラムがなくてもフローラを選んだかといえばそうはならず、やはりビアンカを選んだ。それは「何でも言い合える仲」が一番いいからである。そしてこれが日本人の本音ではないのか?
『ユアストーリー』のテーマが「大人になれ」ということだと思うのなら、実はこの映画のテーマはそこまできつくない。と言ってもその一歩手前くらいだが。
「何でも言い合える仲」を大事にすること、そして「ゲームがいずれ終わること」を理解すればそれでいいのである。その後のことは「新しい日本人」がやる。そういう期待を込めて、家族連れで観に来た人もいるんじゃないか?

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何でみんな「派遣は3年以上同一業務で働けなくなった」って言うの?

何でまたこういうことを言うかなあ。

www.financepensionrealestate.work

派遣労働という働き方、 およびその利用は、 「臨時的・一時的なもの」であることを原則とするという考え方のもと、常用代替を防止するとともに、派遣労働者のより一層の雇用の安定、キャリアアップを図るため、 平成27年(2015年)労働者派遣法が改正されています。

 

とあるが、これは平成27年以前のものである。
平成27年の法改正は、派遣社員を3年以上同一業務に従事できるようにするためのものである。何でこういう真逆のことを言うの?

法改正以前に3年以上同一業務に従事している派遣社員がいた?それは偽装請負だから
偽装請負は2005年から2008年までの間に大きな問題となった。この時は自民党政権だったが、この後の民主党政権偽装請負については特に対策なし。
派遣の立場から見れば良くわかるのだが、第二次安倍政権になって、派遣の雇用契約は徐々に偽装請負から、派遣の契約に変わっていった。また労災隠しを無くした点も大きい。派遣会社は登録もしくは届出制で、法改正後は登録制に一本化された。全ての派遣会社が政府の管理を受け、労災を重視して改善を図った結果、労働環境は格段に良くなった。ブラック企業は派遣とは無縁なのである。
同一業務に3年までというルールを無くしたのも、決して反対ではない。
私の知る限り、真面目に派遣の契約をして3年ごとに他の業務に回していた会社というのはないのだが、それでも派遣が直接雇用されるためのハードルは「同一業務に3年」ではだめである。もっとも派遣で使い続けていいというのではない。

ところで、派遣法の四十条の二の5の3以降を見て見ると、

3 派遣先は、当該派遣先の事業所その他派遣就業の場所ごとの業務について、派遣元事業主から三年を超える期間継続して労働者派遣(第一項各号のいずれかに該当するものを除く。以下この項において同じ。)の役務の提供を受けようとするときは、当該派遣先の事業所その他派遣就業の場所ごとの業務に係る労働者派遣の役務の提供が開始された日(この項の規定により派遣可能期間を延長した場合にあつては、当該延長前の派遣可能期間が経過した日)以後当該事業所その他派遣就業の場所ごとの業務について第一項の規定に抵触することとなる最初の日の一月前の日までの間(次項において「意見聴取期間」という。)に、厚生労働省令で定めるところにより、三年を限り、派遣可能期間を延長することができる。当該延長に係る期間が経過した場合において、これを更に延長しようとするときも、同様とする。

4 派遣先は、派遣可能期間を延長しようとするときは、意見聴取期間に、厚生労働省令で定めるところにより、過半数労働組合等(当該派遣先の事業所に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者をいう。次項において同じ。)の意見を聴かなければならない。

 

とある。

今回の衆院選についての一週遅れの議論 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で私は「派遣社員過半数を占める労働組合がない派遣会社は同一の組織単位で3年以上働くことができない」と述べたが、「過半数労働組合等(当該派遣先の事業所に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者をいう。次項において同じ。)」が正しかった。私はid:nyaaat さんを批判したが、私もまた間違っていたのである。必要なら二ャートさんに謝罪してもいい。

それでは、法改正以前に雇用契約した派遣社員はどうなのか?
平成27年附則の第9条によれば、四十条の二の適用は「施行日前に締結された労働者派遣契約に基づき行われる労働者派遣については、なお従前の例による。」とある。
しかし、これって「抄」って書いてある。つまり省略されてんだよね~。
俺の記憶が正しければ、この後に「ただし、労働者派遣契約を変更した場合はその限りではない」という意味の文章があったと思うんだけど。

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父親不在で母は娘を殺す~『君の名は。』

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何で今さら『君の名は。』なの!?
って思うだろうけどwww。

だって『天気の子』のいくつかの批評を見たけど、去年までの「ナンダカワカラーン!」ってな批評と打って変わって、『天気の子』は意外と核心を突いた批評が多くて、ネタバレも含めて見ると「こりゃ俺の書くことはなさそうだな」って思ってたら実際その通りで、少なくとも『天気の子』一作品を批評するのは止めることにした。そのうち「セカイ系」としてまとめてやろうと思ってる。それでも書けることは少ないけどね。

「繭五郎の大火」というのがある。
その大火のせいで宮水神社の古文書が失われ、舞や組紐の由来が失われた。
「繭五郎の大火」は、『君の名は。』の大きなテーマを表している。そのテーマとは、「男は女に忘れさせ、女は男に忘れさせられる」ということである。
男が女を救う物語ほど、フェミニズムと無縁なものはない。
この作品は、それを観客にわからせるために「口噛み酒」がある。
出ました「口噛み酒」。この映画を見て「三葉ちゃんの口噛み酒が飲みたい」と言う男が大量に現れ果ては「四葉ちゃんの口噛み酒が飲みたい」というめちゃくちゃ危ない男まで登場し一方で「キモイ」の一言で一刀両断されるという賛否両論の激しすぎるこの「口噛み酒」。私は後者の方で、「口噛み酒売れば?」と言う四葉に「酒税法違反」と三葉が言ってたけどちげーよ風営法違反だよブルセラと変わんねーじゃんと内心突っ込んでたwww。
しかし「口噛み酒」は、その女性の「半分」なのである。瀧はその「半分」を飲んでタイムスリップする。
「口噛み酒」が新海の趣味かと言われれば多分そーなんだけどwww。「口噛み酒」には女性の人生を引き受ける覚悟があるかを男に問う意味がある。しかしその由来は忘れられている。

宮水家は、女系の家系の匂いがする。
別に先祖代々そうだったという設定はないんだけど、宮水家が女性ばかりなのも、三葉の父が婿養子なのも女系家族の雰囲気を醸し出す要因となっている。
宮水家の女性は皆、年頃になると男と体が入れ替わる夢を見る。そして誰と入れ替わっていたかを忘れてしまう。三葉も瀧と入れ替わっていたことを毎回憶えていない。
瀧も憶えていない。そういう設定である。
この点男女平等、「男は女に忘れさせ、女は男に忘れさせられる」理由になっていない。
ならばなぜ瀧の脳裏に「瀧くん、瀧くん、憶えて…ないの?」という声が聞こえるのか?作中では、三葉はこの台詞を言っていない。それなのに映画の中で、何度も瀧の脳裏にこの声は響くのである。

瀧がタイムスリップし、黄昏時に瀧と三葉は初めて顔を合わせる。映画の中で一番の感動シーンである。
「忘れないように、互いの名前を書こう」と言って、瀧が三葉に書き、三葉が瀧に書こうとしたところで三葉が消え、瀧は現代に戻る。
三葉が思い出そうとして手を見ると、そこには「好きだ」と。
「これじゃ、名前わかんないよ…」と呟く三葉。
全くだwww。
胸に込み上げるものがあるこのシーンも、単純に感動してはいけない。瀧が名前を書かなかったから、三葉は瀧の名前を忘れたのである。
一方瀧は三葉が消えても、三葉の名前を唱え、三葉の名を記憶に刻み込もうとする。しかしやっぱり忘れてしまう。
「忘れたくない人!忘れてはいけない人!」
瀧は大粒の涙を探して叫ぶが、思い出すことができない。

忘れるのは、忘れたいからである。 フロイト

 

瀧の心理は、この言葉に集約される。

女系家族のように見える宮水家の女性達は、三葉に集約されている。ティアマト彗星が落ちてくることで、宮水家の女性達の夢が、この災厄に集約されたように見えるからである。

愛し方さえも    君の匂いがした

歩き方さえも    その笑い声がした

いつか消えてなくなる    君の全てを

この目に焼き付けておくことは

もう権利なんかじゃない    義務だと思うんだ

 


三葉を憶えておくのは義務なのである。そして瀧は、その義務に耐えられない。

宮水家の女性の運命を一身に引き受けた三葉は(こう言ったら四葉や婆ちゃんはどうなるんだってなりそうだけどwww)、「見棄てられたヒロイン」である。

日本型ファンタジーになった『GODZILLA 決戦機動増殖都市』(ネタバレあり) - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べたように、「見棄てられたヒロイン」には必ず「見棄てられた」印がある。三葉も失恋して髪を切るという印がある。
しかし本当は、作家達は髪を切るのは「見棄てられた」印としては弱いと感じているのである。

日本型ファンタジーの誕生⑰~「救うべき人間の発見」と「ノスタルジックでない昭和」と「昭和臭の男」 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べたように、三葉の父親は「家に帰らない男」である。
母親とは死別している。しかし本当は、母親はいるのである。
どこに?どこにもいないじゃないか?読者はそう思うだろう。
じゃあ何でお母さんが空から落ちてくるの?
ティアマトとはメソポタミア神話の母神であり、ティアマト彗星は母親の暗示なのである。

日本型ファンタジーの誕生(24)~東京喰種2:ルナ・エクリプス戦はクィーン・ビーと「見棄てられたヒロイン」の戦い - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べた母=エト、娘=カナエの関係、

小池田マヤ『サンドローズ』 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べた嫁と姑の関係が、三葉と母親の間にある。そしてそれは父親不在、亭主不在の中で起こり、連鎖するのである。

「見棄てられたヒロイン」の印は、『進撃の巨人』のミカサの頬の傷や、『亜人』の下村泉の望まない形での処女喪失、援助交際のように強烈なものでなければならない。
そのような印を付けられない場合、印は彼女達の外にある。『東京喰種』の霧嶋董香や笛口雛実の場合はクインケになった父親で、特にトーカの父親のアラタは量産されることで、何度もトーカを苦しめる。
「見棄てられたヒロイン」の印が外にあってもまだ足りない場合があって、その場合は改めて彼女達の体に印が付けられる。笛口雛実が鈴屋什造によって左足を失うのはそのためである。もっとも喰種だから左足も再生できるため、その後は左足が見えないように描いているが。

ここに、宮水家の女性が夢で男と体が入れ替わることの多義性、二重性がある。
彗星落下という意味では、宮水家の女性達は予言者的なものとして三葉に集約されるが、もうひとつ、母親に抑圧され、殺される女性達が、男に救済を求めたのが、宮水家の女性達が見た夢である。

男達にとって、三葉がどんな形で「見棄てられた」と映ったのか、それはわからない。
しかし女性達は、救済を求めたのに救われず、やがて自分が抑圧されたことも、救いを求めたことも忘れていくのである。

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非公開ブログ開設のお知らせ

最近ブクマにブクマつけてもらったり、「お気に入り」に登録してもらったりすることがよくあるんだけど、その人のアカウントを見ると、ブログをほとんど更新してなかったり、ブログ自体やってない人が多いんだよね。
そういう人って、今の社会でかなりの不満を溜め込んでる人が多いんじゃないかって気がする。多分ブログを更新しない人って、今の社会で恵まれてない人なんじゃないかな?
「お気に入り」に登録してくれた人だって、「お気に入り」に登録してくれた人は今までにも結構いるから、探しても見つからなくて、「なんだ嫌がらせか」と最初は思ったりして、後で探して見ると見つかったりしてwww。
そういう人も言わないと伝わらないよ?って思うけど、日本の社会というのは、言いたくても言えないことがたくさんある。俺もそうだったけど、言いたいことを言えないように育てられている人も多い。
そ・こ・で!!
非公開ブログを開設します。
非公開ブログと言っても、それまであったブログの名前を変えて非公開にしただけだけどwww。その名も「坂本晶の『自分に嘘をつくべからず』」http://sakamotoakirak.hatenablog.com/
メインブログで「閲覧したい!!」と言って、一定の条件を満たした者が閲覧できます。
その条件及びルールは以下の通り。
①完全不定期更新です。(メインやサブの公開ブログ優先で記事を書くため。非公開ブログは人の話を聞き、話し合うためのブログです。)
②改正共謀罪法を意識し、犯罪的なコメントは慎んでください。犯罪的なコメントは削除し、それでも繰り返す人は閲覧不許可にします。
③明らかに中間層以上の人、不満を抱えていてもフェミニズムのように世間的に認知されている問題を語る人は主観的、差別的に閲覧不許可にします。(その人非公開ブログいらんやん…)あくまで「言いたいことを言えない」人のための非公開ブログなので、スパイもどきが入り込むのを防ぐためです。
ルールはとりあえずこんなところで。これからルールを付け足すこともあるし、読者の意見を聞いてルールを付け足したり変えたりすることもあるけど、このブログでは俺が独裁者だからwww。気に入らなければ読者辞めてもいいし。ネットでこんなこと言う必要もないけどね。
条件に満たなくて、でも非公開ブログを閲覧したいという人は、メインブログにその理由をコメントしてください。ってあんまりいないかwww。
俺としても主義信条は曲げないし、金と手間のかかることはしないし、何より金は貸さねえけど、それ以外でネットでできることは最大限やるよ。
ってことで、よろしくお願いしま~す。