今回ご紹介するのは『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』(以下『ドラクエ11』)。
実際にプレイしたことはなく、実況で観た。
舞台はロトゼタシアという架空の世界。
主人公は16歳の誕生日に、神の岩に登り、大地の精霊に祈りを捧げるという成人の儀式を行う。
その時幼なじみのエマがモンスターに襲われ危機に陥る。主人公がエマを助けようとすると、左手の甲にある竜の紋章の痣が光り、モンスターを撃退する。
そのことを母親に話すと、母親から主人公は勇者の生まれ変わりだと告げられる。
そして勇者の使命を確かめるためデルカダール王国に向かうが、デルカダール王に「悪魔の子」と言われ、投獄されてしまう
牢の中で、盗賊のカミュと共に脱獄し、世界を旅することになる。
旅の途中で、共に旅をする多くの仲間と巡り会う。
かつての勇者ローシュの恋人の生まれ変わりで双子の姉妹、「天才魔法使い」のベロニカとセーニャ。
旅芸人でオネエキャラのシルビア。
旅の武闘家で、実はデルカダール王国の王女マルティナ。
ユグノア王国の元国王で、主人公の実の祖父であるロウ(つまり主人公もユグノア王国の王子)。
なお、パーティーメンバーのうち二人の名前にはある関連性がある。その二人とは……?
そして勇者のつるぎを得ようと、命の大樹に向かったが、そこにデルカダール王、いやデルカダール王に憑依していた魔王ウルノーガが現れる。
ウルノーガは勇者のつるぎと、主人公の勇者の力を奪う。
パーティー全滅の危機となるが、ベロニカが渾身の力を振り絞って仲間をかばい、ウルノーガの引き起こした大爆発に巻き込まれて死ぬ。
パーティーは散り散りになり、主人公は数ヶ月間意識不明となり、海底王国の女王セレンが主人公を魚の姿に変えて、ウルノーガの目を欺き匿っていた。
ベロニカに死なれ、仲間を失い、主人公は悲しみに暮れるが、立ち直って再び仲間を探す旅に出る、
この旅で印象が強いのが、ベロニカの死を知ったセーニャ。
セーニャは髪を切り、ベロニカの持っていた杖から光が放たれ、ベロニカの呪文、武器、スキルを受け継ぐ。ベロニカとセーニャ、二人合わせてセニカの生まれ変わりだったのが、ベロニカの死により完全なセニカの生まれ変わりとして覚醒したかのようである。
もうひとつ、印象深いのはナギムナー村のロミアである。
人魚のロミアは嵐の日にキナイを救い、交際するが、キナイがナギムナー村から帰ってこない。そこで主人公達に様子を見てきてほしいと頼む。
しかしやがて、キナイはナギムナー村にいるが、ロミアの言うキナイはそのキナイの義理の祖父のキナイ・ユキのことであり、キナイ・ユキは既に死んでおり、キナイがロミアに帰ってくると約束してから50年が経っていたとわかる。
キナイ・ユキには元々ダナトラという、村長の娘を婚約者にしていたが、ロミアを愛し、婚約解消の許しを得ようと村長に話すが、村長は許さず、キナイ・ユキをナギムナー村の外れにあるしじまが浜の小屋に幽閉する。
ダナトラは別の男と結婚し女児をもうけるが、父と夫を海難事故で亡くし、絶望して母子心中をはかる。
キナイ・ユキは母子を救おうとするが、赤ん坊しか救えなかった。
キナイ・ユキはロミアとの暮らしを諦め、赤ん坊の父親代わりとなる。
そして「人魚は人の魂を食う怪物」という噂を流し、また赤ん坊も「人魚の子」などと言われて差別されていた。
主人公達はロミアに真実を伝えるかで選択肢を与えられ、真実を伝えると、ロミアは人魚の尾ひれを捨てて、自分の足で陸に揚がる。
ロミアはキナイ・ユキの墓に口づけし、海に戻って泡となって消える。
『悲しみを胸に』の曲が流れる、シリーズ屈指の名シーンである。ロミアー!
主人公は勇者の力を取り戻し、再び合流した仲間と共に、魔王ウルノーガを倒す。
しかし魔王は倒れても、ベロニカは戻ってこない。
しかし忘れられた塔にある時のオーブを破壊することで時間遡行ができることを知り、ベロニカが死ぬ前の時間に戻る。
この時、「また私を探し出してくれますか?」とセーニャが感傷的なことを言う。
主人公は頷くが、実はセーニャは見つからないのである。
このセーニャはベロニカが死んで、セニカの生まれ変わりだと思っているセーニャであり、以前のベロニカの影に隠れた、おっとりしたセーニャではない。
しかもセーニャはセニカの生まれ変わりですらない。
セニカの魂は別にあり、時のオーブが破壊されて、セニカの魂は主人公より先に時間遡行をする。
主人公は時間遡行するが、その影には邪神ニズゼルファが忍び込んでいた。
ニズゼルファの肉体は、セニカにより勇者の星と呼ばれた星に封印されていたが、その星はウルノーガにより破壊されてしまい、この世界線では邪神は絶対に復活できなくなってしまった。
しかしニズゼルファは、主人公と共に時間遡行をする。ベロニカが死ぬ前の時間、勇者の星が破壊される前の時間に。
主人公は命の大樹の崩壊とベロニカを救うことに成功する。
そして復活した邪神ニズゼルファを倒し、「ロトゼタシアを救った勇者」としてロトの称号を受ける。この後『ドラクエ3』の勇者と『ドラクエ1』の勇者の姿が映し出され、ロトシリーズとの関連が示唆される。
そして結婚イベント。対象は幼なじみのエマのみ。
『ドラクエ11』は、魔王ウルノーガを倒した時点でプレイを止めることも、時間遡行して邪神ニズゼルファを倒すこともできる。どちらを真のエンディングとするかも、プレイヤーの任意である。
そしてサブタイトルは『過ぎ去りし時を求めて』である。制作者は「時間遡行しろ」と言っている。
しかし、「時間遡行しろ」と言っているからといって、それが制作者の本意だとは限らない。
ロトシリーズは宿命の物語である。しかし『ドラクエシリーズ』は、その後宿命の物語を暗に否定してきた。今さらここで宿命を肯定するだろうか?
「そんなことを言っても、ベロニカや多くの人が死なずに済んでいるし、ロミアもキナイ・ユキの孫のキナイといい感じになっているし、ベロニカとセーニャはクロスマダンテを使えるようになるしいいことずくめじゃないか」
その通りである。
しかし多くの不幸を受け止めても、時間遡行をせずにウルノーガを倒すのが真のエンディングだと認めることこそ、制作者の本意なのではないか?
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