坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

ゴールデンカムイ②~天から役目なしに降ろされた物はひとつもない

ゴールデンカムイ』の24人の脱獄囚と、その周辺の人は実に個性的である。


江渡貝弥作は24人の脱獄囚ではないが、

ゴールデンカムイ①~戦う者達の心境 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で紹介した辺見和雄に似た、歪んだ美意識の持ち主である。
江渡貝は剥製作りの職人だが、母親の強烈な独占欲に支配されていた。
江渡貝の父は江渡貝を理解していたが、その父を母親が殺した。また母親は江渡貝を去勢している。
母親の死後も、江渡貝は母親離れができず、母親が江渡貝の精神の一部を占め、母親の声が幻聴となって聞こえ、母親の人格が江渡貝の中で共存している。
剥製作りに適した環境を求めて夕張に移り住んだが、母親への依存と、去勢により満たされることのない性欲が剥製作りに向かい、死んだ母親を剥製にしただけでなく、炭鉱事故で土葬された遺体を盗み、人体剥製や人間の皮を素材にした被服を数多く製作した。
金塊探しの三つ巴戦の一極の長である鶴見篤四郎はそんな江渡貝を理解し(本心からではないが)、江渡貝に母親を「射殺」させて「自立」させ、江渡貝に偽の刺青人皮を作成させる。



偽の刺青人皮を完成させた後、江渡貝は炭鉱事故で死ぬが、江渡貝の作った刺青人皮は、最後の最後でアシㇼパを悩ませることになる。なお、性欲が多くのキャラの思考や行動に影響するのは、この作品の大きな特徴である。


家永カノは、見た目は若い美女に見えるが、実は老人である。
見た目が若いのは、「同物同治」という中国医学の概念を信奉しているからで、人間の該当部位を食しているからである。
「同物同治」なら動物の部位でいいものを、家永は人間に固執し、患者を殺して食人行為を行い逮捕、収監され、脱獄後は「札幌世界ホテル」の若女将に身をやつし、宿泊客を催眠ガスで眠らせ、拷問の末殺害、食人を繰り返していた。家永のカニバリズムもまた、性欲の表現である。



また家永は天才外科医で、頭を撃たれた杉元や インカㇻマッの命を救った。


坂本慶一郎は「稲妻強盗」と呼ばれた強盗犯で、蝮のお銀と夫婦になり、二人で強盗を繰り返していた。
二人にとって強盗は生きることだった。単に生活のためだけでなく、激しく生きること、一瞬の生の煌めきが二人に生きることを実感させた。この点、快楽殺人犯の辺見和雄と共通している。
辺見の快楽殺人も性欲の表現であり、坂本のもまた性欲の表現であることを示すために、坂本にはお銀が寄り添っている。二人は激しく奪い、激しくセックスをする。
坂本は刺青人皮を狙って賭場を襲撃するが、鶴見によって機関銃で撃たれ絶命。それを見たお銀は

と言って、鶴見を殺そうとして、鯉登音之進に斬首される。
お銀が背負っていた荷物の中には、二人の子供がいた。鶴見曰く「あの夫婦は悪党だったが……愛があった」


姉畑支遁は野生動物を愛し、野生動物と獣姦する変態である。
姉畑の特徴は、身勝手な獣姦に及んだ後、己の罪深さに絶えられず、獣姦した動物を殺すことにある。

姉畑は獣姦を不自然な行為だと認識しているが、それでも性欲を抑えきれず、己の性欲に振り回された挙げ句、その罪深さに恐れおののく。この姉畑の性格は、姉畑以降の何人かの脱獄囚の性格を引き出す伏線になっている。
この場合の伏線はキャラの性格理解の伏線であり、キャラの理解が作品の構造的な伏線、テーマ的は伏線、ストーリー理解の伏線である。
姉畑は釧路平原でヒグマを見つけ行為に及び、そのまま腹上死する。


松田平太は、この作品の異常キャラの集大成のような人物である。
北海道の川で砂金取りをしており、家族に父親と兄二人、それに兄嫁がいた。
松田は優れた砂金取りだったがどうも家族は松田のみに不当に働かせていた形跡があり、また兄と兄嫁夫婦のセックスに、強い抑圧された性衝動を感じていた。
経緯は不明だが、どうやら家族四人を自分の手で殺したらしく、それ以来家族四人とヒグマの性格が松田の中に同居するようになった。



松田の幻覚の中では、ヒグマは徐々に近づいてきて、ヒグマが最も接近した時に、松田は人を殺し、ヒグマは遠ざかる。
松田はヒグマの毛皮を常に持っていて、毛皮があるからヒグマが人を殺すとは気づいている。しかし毛皮を捨てたり他人に預けたりしても、それは松田の中で改竄された記憶であって、実際には松田が自分で保管している。
松田はアイヌのウェンカムイの話を知っている。
ウェンカムイは人間を喰った悪い神だが、松田は「人間を罰する悪い神様」と思っている。この松田の間違えた理解が、ジャック・ザ・リッパーの伏線となる。
松田は杉元と戦っているうちにアマッポアイヌの狩猟の罠にかかり、「やった、あいつに勝った」「杉元さんが戦ってくれたおかげで、やっと私のウェンカムイを消すことができた」と言って絶命する。


ジャック・ザ・リッパーは、19世紀のロンドンで娼婦の連続殺人を行った「切り裂きジャック」である。
ジャック・ザ・リッパーは、1888年にロンドンで連続殺人事件を行い、事件は迷宮入りとなっていたが、ジャックは日本に渡り、網走刑務所に収監され、刺青脱獄囚の一人となった。



娼婦を母に持ち、抑圧された性衝動は娼婦への憎悪に転嫁した。そしてロンドンでの自分の連続殺人を再現しようと、札幌で娼婦の連続殺人を行う。
ジャックは杉元に喉を銃剣で刺されたうえ、牛山辰馬に頭を踏まれ、頭が割れて死ぬ。


上エ地圭二は、顔中にいたずら書きのような刺青を彫り、子供を何人も拐って庭に埋めた殺人鬼である。
子供を対象にした連続殺人ということで、小児性愛を感じるが、上エ地の場合よほど変わっていて、性欲が性行為に直結せず、子供に限らず、人間ががっかりする顔を見るのが何よりの喜びである。もっとも「がっかりした顔を見る」のと、子供の殺人衝動が合致した時は、その喜びは最大になる。

上エ地は網走刑務所にいた頃、刺青脱獄囚の一人、海賊房太郎に「お前の叔母が面会に来ていた」と何度も言った。
海賊には心当たりがなかったが、上エ地に何度も叔母の話を聞かされ、自分に叔母がいると信じるようになり、いつか叔母に会えるのを心待ちにしていた。
しかし全てが上エ地の嘘だと知り、海賊が上エ地を問い詰めると、上エ地は笑い転げた。
上エ地の性格形成は、幼い頃の父親との確執に起因している。
上エ地の父親は上エ地そっくりの容姿で、箱館戦争で武功を挙げた軍人だった。
幼い頃から「父親の期待に応えろ」と言われて育った上エ地は、学校で問題を起こし、友人もできなかった、
「私をがっかりさせるな」と父親に言われる。
飼い犬のジローがいなくなり、上エ地はジローが他の家に引き取られたと説明されたが、上エ地は父親がジローを殺して埋めたと思い込み、庭中の土を掘って探した挙げ句、額に「犬」と刺青を彫る。
上エ地の消えない刺青に、父親は失望した顔をし、上エ地はその顔にたまらない快感を覚える。
上エ地は脱獄囚の刺青がひとつでも欠けたら、金塊は見つけられないと思い、全身に刺青の上書きを施し、杉元、土方、鶴見の3勢力がジャック・ザ・リッパーを巡って札幌麦酒工場で争う中、全身に施した自分の刺青を見せる。
しかし刺青が欠ける危惧については、3勢力とも既に気づいており、全ての刺青が揃わなくても、金塊は見つけられるという結論に3勢力は達していた。
暗号が消された上エ地の体を見ても動揺しなかった人々を見て、上エ地は苛立ち、工場の煙突から足を滑らせて落下する。
落下の最中、鏡に映る自分の父親そっくりな顔ががっかりしているのを見て、「あはァ!!」と上エ地は笑い、頭をぶつけて絶命。上エ地の最期は、人と喜びを共有しなかった者の、ニヒリズムの成れの果てであり、ジャック・ザ・リッパーの行き着くところである。

この異常な犯罪者達を、ろくでなしだと思うだろうか?
ゴールデンカムイ』のテーマは、「カント    オロワ    ヤク    サ    ノ    アランケ    シネ    カ    イサム(天から役目なしに降ろされた物はひとつもない)」である。
ここに述べた全ての者が、土方歳三のようになれる可能性を持っていた。
しかも彼らは、土方を真逆の道を歩いていたのではなく、むしろ土方と限りなく近い道を歩みながら、たどり着くべき場所につかずに生を終えたのである。

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