坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

私の擬装請負体験⑬

シリーズ一回目から読みたい方はコチラ↓


  1. sakamotoakirax.hatenablog.com

Mくんとは、頻繁に会っていた。
「ーー所長もR社には営業に来ただろうけど、同じAグループだから紹介者がいたはずだ。そしてその人は、おそらくB社の課長以上の人だ」
私はMくんに言った。その紹介者が、私にとって敵になる可能性があるからである。
「一人で行ったって言ってたけど」
Mくんが言った。
(またまたそんなことを言う)
「ーーそれはない。ルート営業の常識から言えば、取引先のグループ会社への営業で、紹介者がいなければ逆に決まらないよ」
「うーん、そうか」
(やっぱり駄目か)
私は思った。(まあB社の課長以上の人で、所長の支持者が誰かわかっても、俺はB社の課長以上の人はK課長としか話したことないから、知る意味のないことだしな)
そう思いながらも、Mくんが所長の背後にいる人物を知っていて、Mくんに問い質せばその人物がわかるとは考えなかった。まあ、考えついても無理やり言わせることはしなかったと思うが。

その間、少しずつMくんの、私への借金は増えていった。
私はMくんの借金が増える理由はわかっていたが、プライベートのことなので、ここでは述べない。借金と言っても大した額ではない。最終的に六万円くらいである。
(この程度の額なら)
と、私は思っていた。MくんがB社で嘱託になれば、私に依存する必要がなくなり、少しずつ借金も返ってくる。私はともかく、B社で実績を積んだMくんの嘱託は固かった。
事実、嘱託の話もしていた。
「坂本さんの話もしてるよ。近いうちに連絡がいくかもね」
と、Mくんは言った。
(そんなに早いはずがない)
と思いながらも、次第にそのうち嘱託になれそうな気がしてきていた。

そんなある日、
「はい、契約の更新」
と昼休み、派遣会社Q社の営業Sが、その場にいる派遣社員に契約書を配った。
(ちっ、めんどくせえなあ)
昼休みの限られた休憩を妨げられると、少しいらいらする。契約書を受け取った私は、早めにやっつけようと契約書に向かった。
本人控から、会社控へと順にサインし、印鑑を押した。押した後、
(ーーん?)
と、気づいた。本人控と会社控で、書式が違う。
(ーー何が違うんだ?)
じっと見比べていると、
「ーーはい、回収」
と、営業Sが横殴り気味に会社控の書類をもぎとっていった。
私は呆然と、Sの背中を見ていた。

(ーーなんだこりゃ?)
家に帰って雇用契約書を見直して、何が今までと違うのかわかってきた。
まず、派遣元責任者と派遣先責任者の欄がある。派遣元責任者は営業S、派遣先責任者は総務課長W氏となっている。
(派遣先責任者って、Vさんじゃないの?)
契約書の意味がわからないながらも、この点は軽く疑問を持った。Vさんは「指揮命令者」となっている。
(ーーいやあ現場の人じゃなきゃ、話しにくいだろ)
他にも「派遣可能期限」という欄がある。契約期間とは別で、三年近い期間があった。
(ーー契約期間とどう違うんだ?)
時は2008年、他の派遣社員も、私と大差ない。
この時私は、始めて派遣の契約書を見たのである。これが派遣の契約書だと気づいたのも、しばらく経ってからである。

(ーー契約更新は、Q社の派遣社員が一斉に行った。派遣社員全員が会社控と本人控の書式が違う契約書が渡されることは、ほとんどあり得ない。つまり派遣の契約書が渡されたのは俺だけだろう。擬装請負を知っている、俺への隠蔽工作だと考えるべきだろう……)
作業中、そんなことを考えていると、
「なんだこれ?」
と、詰所の方から声がしたので行ってみると、派遣社員Σがある書類を指差した。
それは、日々の残業時間を記入する用紙だった。
「俺らのところに、『業務委託』って書いてある」
「さあ、なんだろうな、ははは」
と、Σの言葉に軽く返したが、本当は心臓が止まるかと思った。
(ーーこれは、俺の本人控の契約書が派遣になっていたのと関係がある!!しかし、どういうつもりだ?)
考えたが、わからない。
(携帯を持ってきて、写真を撮るかーーいや、携帯の写真じゃ字までは映らないだろう)
2008年当時、携帯の写真の解像度はまだ粗かった。
(密かに持ち出して、コピーを取るーー駄目だ、コピー機のあるところには人がいる。不審がられる。ならば近くのコンビニは?朝早くか、仕事が終わった後に持ち出せばーー)
そう思って、天井を見た。そこに火災警報器がある。
(どう見ても火災警報器に見えるがーーひょっとして隠しカメラじゃないのか?俺が書類を持ち出すと踏んで、その現場を押さえてくびにしようってんじゃーー)
相手の意図が何か、さんざん考えた。
(ーーわかんねえ!こんな頭のおかしい奴らの考えなんかわかるもんか!!)
結局、なにもせずに終わった。翌月には、その用紙から「業務委託」の文字は消えていた。

今にして思えば、隠しカメラなんかなかったと思う(笑)
擬装請負は、請負契約をしても法的には派遣として扱われる。裁判をしようが労働局に話そうが、請負扱いされることはまずない。
私に派遣の契約書を渡したならなおさらそうで、「業務委託」などと書いた書類を作っても、どこも派遣社員を請負と見なさない。
擬装請負は、派遣社員が請負扱いされるのを内心同意することで成立する犯罪で、私に派遣の契約書を渡したため、「お前は所詮請負なんだ」として、奴隷根性を植え付けようとした。それ以上の意味はなかっただろう。

しかしこの件はギャグだが、そのうち笑えないことが起こった。
Mくんが仕事を辞めて、実家に帰ったのである。
(つづく)

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