それでも私はずっと女性らしいマンガ家だと思っていた。そう思うのは『乙嫁語り』の作風にある。
女性作家の作品はたまに、構成の緊密性を欠いているものがある。それが悪いというのではなく、ヘンリー・スミスという狂言回しが滞在した集落の「乙嫁」について描かれていくというストーリー構成は、そのとりとめのなさが女性的に感じられる。
アミル・ハルガルは、20歳で12歳のカルルク・エイホンに嫁入りする。元々父の財産が少なく、婚期も遅れていたアミルは、12歳のカルルクに嫁入りできたことを喜ぶ。最初はカルルクが風邪を引けば、オロオロして過保護なほどの看病をしてしまうほど、アミルはカルルクを子供扱いしていたが、アミルを別の家に嫁がせようと、実家の部族がアミルを取り返しに街を襲撃してきた時、少年ながらカルルクが身を挺してアミルを守ったことから、アミルにカルルクの祖母がいうところの「嫁心」がつく。カルルクは男として強くなろうとし、弓の練習をし、冬の間アミルの実家(実家は遊牧をしている)で弓や鷹狩りをして、男としての強さを身につけようとする。
ライラとレイリは双子の姉妹で、アラル海で漁業を営む家に産まれたが、おてんばで結婚に夢を見ている。結婚相手を決めない父親に不満を持ち、自分で結婚相手を探そうとしたりする。身なりのいい中年なら年頃の息子がいると想定して、中年男が橋を通りかかると魚をぶつけて転倒させ、介抱して息子を紹介してもらおうと企む。次に自分たちが道に倒れて、通りかかった紳士が介抱しようとすると「あなたの家畜はどれくらい?」と尋ね、少ないとわかると「全然ダメ」とさっと立ち上がって行ってしまおうとする。
こんな騒動を起こすたびに父親にポンポン頭を叩かれ、「頭の形変わっちゃうじゃない」と二人で怒鳴ったりする。さらに「頭を触られて結婚した」という女性の話を聞いて、真似してイケメンの男にぶつかろうとしたら、たまたま通りかかったライラとレイリの父親にぶつかり、父親が運んでいた魚を落としてまた頭を叩かれる。
そんなライラとレイリに、父親が結婚相手を選ぶ。相手は父親の同業者で、資産も同程度の男の息子二人でサームとサーミという歳の近い兄弟だった。そしてサームとサーミはライラとレイリの幼馴染だった。結婚に夢を見ていたライラとレイリはサームとサーミ相手にぼやくが、それぞれどちらと結婚するのか決まっていなかった。そこでそれぞれ別々に話してみろと親に言われ、サームはライラと、サーミはレイリと話すことに鳴った。ライラとレイリはサームとサーミのどちらも変わらないと思っていたが、サームはライラに「言うことだってできるだけ聞く」と言い、サーミはレイリにモリ打ちのうまさを見せる。するとそれぞれ、別の相手と話すことなく結婚相手を決めてしまう。
結婚式まで、サームとサーミはライラとレイリの二人のわがままにとことん付き合い、途中で我慢できなくてライラとレイリをやり込めてしまう場面もあるが、なんとか無事結婚式を終え、四人で慎ましくも幸福な家庭を築くことになる。
アニスはペルシャの有力者の妻で、広い屋敷で子守りをしたり猫と戯れあったりして、気ままに暮らしている。しかし幸せなのに、時々周りが遠く感じることがある。
そのことを従者のマーサに話すと、「ずっと一人でいるからだ」と言われ、姉妹妻を持つようにと言われる。「そんな知り合いはいない」とアニスが言うと、マーサに風呂屋で見つければいいと言われ、風呂屋に行く。
そして風呂屋で会ったのがシーリーンという女性だった。
二人は意気投合し、「雨が降ったら次の日に風呂屋で待ち合わせをしよう」と約束する。そして次に会った時に、アニスはシーリーンと姉妹妻になろうと決める。
シーリーンはOKし、姉妹妻になる儀式をあげる。しかし儀式の途中で、シーリーンの夫の急死の報が入る。
シーリーンの家は貧しく、義父と義母は体が不自由。幼い子供もおり、夫が死んで生計を立てる方法は全くなかった。
そこでアニスは全く予想外の提案をする。シーリーンをアニスの夫の二番目の妻にするというのである。(イスラム教では四人まで妻を持つことが可能)
アニスの提案に夫は驚く。夫はアニスを深く愛しており、アニスが嫌がるだろうと思って他に妻を持とうとしなかったのである。しかしアニスは「他の女なら嫌だけど、シーリーンならいいと思った」と言う。それを聞いて、アニスの夫はシーリーンの義父と義母を含めて面倒を見る決心をする。
パリヤはアミルの友達だが、言いたいことをはっきり言うタイプで、そのために縁談がまとまらなかったりする。パン作りは得意だが、刺繍は苦手で、親の仕事の焼き物を作るのも好きである。
有り体に言えば跳ねっ返りで、女らしくないと自分で思っている。しかも刺繍は嫁入り道具を作ることでもあるので、パリヤは刺繍が苦手なことを悩んでいた。
それでもウマルという少年との縁談が持ち上がるが、ウマルがパリヤに近づきすぎて突き飛ばしてしまい、「近寄らないでください」と言ってしまう。そのことをパリヤは気に病むが、ウマルの方は「なんでもはっきりいうからいいな」と思っている。しかしパリヤにはわからない。
アミル達の街がアミルの家族の襲撃を受けて、パリヤの嫁入り道具の刺繍も焼けてしまう。
カルルクの祖母に刺繍を習うが、それでも刺繍に集中できない。そこで「誰か身近な人のことを想って縫うんだな」と教えられ、ウマルのことを想って縫うと結構はかどる。
ウマルはパリヤと気が会うと思っているが、会うたびにパリヤが機嫌が悪そうで、嫌われているのかと思い、言いたいことがあるなら言えよとパリヤに言う。
パリヤは言いたいことははっきり言うが、好きだという気持ちだけはうまく伝えられない。
「親同士が決めた結婚だから嫌だとしてもどうにもならない」と、ウマルの言葉を受け売りしながらもより悪い言い方をしてしまう。
どう気持ちを伝えようか悩んだ挙句、「うまく伝えようとしなくていい」というパリヤの友達のカモーラの言葉を思い出し、パリヤが作ったパンを見せ、パンの文様の説明をし、最後に縄文様のパンを見せ、「末長く良いご縁で結ばれますようにと」とウマルに伝える。
その後パリヤは、アミルの家の者に、親戚の家に眉墨用の葉を取りに行くように頼まれ、ウマルと一緒に行くことになる。
途中様々な出来事がある。未知に倒れている女性を助けたり、埋まるの好きな水車を一緒に見たりする。
その間にパリヤは持参品の布支度が遅れているから待ってほしいと言い、「わかった」とウマルが言っても簡単に信じない。そこでウマルがパリヤにキスをして「責任とるから」と言うとパリヤは納得する。というより舞い上がる。
そして途中で荷車の車軸が壊れ、仮軸を探してパリヤが男顔負けの力を発揮して荷車を持ち上げ、ウマルが仮軸をはめる作業をする。
ウマルが「幅もぴったりだ」というと「こんなこともあろうかと木だって用意してたに決まってますよ」とパリヤが言う。
「本当に面白いな君は」とウマルは大笑いする。
しかし仮軸は歪んでおり、荷車の乗っていくことができず、パリヤとウマルは荷車を押し、歩いて帰ることになる。こうして二人はすっかり打ち解ける。
ヘンリー・スミスがアミル達の街を去って、ある街でスミスは馬と荷物を盗まれる。その時スミスと同じように馬をにすまれたのがタラスである。
の市場場長を頼って二人が馬と荷物を取り返すと、タラスはスミスを自分の天幕に招待する。
タラスは義母と二人暮らしだが、タラスは義母の五人の息子と結婚し、その五人の息子と死別していた。最初に長男に嫁いで、長男が死ぬと次男、次男が死ぬと三男というふうに、順に結婚していったのである。
義母はスミスにタラスと結婚してほしいと思うが、突然のことで戸惑い、早めに立ち去ろうとする。しかし「義母が元気になった」からと言って、タラスはスミスを引き止める。
言われるままにスミスが居続けると、そこにタラスの舅の弟が訪ねてくる。タラスを自分の息子の嫁にというのである。
「持参金が惜しいだけ」と舅の弟に反感を持っていた義母は、タラスがスミスと結婚すると嘘をついてしまう。
怒った舅の弟は、スミスをスパイだと言って、スミスは警察に捕まってしまう。案内人のアリの計らいでスミスは釈放され、スミスもタラスをまんざらでもなく想っているとわかる。
しかしその間に舅の弟が義母と結婚してしまう。新しくタラスの義父となった舅の弟は、スミスとタラスの結婚を認めなかった。
ところがスミスが目的地のアンカラにつくと、そこにタラスがいた。しかも夫と二人連れである。
しかし新しくタラスと結婚したその夫は、タラスがスミスのことを忘れられないと言うので、タラスをスミスに会わせるためにアンカラまで連れてきたのである。「タラスは旅の途中で死んだことにする」と言って夫は去り、スミスはタラスを妻にすると決める。
『乙嫁語り』は徹底的に逆説的である。
男尊女卑でも一夫多妻でも、結婚相手を親が決めても、女性は全然幸せに成れるのだと、そう言っているのである。女性を大事にし、女性が大事にしているものを大事にすれば。
もっともそうでない例もある。タラスの義父となった元舅の弟もそうだし、アミルの父は幸福に暮らすアミルをカルルクから引き離そうとし、アミルの街を相手に戦争を起こして命を落としている。
この作品も「戦争と平和を考える漫画」であり、19世紀のロシアの南下の不穏な空気を背景に、中央アジアから西アジアを舞台にしたこのマンガは、平和とは、女性に安心と幸福をもたらすものでなければならない。と語っているのである。
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