坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

『進撃の巨人』を考える②~訓練兵は二度特攻する

エレンが巨人に食われて、しばらく主人公不在でストーリーが進んでいく。 エレンの死を聞いて、ミカサは逆上し、ガスを使い切って戦闘不能になる。 一度は戦うことを諦めるが、ミカサは「戦え!!」という、かつてのエレンの言葉を思い出す。それはミカサが誘拐犯に捕まり、エレンと二人で誘拐犯を殺した時の言葉だった。

この世界は残酷で、そして、とても美しい

 

『進撃』の世界の核心に迫る言葉である。世界は不条理に満ち溢れているが、この不条理な世界こそが、人生を賭けるに足り、そして人生を輝かせるのである。 ミカサは折れた剣を取り、再び戦おうとする。絶望的な状況でも戦おうとするミカサは、エレンより一歩進んでいる。 ミカサが絶望的な戦いを巨人に挑もうとしたその瞬間、現れた巨人がミカサと対峙した巨人を倒す。 その巨人は何体もの巨人を倒して力尽きるが、その巨人からエレンが出てくる。切断された手足も復活している。ちょっとした奇蹟を見る思いである。 エレンはトロスト区の門を岩で塞ぎ、人類はトロスト区の奪還に成功するが、エレンは捕らえられてしまう。巨人になれるエレンを、人間が警戒したためである。 エレンを巨人と戦うための武器とするか、それとも人類にとって危険な存在として殺すか、審議が行われる。

力を持ってる人が戦わなくてどうするんですか?生きるために戦うのが怖いって言うなら力を貸して下さいよ。この…腰抜け共め…いいから黙って全部オレに投資しろ!!

 

エレンの反論は、自分に有利な条件を揃えられないでいて、しかも追い詰められた者がするまずい手である。 ここでリヴァイがエレンを半殺しにする。 「躾に一番効くのは痛みだ」 とリヴァイは言うが、これは芝居で、調査兵団はどんな形でも、エレンが自分の意思を示すことを望んでいた。 リヴァイの行動が本当に「躾」だったとしても、ストーリー上問題はない。だからこれは、作者のメッセージである。 自由が規制されるべきかと言われれば、既に規制されているし、これから新たな規制が加わることもあると思っている。 銃規制は、銃の犯罪への使用の危険から設けられた規制である。自由は、他の価値と衝突した時に、その衝突した範囲内において規制される。また議論の結果、自由が他の価値に勝ることもある。 よく「自由は規制されるべきじゃないか」と主張する人がいるが、この主張は自由に明らかに勝る価値が存在するとする、本質的な詭弁である。しかしこのような詭弁を弄する人が、『進撃』に没頭している間は、自由に覚醒している。それも完全に覚醒している。

オレ達は皆、生まれた時から自由だ。それを拒む者がどれだけ強くても関係ない。炎の水でも氷の大地でも何でもいい。それを見た者は、この世界で一番の自由を手に入れた者だ。戦え!!そのためなら命なんか惜しくない。どれだけ世界が恐ろしくても関係ない。どれだけ世界が残酷でも関係ない。

 

自由は危険なものである。自由が犯罪を増やすのは、むしろ前提といえる。エレンが巨人の力を制御できないことが、自由の危険性を端的に表している。それでも自由とは、自由の危険性もそのまま認めたうえで、本質的に否定できない価値である。 その後、調査兵団の勧誘式が行われる。 団長エルヴィン・スミスは、エレンの生家の地下室に、巨人の秘密を知る手掛かりがあることを訓練兵に明かす。しかしそれ以外は全て否定的な材料ばかりを話していく。トロスト区の扉が使えなくなり、4年間かけて作った行路が無駄になったこと、その4年間で調査兵団の9割が死んだこと、ウォール・マリアに大部隊を送るには、その5倍の犠牲者と20年の歳月が必要であること。特にこのことを「現実的でない数字」とまで、エルヴィンは言う。新兵が最初の壁外遠征で死亡する確率が5割であること……。 エルヴィンの説明を聞いても調査兵団入団を希望した訓練兵達。 「君達は…死ねと言われれば死ねるのか?」 とエルヴィンが尋ね、 「死にたくありません!」 と訓練兵は答える。

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ああ…クソが…最悪だチクショウ…調査兵団なんて…

 

…う…嫌だよお…こわいぃ…村に帰りたい…

 

あぁ…もういいや…どうでもいい

 

いい言葉である。 「人類のために、心臓を捧げよ」 など、ただの掛け声である。 訓練兵達の決断は、特攻隊に酷似しているように見えて、真逆のベクトルのものである。 我々が特攻隊についてやりきれないと思うとすれば、それは彼らが何のために死んだかも、死んでも敵を倒したいと思っていたかもわからないからだろう。 訓練兵は誰のためでもなく、(「誰のためでもなく」と言っていいだろう)自分のためにほとんど命を捨ててでも、巨人と戦いたいと思ったのである。そして読者は、間違いなくその意思を読み取ったうえで、『進撃』に熱狂しているのである。

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