前にも述べたが、私が勤めていた前の会社では、パーカーという仕事をしていた。
パーカーは、化学反応を利用して金属の膜をつける作業である。
パーカーでは1日3回膜厚測定をする。
膜厚はミクロン単位で6〜10までの範囲でなければならないと決まっていたが、この膜厚が毎回数字がバラバラだった。
(さて、どうするか)
パーカーでの仕事の最初の頃、私は思った。どうするかというのは、膜厚測定で出た数字をそのまま書くかということである。
他の班では(交代制なので三班ある)、膜厚の変化はあまりないように書いていた。
私は空気を読まないのではない。ただ空気が読めないだけである。
空気を読まないと被害を受けたりするのはわかってはいるが、膜厚の数字をごまかせとは言われていない。結局出たままの数字を書くことにした。
私はその会社に派遣で行っていたのだが、そのパーカーの上司、といっても平社員だが、その上司が短い時間の間に色々指図してくるので、正確に膜厚を記入するか他の班のように変化がないように書くかは考える暇がなかった。上司が空気を読むように暗に調教してたのではないかとは考えなかった。
ある時、膜厚計が壊れた。上にはそのことを報告したが、膜厚計は取り替えられなかった。
膜厚記録表を見ると、他の班は膜厚を測っているように書いている。
私は、毎朝(夜勤でも始業時を朝という)膜厚計が動くかどうか確認して、動かないとわかると膜厚記録表に何も記入しなかった。
膜厚計が壊れてから2週間ほど経ったある日、膜厚計が壊れていて測定をしていないことが、取引先にバレた。
バレたきっかけは私にあった。取引先が膜厚記録表を見ると、私の班だけ膜厚を記録していない。そこで膜厚計を動かしてみると、膜厚計が壊れているのがわかったという訳だ。
膜厚計が壊れていることは既に報告しているということもあり、私はチームリーダーに皮肉こそ言われたが、お咎めはなかった。後で膜厚計が壊れた時にも、取引先が来て膜厚記録を見ることもあるから記入するようにと指導があった。
今思えば、このことが転機だったと思う。
それから膜厚計は壊れたり電池がなくなったりするとすぐに交換されるようになった。
私は膜厚を毎回記録したが、面白いほどに膜厚は変動した。
基準では6ミクロンから10ミクロンまでならOKなのだが、見事に毎回バラバラである。一直3回測るのである私は朝、昼、夕方に測ることにしていたが、6、10、6と膜厚が激しく変動するということはざらにあった。
膜厚が変動するというより、同じ製品でも測る場所によって膜厚がまるで違った。その会社でのパーカー作業は、膜厚を一定にすることがまるでできないようだった。
最初は空気を読むべきか迷っていた私だったが、膜厚を測っているうちに面白くなってきた。
他の班が膜厚を6とか7とかで安定しているように書いているのに、私はしょっちゅう6、10、6と書く。
こういう作業をいい加減にすると、いざという時に危ないと思う。
もっともいい加減な作業をして、クビになるということもあまりない。実は工場作業というのは、いい加減にしてもクビにならない作業というのがある。膜厚測定は恐らくそういう作業だったが、派遣のように立場の弱い者は、怒られたり無能扱いされたりする。だから私は、その時出た膜厚を正確に書くように腐心した。
パーカーの仕事は厳しかった。
パーカーの仕事は、実は
のほぼ直後に従事した仕事で、食品会社での箱取り作業でゴリゴリになっていた私の肩はさらに凝り、鼻水が1日中止まらなくなったり、帰りの車の運転中に眠ってしまいそうになることが何度もあった。
パーカーに配属されて2年ほどして、パーカーの生産増の計画があり、他の班は役割分担を変えたりして乗り切ったが、私の班では全く役割分担に変更がなかった。私の仕事は書類の記入をしたり、細かい作業が多かったが、仕事量がキャパシティを越えてしまった。私は集中力が落ち、燃え尽き症候群になって失敗を何度かして、とうとう部署異動になってしまった。
それから1年ほどしてパーカーに戻った時には、パーカーはすっかり変わっていた。
パーカーは役割分担されて、私の作業はすっかり楽になっていた。
私の元上司もとい平社員は、私の後任と大揉めに揉めて班を異動になり、同僚無しの一人作業をすることになった。私の後任は正社員だったが、私がパーカーに戻ってまもなくサブチームリーダーになった。
膜厚についても改良が進められた。パーカーはパルホス槽という薬品を入れた水槽を中心にいくつかの水槽があるが、パルホス槽は約3ヶ月液を交換していなかった。そのパルホス槽を2週間から3週間ごとに清掃兼液交換をするようになり、さらに他の槽もパルホス槽と同じくらいの頻度で清掃、液交換し、他にも各槽の液の濃度の基準を変更したりして、膜厚は全体的に安定するようになった。
結局その会社は、私の人生で一番長く勤めた会社になった。このブログを書き、偽装請負や派遣の批判をし、しかもそのことを派遣会社の営業担当に知られながらである。
もし人が会社勤めで安定した生活を送りながら、どこかで不安や不満を抱えているとしたら、それはその会社のちょっとした不正などに目が瞑ってきたからかもしれない。
もしその不安を解消したいなら、そういうちょっとした不正の改善などに取り組んでみるのもいいだろう。それで失敗しても部署異動か、せいぜいクビになる程度である。
別に勧めはしない。
自分のやったことに満足できるようになると思う人はそうするといいということである。
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