坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

日本型ファンタジーの誕生(28)~『不思議くんJAM』も日本型ファンタジーだった

かつて

小池田マヤ「不思議くんjam」の感想を書いてみた - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で書いたことの、これは書き直しである。
前の記事ではラブコメだと書いて、それは間違いではないのだが、この作品もまた日本型ファンタジーの初期的作品だとわかってきたからである。

まず、この作品の概要について説明しておく。
一言で言えば、輪廻転生の物語である。
『不思議くんJAM』は3巻までだが、1巻の3分の1は『ミルククラウンの王子様』というタイトルで、ヒロインの白鷺沢みるくが主人公である。

f:id:sakamotoakirax:20190618215914j:plain


みるくは小学校四年生、しかし担任の根本冴子とは前世で幼なじみだった。前世の記憶があるみるくは、同年代の子供と馴染めずに浮いていた。
そして前世と前世の間に「はざまの世界」があり、その世界でみるくはスジャータとして、はざまの世界の王子ルディと恋人同士だった。やがて今世でもルディと出会い、愛し合う運命にある…。しかしみるくは、「はざまの世界」のことをよく覚えていない。
そしてその時、ルディの転生した姿、石狩不思議に合う。ところが、

f:id:sakamotoakirax:20190618220240j:plain


下の子供が石狩不思議、そして上の長髪の男がルディ、でなく、「はざまの世界」の王子シッダルディだった。
みるくは王子の名前をちゃんと覚えていなかった。そして思い出してみれば、

f:id:sakamotoakirax:20190618223803j:plain

 

かつて王子との間に何があったのか?ここで『不思議くんJAM』に移行する。

石狩不思議は北海道で生まれ、生れた時に父はなく、母親は名前をつけてすぐに死んだ。
石狩家は牧場主だが、祖父は病気で働くことができず、不思議は子供ながらに牧場を切り盛りしようとするが、農協からヘルパーを呼ばなければならない状況で、赤字まで埋めることはできない。
子供が牧場を切り盛りするなら、学校はどうするのか?
不思議は学校に行っていない。引きこもりである。しかし牧場を経営するためではない。母親の片身のネックレスを叔父が奪ったからだ。
それを教えたのは牛のべぇこだった。牛のべぇこは仮の姿で、真の姿はネックレスを構成するアムレットのひとつ「聖パウロの舌」である。べぇこは不思議に、叔父からネックレスを取り返すように言う。そのネックレスを持つ者が、石狩家の本家継承権を持つ。
不思議はべぇこの指導により、いとこの塘路と親しくなり、ネックレスを取り返す算段をつけていく。塘路は「はざまの世界」ではパターチャーラーという名で、シッダルディの「冠候補」である。「冠候補」が何を意味するかは後回しにしよう。ただ「冠候補」には「業(カルマ)」がある。塘路=パターチャーラーの場合は、

f:id:sakamotoakirax:20190618233954j:plain

 

とかなり重い。
授業参観の日を利用して、叔父の家に忍び込んでネックレスを取り返そうとする不思議。しかし家のどこにもネックレスはない。
ネックレスは、叔父が携帯のホルダー代わりとして肌身離さず持っていた。
塘路がそれを見て、叔父からネックレスを奪い取る。父親と揉み合う中で、塘路は父親の目を傷つけてしまう。
家に向かって走る塘路。そして不思議の前には、同じいとこの摩周、「はざまの世界」のシッダルディのライバルディーバダッタが立ちはだかる。
塘路が不思議に向けてネックレスを投げ、不思議と摩周がそれを掴む。二人が力を込め、ネックレスが引きちぎられると、時が止まる。この時の

f:id:sakamotoakirax:20190619002828j:plain

 

べぇこの首が落ちる様は圧巻。
牛のべぇこは生まれてすぐに、キタキツネの首を喰われて死んでいた。この現実を認められなかった不思議が涙し、その涙とべぇこの血が地中の「聖パウロの舌」に届き、「聖パウロの舌」はべぇこに成り代わった。
不思議は塘路に叔父の血という毒=父親と姉への怨嗟が溜まっているのに気づき、その毒を消すように「聖パウロの舌」に言う。
それをすると、王子として覚醒すると「聖パウロの舌」は忠告し、不思議がそれを了承する。
塘路の毒が消えると、その毒はその地、石狩家の牧場を浸食していく。その毒が祖父にまで届き、祖父は死ぬ。
どういうことか?不思議は牧場を再建するために、ネックレスを手に入れようとしていたのではなかったのか?

f:id:sakamotoakirax:20190619005540j:plain

 

この情報が、べぇこの口から語られることはない。
べぇこが教えたのは、ネックレスが母親の片身だということと、「その頭に冠を戴く暁には、出来ない事は何もない万能で無敵の王になる」ということである。
実は、「石狩家の本家継承権を示すネックレス」などは存在しないのである。
不思議の叔父は、ネックレスのレプリカを作ってみるが、そのレプリカのネックレスから波動を感じてしまう。

f:id:sakamotoakirax:20190619015952j:plain


「このネックレスから波動を感じないのは自分だけじゃないと証したかった」と言うが、摩周は波動を感じてしまう。そして叔父は「そうか、お前もか」と言い、なぜ俺じゃない」と叫ぶ。
塘路=パターチャーラーの毒は消されたが、土地が毒された以上、不思議はその地に留まることはできず、塘路は置いて行かれる。
摩周と塘路、二人の「なぜ自分じゃない」という想いが不思議の叔父=毒として新たに生を受ける。そして叔父は、片目になってレプリカのネックレスが光るのを喜ぶようになる。まるで本物の本家継承権のあるネックレスを手にしたように。
しかし元々本家継承権を示すネックレスが存在しない以上、光や波動に囚われること自体無意味である。こうしてこの作品は、長子継承に基づく日本の家制度を否定する。
不思議の家も叔父の家も牧場の経営は不可能になり、不思議は里子になって東京に向かう。里親は、根本冴子の両親である。

東京に来て、「冠候補」が揃うようになる。
赤石知覧は「はざまの世界」ではヤショダラ姫。「犠牲の血の冠」で「業」は「王子シッダルディのために多くの人間を犠牲にすること」。「はざまの世界」では、王子と結婚しているという設定である。
岡田健は「はざまの世界」ではシッダルディの義母のマハーパジャーパディ。元「捕縛の茨の冠」義理の息子に恋心をこじらせたが、罪の意識で常に男に転生する。業は「王子の身代わりとなって死ぬこと」。
そして「地の冠」の塘路=パターチャーラーと「命の最初の糧の冠」のみるく=スジャータ
不思議は「冠候補」と共に「アムレット(お守り)」を集め始める。ネックレスは化石を繋げて作られているが、アムレットを手に入れるとその化石に光が宿る。全てのアムレットを集め、頭に冠を戴けば、「世界の王」になる。

ところが不思議は、みるくが「はざまの世界」のスジャータだと思い出せない。他の「冠候補」も、みるくが「はざまの世界」の誰かを知らない」
そのうち、赤石とみるくが(「はざまの世界」でなく)過去世で因縁があることが判明する。

f:id:sakamotoakirax:20190620031516j:plain


赤石はナバホ族の「赤いコヨーテの娘」、みるくはホビ族の「白い佇む鳥の娘」として戦った過去世がある。そのせいもあって常に仲が悪い。

不思議=シッダルディには二重性がある。
シッダルディとしては女たらしで暴言を吐きまくるが、不思議自体は小学四年生ということもあって奥手である。そして女たらしのシッダルディを嫌悪している。
そしてアムレットもまた、不思議が見つけるのではなく、「冠候補」が見つけている。アムレットを探す点で、不思議は何もしていない。
その間も「冠候補」は苦しみ続ける。赤石=ヤショダラ姫は、「はざまの世界」でこそ正妻だが、過去世で王子と結ばれたことが一度もない。本当に王子に求められたことがないからである。
業により多くの人間を犠牲にした後、大抵は恨まれて殺されて人生を終えるという過去世を、ヤショダラ姫は繰り返している。それでもなお妻の座を降りたくないと想い続けている。業とは「囚われる」ことである。
塘路=パターチャーラーは、王子としての覚醒のために「聖パウロの舌」に利用され、選ばれないと悟ったがために、アムレットを集めるという課題の失敗をディーバダッタと共に願う。

王子シッダルディは、過去世でも王子に転生することが多い。スコットランドの王子だった時は親戚を殺しまくってたともいう。目的のために手段を選ばないのが、王子シッダルディの本性である。
しかしそうでない時もある。たとえ王子だったとしても。
中世フランク王国メロヴィング朝の王子に生まれた時は、身内争いから身を避けるため、身分を隠して農夫として暮らしていた。いつか王国を救う時のために、その命を保つため。そのため本当の名前はキルデリクだが、カールと偽って生活していた。
そこにもうひとりの「カール」が現れる。宮宰のカール・マルテルである。何もしない王の代わりに、カール・マルテルはトゥール・ポワティエ間の戦いでイスラム教徒を撃破、救国の英雄となる。その時キルデリクは、もう中年になっていた。
「俺の国をこんなにしやがって」とキルデリクはカール・マルテルを詰る。しかし本当は、何もしなかった自分に腹を立てていたのである。そんなキルデリクにそっと寄り添った少女がスジャータだった。
何もしなかった悔しさにより、王子シッダルディに覚醒するキルデリク。そしてもう自分にその人生でできることがないと悟ると、カール・マルテルの前に現れ、王子の身分を明かす。カール・マルテルはキルデリクを殺す。

スジャータは、王子が見つけたことによりスジャータになったと、自分のことを言う。
ならばそれ以前は何だったかというと、「はざまの世界の声なき小さな者」、「砂漠の砂粒」、「集合意識体の命」、「百億の蟻」だという。「私はみんなでみんなは私」と、自分と他者との区別がない。これは「個にして全、全にして個」という『風の谷のナウシカ』の王蟲と同じであり、「集合意識体」といえる蟻に形容されているところに、「人間=怪物」の日本型ファンタジーの構図が見える。

スジャータは、転生してもキルデリクのような、弱気な人生を送っている王子としか出会うことはない。理由は「単純に怖いから」。それでも王子はスジャータに会おうとするが、過去世では常にスジャータを見つけることが出来ない。『君の名は。』路線である。そしてスジャータを見つけられず、課題に失敗した王子は、スジャータを「はざまの世界」に呼び寄せる。こうしてスジャータは、過去世で常に少女のままで死ぬ。

そろそろ、王子シッダルディ、そして「冠候補」が何かを語る材料が揃ってきた。
「聖パウロの舌」をはじめ、アムレットにはそれぞれ意志があるが、アムレットは不思議を「ヘタレ」と呼び、王子シッダルディになることを求める。
この凶暴な王子の正体は、スクールカーストの「学校の王」ジョックである。
そして「冠候補」は、ヤショダラ姫が正妻であることに注目すれば、「冠」の理解はヤショダラ姫だけを見れば理解できることがわかる。「冠」とはジョックの装飾であり、クイーン・ビーのことである。装飾に過ぎず、真のパートナーでないから「冠」と呼ばれる。

しかし、ジョックとクイーン・ビーの関係でない形がある。その可能性が「ヘタレ」と呼ばれる不思議の中にある。
「ヘタレ」と言われるのは、ダメヒーローの萌芽である。その証拠がべぇこで、死んだ牛を生きているように思い、ペットとの生活を続けようとする。
しかし不思議の中には、性的にでなくみんなが好きで、みんなを大事にしたいという思いが芽生えている。不思議の中に、弱さと「博愛」が同居している。そこにスクールカーストからの脱却の可能性がある。

スジャータは幼くして死ぬ自分を、王子に少女のままでいることを求められていると思う。
しかしまた、スジャータは大人の女性に憧れる。自分を見つけたのは王子なのに、大人女性になれば、王子は自分を見てくれないと思う。こうしてこじれた願望にディーバダッタが付け入り、スジャータはディーバダッタと性的関係を持つ。
スジャータは「大人の女性」になったが、それを王子に隠す。それもまた、王子が求めたことだからである。
不思議は最後にようやく全ての記憶を思い出し、みるくがスジャータだと気づくが、またディーバダッタとの不倫にも気づく。

f:id:sakamotoakirax:20190620052559j:plain

 

独りよがりな男の願望は、女性に行為の正当化の余地を与える。
シッダルディはスジャータを許す、いや、「間違いなど存在しない」という結論に達する。
すると、「はざまの世界」に時の縦軸が生まれる。「冠候補」の業は「囚われ」を表し、時が止まっている。その時間が動き始め、「冠候補」達は業から開放されるのである。

『不思議くんJAM』は打ち切りのような形で終わっているが、作者には続編の構想があった。
それは、不思議が最終的にみるくとでなく、根本冴子と結ばれるというものだった。根本冴子は作品時間で24歳、不思議が冴子と恋愛できる歳には、30を越えるだろう。
根本冴子は「彼氏いない歴=年齢」の、典型的な非モテである。つまり「見棄てられたヒロイン」であり、「見棄てられたヒロイン」の救済がこの作品の最終的なゴールだった。

この作品は、極めてコアなファンにしか衝撃を与えなかったが、その影響は至るところに散見できる。そういうことにも、機会があったら触れていこう。

古代史、神話中心のブログ「人の言うことを聞くべからず」+もよろしくお願いします。