コアラ、ラッコ、エリマキトカゲ、その他いくつもの、私の覚えていないほどの流行が私の子供の頃にあった。
大人も子供も、常にこの話題で持ちきりだった。 それは一種の強迫観念で、時に苦痛なものだった。
私にとって苦痛だったのは『ガンダム』の流行だった。
何しろ小学校低学年の時である。 同級生は『モビルスーツカッケー』と盛んに言っていたが、そう言う理由は、『ガンダム』流行の主体はティーンエイジャーで、小学校低学年にはストーリーが全くわからないのからである。
プラモデルなども流行ったが、不器用な私はプラモを作るのもしんどかった。
いや、苦痛だという自覚も当時はなかったかもしれない。
流行についていかないと、自分が人間としておかしいように思えるので、必死になってついていった。
少年期の頃の流行は、ついていかないと人としてまともに見られないという強迫観念があった。
高校生になったあたりから、流行が人間の評価から切り離された。
なぜそうなったのか、私の中で未だに結論は出ていないが、人々が「新しい」「古い」を言わなくなったのと、それは連動していた。
「新しい」ものが正しく、「古い」ものが間違っていて、捨てなければならないものだという論法で、人はよく価値判断をしていたのである。
「新しい」「古い」を議論の論法として頻繁に使った人で、私が見た最後の人物は、私の大学の同期の人物だった。
もう誰も使わない「新しい」「古い」の論法で自分の主張を正当化しようとする彼を、私はシーラカンスを見るように見ていた。
流行は古今東西にあるものであり、また途切れることのないものだった。
その流行が途切れたのは、『永遠の0』の後だった。
『永遠の0』からしばらく、流行と言えるものが現れなくなったのである。
流行とはストーリー作品に限ったものではない。2000年代には習字の練習さえ流行になった
。そのような中身の薄い、軽薄な流行さえ見当たらないようになったのである。
『永遠の0』の流行の後、流行と呼べるものが現れなくなった理由はわかる気がする。
『永遠の0』は特攻礼賛の作品として受容された。 しかし『永遠の0』は、「特攻隊員が生きて帰る」物語だったのである。
主人公の宮部久蔵の代わりに帰還する大石賢一郎は、宮部の妻と結婚する。
これは特攻した隊員が生きて帰ることはできないので、大石自体が宮部の真の代理だった。つまり特攻で死ぬべきではないというのが、『永遠の0』のメッセージだった。
読者及び視聴者は、このメッセージを誤解せずに、正しく読み取った。
その結果、特攻がテーマの作品のレビューが、零戦ファイトに興奮する内容で溢れるようになった。特攻礼賛のものとして受容された作品が、特攻を否定するものだったため、人々はこれを正しく評価できなかったのである。
『永遠の0』の後、『シン・ゴジラ』まで流行不在の時期が続く。
『シン・ゴジラ』に続いて『君の名は』、『PPAP』、『けものフレンズ』と流行が続くが、今再び、流行と呼べるものがない時代になっている。
このうち『PPAP』は、流行の中によくある、本当になぜ流行ったかわからないものである。
『けものフレンズ』について、私はここで詳しく言及する気はないが、今のところ言えるのは、『けものフレンズ』が中級のヒットであり、『けものフレンズ』が時代を反映したものかは、類似のヒット作品が現れるかどうかで決まると思っている。
流行がないとは、我々の心情を反映するものがないということである。 なぜ流行がなくなったのだろうか?
その理由は、日本国憲法があるからだと私は思っている。
今から70年前に制定された日本国憲法の何が問題なのか?
九条ではない。国民主権がその大きな理由である。
もっとも天皇主権といっても、天皇は誰かの代わりに行為するもので、意思決定者は別にいる。天皇機関説や統帥権の議論などに、このことは表れている。
日本は古来よりこのような体制で、将軍も大名も、果ては庄屋に至るまで、主権者は誰かの代わりに意思決定を行う者だった。
だから見方によっては、日本は昔から民主的な国だったと言える。ただ意思決定者に責任が伴わなかっただけである。
天皇制はまた、責任の忘却システムである。 幕末の攘夷から開国、佐幕から勤王への転換も、この忘却システムによってなされた。だから体制の変換も短期間に、犠牲も少なく行うことができた。
しかし天皇主権から国民主権となって、国民は責任を他に転嫁することができなくなったのである。
国民が平和主義を唱えながら自衛隊、日米安保を保持する自民党を政権につけるシステムも、戦前の犠牲者への責任を回避するためのものだった。
けれども国民主権である以上、この戦後のシステムは有限、期間限定のものだった。
今なお戦後のシステムは維持されているが、我々の方がこのシステムに耐えられなくなっており、自分を見失った者達が、流行を生み出せなくなっているのである。
日本人は、責任の忘却システムがあって日本人らしくあることができた。
しかし忘却システムがなくなった以上、責任を受け入れることでしか、我々は自分達が自分達らしいと思うことができない。
流行がなくなっているのは、自分達が「らしい」生き方ができていない証しである。
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