坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

対立を解消するための「保守本流」

日本学術会議の任命拒否についても、安倍政権とは対応が全く違う。安倍政権はもっと横暴だった。

 

そもそも安倍政権なら、日本学術会議などというマイナーな組織を狙いはしないのである。

 

菅政権は本当に安倍政権の継承政権なのか? - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で書いたが真っ赤な嘘である。安倍政権でも現状では日本学術会議の任命拒否以上の横暴などできはしない。
安倍政権と菅政権の性質の違いが問題なのではない。現状が問題なのである。
今、民心は疲れきっている。

護憲と改憲の対立構造を破壊すれば、建前と本音で問題の本質をごまかす議論が払拭された自由な議論ができるとずっと思い、私はずっとこの構造、特に建前である護憲を攻撃してきた。
今年になって、この構造は破壊された。破壊されたと私は思っているが、それで本質的な議論ができるようになったのではなかった。少なくとも目下起こったのはそういうことではなかった。
対立の図式がある間、対立する集団への攻撃は度を過ぎたものも多くあり、今年の集団同士の対立が今までより先鋭的だったとは必ずしも言い切れない。
今年の集団同士の対立の特徴は、厳しい対立の中でも所属する集団への安心感が無くなったことである。安心感の無さが更なる次の標的の攻撃となり、次々と標的を変えたり泥沼の応酬を続けることになったりして終わることがない。誰もこの対立と攻撃の連続を止められないことに疲れきっているのである。

日本の知識人はどれだけスタイリッシュに表面を飾り立てても、本質は同質なのである。その同質性をごまかすためにスタイリッシュなことを言い続ける。

 

自らをスタイリッシュに飾る知識人にベーシックインカムは実現できない - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べたが、私が言わなくても、そんなことはみんなわかっているのである。ただみんな言わないだけである。
リベラルだろうが自由経済主義者だろうが、みんなその裏にある暗さを見抜いている。だから自分達を正しいと信じるためには、神輿を担ぐのではなく他者を攻撃するしかない。それを続けることでしか自分を信じられないのである。
10月になると、他者を攻撃する風潮が衰えてきているのが、肌感覚で感じられるようになってきた。だから菅政権も、日本学術会議以上の組織に対し横暴を振るう演技ができなかった。

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ここまでで、大阪都構想の賛成と反対の差がずいぶんと縮まってきている。最近ではまた賛成派がリードするようになって、嘘か真かその理由を山本太郎氏のせいにされているが、維新が挽回するような行動をとっている様子もないので、賛成派のリードが持続するかどうかは不透明である。
しかし都構想の賛成派が減少するのは、ある程度想定できていたのである。なぜなら現状、住民投票に熱を感じられない。どこか冷めた目で見ている。その画期性に心が躍らない。

ここで言う「保守本流」とは私が学術用語を借りて私が勝手に意味を付け替えたもので、本来の保守本流とは、平たく言えば吉田ドクトリンを継承する系譜である。保守本流の反対の用語が保守傍流で、戦後民主主義に批判的な思想の系譜であり、その分反動の要素を持ちやすい面がある。現在保守本流の系譜に属するのは麻生財相であり、保守傍流に属するのが安倍前首相である。
他の言葉が思いつかなかったのでこのように呼ぶのだが、私が言う「保守本流」とは、ひとつには「血脈」による要素がある。
断っておくが、私は世襲議員に対しては否定的である。
だからこの「血脈」にはもうひとつの要素があって、それは国家の興隆期、つまり明治維新と戦後の高度成長期に政権を担った者の「熱気」を受け継いだ者達でなければならない。つまり大久保利通の玄孫で吉田茂の孫の麻生財相と、岸信介の孫の安倍前首相である。「血脈」は「熱気」を受け継ぐために必要で、この「熱気」は高度成長期のような、脇目を振らずに上を向いて進む時期でないと形成されないもののようである。安定成長期に入った時点で既に迷いが生じているようで、だから私は田中眞紀子氏が政界の潮流を生み出さなかったのは女性だからとは限らないと思っているし、小泉進次郎氏が父親から精神的な何かを受け継いだとも思っていない。
そして「保守本流」の3つ目の要素であり最大の特徴と言えるものは、保守でありながら伝統や慣習を現実と向き合わせた場合、伝統や慣習を放棄せざるを得ないという保守精神の溶解を経験しながらも、「熱気」と本人の資質で自己と政治思想を再構築したことである。「保守本流」の二人の自己再構築の仕方は、『東京喰種』の石田スイに感じた私なりの石田の人物像に非常によく似ている。
こうして二人が形成した政治思想は、護憲をはじめ新興の国政政党を見ても、この二人以上の政治思想は持っていないだろうというのが私の実感である。
この「保守本流」の二人の真意を知りうる者が二人を支持していけば社会の復興は継続が可能である。またこの二人が政権の中枢にいなくても、菅政権のように安倍政権の路線の継承を唱えれば、同様に社会復興は継続可能である。

最後に私の小説の印税が横領されている件についてだが、水面下で相当の反響があるのは気づいている。
そこで私はみんなに対して投げ掛けたこの問題を私の手に戻し、一人でこの問題を社会的に取り上げられるように道付けする努力をしようと思う。
権利を放棄したのではもちろんないし、この件についてマウンティングしてくる者はこれからも潰していくが、それで私に見下されていると思う必要はない。人が対等に接する限り、私も対等に接していく。
記事に星を入れてくれた者に私が星を返さなかったのは、この問題を拡散しない者に星を返すべきではないと思っていたからだが、これからは星をくれた人にはちゃんと返していく。
この件についてコメントをしてくれてもこちらから協力を求めることはないし、この件に触れずにコメントしてくれても咎め立てはしない。もちろんこの件について知らないふりをする必要はない。
このような次第なので、私を知る政治家や社会的指導者その他有志の方々は、私に気兼ねすることなく、民心の安定と対立の解消に尽力して頂きたい。

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