坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

自らをスタイリッシュに飾る知識人にベーシックインカムは実現できない

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出ました吉村総理。5月から6月にかけてあちこちで記事が出てたけど、そもそも橋下さんが普通に政界復帰すると思っていたから何でこんな記事があちこちから出てくるのか未だに全くわからないんだけどwww。
ツィッターを見ると、吉村氏のフォロワー数は109万と、4ヶ月ほどの間全く増えていない。
一方松井一郎大阪市長の方は、こちらは常に見ていた訳ではないので記憶はあやふやだが、現在フォロワー数は39万で、3、4ヶ月ほどで10万から20万くらい増えている。
吉村知事は、維新のイメージ戦略で全面的に押し出している政治家である。その吉村氏のフォロワー数が全く伸びておらず、松井市長のフォロワー数が伸びる。有権者の屈折した感情が読み取れる。
これが改革というものだと言えばその通りである。今都構想の住民投票が進行中だが、その改革の努力は単なるフォロワー数や人気とは違うもので報われるし、そうあるべきである。ただし後ろ暗いところがなければね。

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だが、1億2000万人に月7万円支給するためには、年間ざっと100兆円の財源が必要になる。問題は、そのカネをどこから持ってくるかである。全部消費税で賄おうとすれば、消費税率を50%に引き上げる大増税が必要な金額なのだ。そこで竹中氏が提案しているのが「社会保障財源」をあてる方法だ。現在、年金、医療、介護、失業保険、生活保護などの社会保障支給額は年間約120兆円(2019年度)。それを国民が支払う年金や健康保険などの保険料(約71.5兆円)と国庫負担(約34.1兆円)、地方税(約14.7兆円)、年金積立金の運用益などで賄っている。その財源をベーシックインカムの支払いに回せば足りるという。

 

っていうかベーシックインカムって元々そういう話なんだけど。
ベーシックインカムには複雑化した社会保障を一元化することで社会保障の効率性を高めるという側面があるが、結果的には社会保障の支出は増大する。
もっとも健康保険をベーシックインカムに組み入れるべきかどうかについては意見が分かれていて、私は目が飛び出るような難病もあるのに、その医療費を支出すべき健康保険をベーシックインカムに組み入れるのは反対である。

ベーシックインカム」(BI。最低限所得保障)の導入をテコに従来の日本の社会保障制度を根本的に変えてしまおうという狙いだ。改革のメインターゲットは年金制度の廃止。高齢者は社会保険という“共助”も、国の支援という“公助”もなく、「自助」だけで生きて行けという近未来が待ち受けている。

 

そもそも現在の社会保障ベーシックインカムをそのまま上乗せしようというぶっ飛んだ論者はいない。なんか最近変な議論が多いな。
このベーシックインカムを菅政権が押し進めようとしているとのことだが、はたしてそうか?

安全保障に関して、アメリカが極東から後退して孤立主義に向かう懸念がある中で、私の安全保障に対する考えは正直に言えば行き詰まりを見せていた。しかしここにきて、光明というべき意見が散見されるようになった。
それは、日米安保を維持しながらも、外交面では必ずしもアメリカ寄りではなく、特に経済的な結びつきを中国と深めることで中国に利益になる国だと思わせ、中国の海洋進出を思い止まらせてシーレーンを維持しようというものである。
なるほどと思ったが、すぐに次の障害にぶつかった。国際関係において、経済的利益が常にナショナリズムに優先されるという保証はない。現在トランプ大統領アメリカは中国を敵視しているが、経済的には不利だと常に指摘されている。中国もまた、海洋進出という野望を捨ててまで、経済的利益に飛び付く保証はない。
日本は全体での労働生産性は高くとも、ひとりあたりの労働生産性は先進国中最低ランクである。
中国と向き合う国の数が少ない極東で中国に対抗するには、外交力に加え、かつてのヴェネチアか、現代のシンガポールほどとは言わなくても、それに準ずる国際競争力、労働生産性を得なければならない。

ちきりん氏はかつてlT技術者を増やす教育を行うべきだと主張したが、これはベーシックインカムの社会モデルと比較して二段階下のモデルと言える。
別にちきりん氏の主張を否定したのではなく、ベーシックインカム現代日本にとって手の届かない高レベルの社会モデルだと私は言いたいのである。
ではベーシックインカムより一段低い社会モデルは何かというと、それは教育を不要とする社会である。
私が学生の頃から言われてきたことだが、海外では高校までは自由に過ごせるようにして、大学からは専門的な教育を徹底的に叩き込まれる教育システムになっている。
速読術も学ばなければならないし、その大学で成績が追い付かないと、ランクの低い大学への転入を進められたりする。
日本の教育制度も私が若い頃と違って色々改善されてきたが、根本的なところで変わっていない。その理由は日本の教育制度が没個性を目指すもので、教育改革はこの教育制度を問題視して解決しようとするふりをして小幅な修正に留め、現状を維持することを真の目的としているからである。
教育改革を目指す限り、現状は今後何十年と変わらない。この泥沼を一気に解決するのが教育不要論である。
海外の教育制度は、教育不要論の一歩手前にある。人間の個性が専門性を要求するようになるまでは自由にさせ、専門性を求めるようになったところで教育の進捗を管理する。
教育不要論は、必要な人材の確保という点で難があるが、それを社会の全AI化によって補い、ベーシックインカムにより人が働かずに自由に動けるようにすれば、日本の国際競争力は他の先進国を越え、中国の野心を思い止まらせるに十分な経済的利益を提供できるようになる。
今ここまで理解している人がどれだけいるだろうか?ここまで理解していないなら、単にコロナ禍により先進国でベーシックインカムの実験が始まったことに便乗した人気取りに過ぎず、ベーシックインカムさえ実現せずにうやむやに終わらせるだろう。

ベーシックインカムにどれだけ本気で取り組んでいるかは、その人の行動を見ればわかる。

news.yahoo.co.jp

答えは簡単です。シラク3原則をそのまま導入する、つまりフランスのマネをすればいいのです。 そして育児休業は男性にも3ヵ月ぐらい強制的にとらせる。もちろん根元にある男女差別をなくさなければならない。 男女差別をなくす一番簡単な方法は、性分業にメリットを与える配偶者控除と年金制度の第3号被保険者制度はなくし、女性のロールモデルを創出するクオータ制を導入することだと思います。 ヨーロッパの先進国が実施して、多少なりともうまくいっている取り組みを日本でもそのとおりやればいいだけの話ですよね。

 

結婚できないような低所得者層を完全に除外して「答えは簡単です」と言ってしまっている。
私のような氷河期世代熟年結婚以外の選択肢はほとんどないが、それで人口が増えないとでも思っているのだろうか?結婚や出産についての価値観の多様化は少子化問題を考える上での前提で、フランスも価値観の違いを取り入れて出生率を増やしてきたはずである。
出口氏が低所得者層が結婚できないのを完全に問題外にして「答えは簡単です」と言うのは、自分に少子化問題を解決できないのがわかっているからである。

news.yahoo.co.jp

日本には定年という慣習がありますが、僕にいわせれば「実に愚かな仕組み」です。「何歳まで働くか」はよくある問いかけですが、年齢に意味はありません。

 

派遣社員を直接雇用して終身雇用制を打破するまで、定年はあった方がいい。

business.nikkei.com

言っていることは正しい。問題はこういうことを派遣の問題を絶対に語らない者が言うことである。派遣の問題を日本ほぼ全てが語らないことで完全犯罪が成立している日本人の同質性はどれくらいかということに全く考えが及んでいない。この同質性の高さで、既存知の距離の遠いダイバーシティがどれだけ実現できるというのか?
日本の知識人はどれだけスタイリッシュに表面を飾り立てても、本質は同質なのである。その同質性をごまかすためにスタイリッシュなことを言い続ける。
「せめてG7で真ん中あたり、アジアでもトップ5には入ってほしい」と言うが大間違いで、先進国のトップクラスに日本はならなければならない。そうでなければ、中国を封じる経済力とはならない。
出口氏は中国の圧迫を受けている日本を「正しく現状認識して」いない。なぜなら根本が他者と同質だからである。
そしてイノベーションを起こすことができず、結局合理化を唱えるようになる。その繰り返しが起こるだけである。
都構想は画期的だが、都構想を含めて知識人の主張を全て取り入れて改革を行ったところで、日本の国際競争力はその順位をひとつかふたつ上げるのが関の山である。
そして表向きスタイリッシュに飾り立てて合理化を唄いながら、個人を自由にして多様性を生み出す政策は人気取りとして一時的に取り入れながらも必ず潰す。

多くの知識人の経営についての話を見てきたが、正直私にはほとんどわからなかった。
それは自分に経営の才能がないのではないかと思わせるほどだったが、鴨頭嘉人氏の動画を見てその理由がわかった。誰も現場のマネジメントを語っていないのである。鴨頭氏だけが現場のマネジメントを語っている。
知識人が現場のマネジメントを語らないのは、現場の不正は放置したいからである。私はマネジメントとリベラリズムは一致すると思っているが、知識人達はそれぞれを別のものとしておきたいのである。知識人、または経営者にとっても、現場は抑圧の場でしかないのである。
そしてデータの改竄などの問題も放置され、何年か経ってそのしっぺ返しを食らうことになる。
こんなことで国際競争力を向上できる訳ないだろう。

だからベーシックインカムを本気で実行する気があるか否かは、今日本の問題が最も集約されている派遣の問題を語るか否かである。派遣の問題を語らないならば、ベーシックインカムもまた闇に葬られるだろう。

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