物事を考える時は、徹底的に論理分解をする。その際どんなに似たものであっても、違うものは違うと認識し、AとA’の違いであっても別のものだと思う。またどんなに表現を変えていても、同じものは同じだと認識する。
人の言うことより論理を重視する。証拠のない推測は、証拠、証言があって論理のない主張よりも上位である。証拠主義は裁判の論理であり、人を罰するための論理である。証拠主義は人間が自らの行動を決めるためにある概念ではない。この考えを突き詰めれば、「推測が全て」という思考を身につけられる。しかしこの思考に辿り着くには、希望的観測を徹底して排除しなければならない。
人に自分を理解してもらおうと思わない。特に争っている場合、争っている相手に自分を理解してもらおうと思わない。
人と共感し合おうと思わない。根本的に人間は一人だと思うこと。人の共感を得たいという気持ちが、AとA’を同じものだと思わせ、論理力を低下させる。論理力が低下すると正しくものを見ることができない。
物事に優先順位をつける。順風満帆でない時、大事なことは常に一つしか選べない。
結果には拘らない。理想をもって現実否定の言い訳にしない。人生の目的は事をなすことではなく、事をなす努力をすることにある。
事をなす努力をすることはまた幸せでもある。幸せは何かの結果得られるものではない。
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