坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。新ブログ「人の言うことを聞くべからず」+を開設しました。古代史、神話中心のブログです。

ケネディ神話の実像に迫る

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進撃の巨人を考える』のシリーズを更新しようと思ったが、イギリスのEU離脱であちこち話が盛り上がっているので、国際政治の記事を書くことにした。 しかし今まで国際政治の記事を書いていないので、下準備ができていない。そこで今回はイギリスともEUとも関係のなさそうなケネディのことから書く。今回とあわせて、国際政治関連の記事を三回に分けてやる予定である。


 「神話」とまで言われたケネディの軌跡。一体ケネディの何が神話なのか? アメリカの政治であることもあり、私には歴代大頭領とケネディの比較は難しい。 ただ私は、ケネディはアジテーターだと思っている。アジテーターだというのは、セオドア・ソレンセンが書いた演説の草稿のことでも、ケネディがそれに手を加えたことでもない。ケネディの本質がアジテーターなのである。

 周知のように、1960年の大統領選時は、公民権運動の真っ只中だった。 「今日も人種隔離を!明日も人種隔離を!永久に人種隔離を!」と言ったのは、1963年にアラバマ州知事に就任したジョージ・ウォレスだが、ウォレスの言葉はアメリカの差別の根強さとして人に受け止められている。 しかし私は逆に、ウォレスの言葉を焦りと見る。1960年当時、多くの白人からの同情が黒人に、そして公民権運動によりしばしば逮捕、投獄されるキング牧師に向けられていた。

 そこでケネディが大統領選に出馬した。 「お若いの、どう見たって早すぎるわ」と、彼の若さを咎める老婦人に、 「いいえ、今年こそ私の年なのです。私の最高の年が今なのです」 と答えるケネディ。 42歳という若さ、アイルランド系、カトリック。全てがケネディに不利な材料だった。その不利さが、同情を受ける黒人、キング牧師と被ったのである。

 自らを公民権運動に邁進する黒人達と被らせたうえで、ケネディはニュー・フロンティア政策を打ち出す。戦争、差別、貧困の克服を目指すこの政策は抽象的で、際限のない課題の大きさを思わせる。

人々はケネディを、無限の高みに挑戦し続ける若者のように見る。無謀たが、背中を押してやりたくなる。 マイナスをプラスに変え、さらなる無謀な挑戦を演じたのが、ケネディの大頭領当選に果たした部分は大きい。そして大頭領に当選した後、

国が諸君のために何ができるかを問い給うな。諸君が国のために何ができるかを問い給え。

 

と、ケネディは言う。この言葉でアメリカ人はケネディになる。「神話」の始まりである。


 それではケネディの大頭領としての力量がどのくらいかと言うのは、先に述べたように、外国のことでもあり判断が難しいが、なんとなく私が思っていることは、暗殺されなければ、ケネディの評価は今ほど高くなかっただろうということである。

 例えば、カーターと比較して見るといい。カーターはCIAの予算の削減により、イラン革命テヘラン大使館人質事件などを起こし、「弱腰外交」と批判されたが、元々CIAの力を弱めようとしたのはケネディである。

 またケネディは、ベトナムから撤退しようとした。逆にベトナムへの介入を強めようとしたという意見があるが、ここでは通説に従う。 ケネディは、大国アメリカがその力で世界の国々を思うように動かそうとするのに否定的で、それぞれの国々の成り行きに任せるのが正しいと思っていた。それをやったのがカーターである。落合信彦はカーターを批判したが、その落合はケネディの信奉者だった。

 それではなぜカーターが批判されてケネディが評価されるかと言えば、カーターの外交がアメリカに不利に働いたのと、ベトナム戦争が悲惨だったからだが、それだけではないと思う。 ケネディソ連と部分的核実験禁止条約を締結した。 これは核軍縮交渉の始まりであると同時に、核拡散防止の起源でもある。実際ケネディが暗殺されて5年後に、NPT条約が締結される。

 ならばケネディが生きていれば核軍縮、核拡散防止に多大な成果をあげるだろうと考える者がいるのは当然である。 そしてベトナムからの撤退を考えていたケネディは、それぞれの国の有り様をそれぞれの国々に任せようとした。それは世界の多様性を認めるということであり、ならばケネディが生きていれば、世界中の国々がその多様性を認められていたと考える者がいるのも当然である。 しかし、核不拡散と多様性が認められる世界像は、基本的に両立しないのである。

 今ではほとんど不可能だが、アメリカの世界戦略は、各地に親米国を作り、その親米国に反米国を叩かせるか、各地の親米国と共同して反米国を叩くかである。そのようにして、各地で覇権を維持しなければならない。なぜならそれは、核不拡散が最大の目的だからである。

世界の多様性を認めて、反米的な地域を形成すれば、核拡散に歯止めがかからなくなる恐れがある。 良くも悪くも、我々はそのような世界に生きているのである。

よくナショナリストで、 「世界中の国々が核を持てば、核抑止力によって世界は平和になる」 と言う者がいるが、私はその意見に絶対に与しない。 そのような世界で生きられるとは少しも思わないが、そのように言うナショナリストは誠実さも持っている。そのナショナリストは日本が完全な主権を持っているという前提で、主張を一貫させようとしているのである。

 アメリカに世界の警察をしてもらうということは、潜在的に諸国が主権をアメリカに譲り渡すことであり、我々にできる第一の選択は、親米か反米である。 このように考えて見ると、ケネディ暗殺の秘密が隠蔽されている理由も見えてくる気がする。 ケネディベトナムから撤退しようとした。 

「やっぱりそうか」と思うだけだろう。 ケネディ軍産複合体に殺された。 

「やっぱり」と思うだろう。しかし我々が予測する以上の真実は、もう出てこないのではないかと、私は思い始めている。

 ケネディ暗殺に大きな秘密があると我々が思うほど、ケネディが核不拡散と世界の多様性を両立させる人物として崇拝し、ケネディと同じことをやろうとする人物が登場しても「弱腰」と批判し、その矛盾に気付かず、気付かないだけ現状の体制が支持される。

 もしそうなら、我々はケネディ神話を虚構と見なし、「神話」のない世界の体制を模索しなければならないのである。


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