坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

ムスカに強姦される前のシータを取り戻す道~『来世は他人がいい』

いや~表紙に騙された!

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この表紙を見れば、男がろくでなしだとわかってるけど男が好きで好きでたまらない一途な女を見れると期待したのに、3巻の時点で一ミリも男に惚れていないwww。
そんな恋愛マンガ、いやこれは恋愛マンガなのかと疑問を持たせてくれる作品がこの『来世は他人がいい』である。

染井吉乃は関西最大の指定暴力団桐ヶ谷組直系染井組組長染井蓮二の孫娘で、美人だがヤクザの孫として学校では嫌われ、「梅田のホステス」「バツイチ子持ち」「美人やけど3日で飽きる顔」などと散々な陰口を叩かれている。そのため17歳になっても男っ毛がない。
そんな吉乃だが、染井組が関東最大の指定暴力団砥草会直系深山一家との和睦をきっかけに、深山一家の深山萼総長の孫深山霧島との縁談の話が進み、東京で暮らすことを蓮二に勧められる。
気が進まない吉乃だったが、試しに東京で霧島に会った印象は極道の家に生まれたとは思えない「普通のいい人」で、半ば流される形で吉乃は東京で暮らすことになる。
離れではあっても霧島と同じ家で暮らし、霧島と同じ学校に通うことになる吉乃。しかし「普通のいい人」と思っていた霧島の異常さに、吉乃は少しずつ気付いていく。霧島は自分が女子に持て囃されるのを気にしないので「嫌じゃない?」と聞くと「別にどうでもいい」と答えたりする。心底どうでもいいと思っている様子が気になって寝つけないでいると、真夜中に霧島が両腕を血だらけにして帰ってくるのを見かける。
一方霧島も、吉乃に対して距離を取るようになっていって、理由がわからず吉乃は戸惑う。
霧島に街で買い物に付き合ってもらって、霧島から離れた隙にナンパされ、断ろうとして強引に連れ去られようとしたところで霧島がナンパ男達をボコボコにする。
返り血を浴びた霧島が上着を脱ぐと刺青があるのを見て、吉乃は思わず霧島の手を振り払ってしまう。しかしここで、

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と言って、霧島は本心を吐く。霧島は女に嫌われてる女が好きで、女友達なんか一人もいないような女に人権無視でメチャクチャに振り回されるのが最高に好きだという。吉乃がそういう女だと思ったら普通過ぎて飽きてしまって、相手にするのさえ面倒臭いとまで言ってしまう。
それだけでなく、自分にとって吉乃は何の価値もない思わないだから「体を売って」風俗で稼いで貢げ、それが嫌なら大阪に帰れとまで言うのである。
現代の話とはいえあくまで政略結婚の一環で、本人の意思が尊重されないことはないとはいえこれは染井組を激怒させるだろう。しかし、

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と霧島は言う。
さらに大阪同様、東京でもいじめに遭う吉乃。大阪に帰ろうかと思っていたところ、蓮二から「霧島を自分に惚れさせて、一年経ったら容赦なく捨てて帰ってこい」と言われる。
ブチ切れた吉乃は二週間姿を消し、再び霧島の前に現れて四百万円を渡す。なんと腎臓をひとつ売ってきたという。文字通り「体を売った」のである。
そして「私なんかこれから先どんだけ真面目に生きても碌な死に方せいへんねん」

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というと、

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俺の人生もメチャクチャにして!!( 〃▽〃)

以降、吉乃は四六時中霧島のストーカー行為に悩まされることになるwww。

この当たりから吉乃の印象が変わってくる。
赤座興業の娘が行方不明になった事件では、吉乃が赤座興業の娘を見つけてクラブに乗り込むが、霧島が大立ち回りをするのに対し吉乃は殴られて倒れる。しかし霧島の強さを見て「うちが弱いだけや」とドライヤーで殴った男を殴り返したりする。また大阪から来た鳥葦翔真(蓮二が実質養父の血の繋がらない家族)には「キレたら何しでかすかわからん」と言われたりする。変化というよりキャラ変わってるwww。
一方霧島も変化していく。
霧島には他に付き合ってる女が大勢いるが、その一人に本命の吉乃のことを話すと(相手は彼氏持ち)、「怒ってる顔しか見せないなんて嫌われてるんじゃない?」と言われる。また「大阪に好きな男いるかもしれないし」と言われると「俺に黙って付き合い始めたら最高にゾクゾクする」とそこはM性を発揮しているwww。しかしさすがに気になって、「怒ってない顔も見たい」と吉乃が住む離れに無断で入り込んで寝顔を見たりしている。
二人の変化に合わせて、ストーリーも真相に迫っていく。何故吉乃の深山一家に送られたのかについて、翔真は「関東との抗争の布石の可能性がある」と言い、霧島はそれを否定する。そして霧島は蓮二が吉乃を霧島と結婚させる気は微塵もないのは確かだと言う。
吉乃は「どないかして霧島に勝ちたい」「いざとなったら殺される前に殺したる」「あの男にだけは何があっても隙見せへんように」なんてことを毎日考え、また霧島が距離感を感じるようになると「また飽きたか」と悩む。そして衣替えをしてるところを見られて「大阪帰るのかと思った」と霧島に言われると、「あんた私を殺そうとしてるわよ」という。

霧島の行動は理解しがたいように見えて単純で、ニヒリズムが高じてサドとマゾが極大化しているだけである。吉乃に限らず霧島は女性に優しく低姿勢で、何を言われても怒らないが、それはニヒリズムのために他者への関心が全くないからである。
霧島の中では全ての価値が崩壊しているので、霧島は刺激だけを求めている。だからサドもマゾも霧島にとっては同じで、破滅の予感さえ刺激としてしまう。
そんな霧島が変わっていくのは「(吉乃に)嫌われてるかも」と言われたからで、他者に関心がない代わりに、他者に嫌われてるかどうかも霧島は気にしてこなかった。だから「誰かを嫌いになったことがない」と、これ程メチャクチャな男が言ってもそれは嘘ではないのである。それが「怒ってない顔も見たい」と思うことで、霧島に他者への関心が芽生える。さらにそれが翔真の登場で恋愛感情に発展するのである。
一方の吉乃は、女子高生なのは外見で、中身は「梅田のホステス」「バツイチ子持ち」である。「梅田のホステス」などは吉乃の未来と言った方がいいかもしれない。それが周囲に抵抗することで「キレたら何しでかすかわからん」と言われるようになる。
しかし一方で、吉乃は霧島に「吉乃ほど適応能力の高い人を他に知らない」と言われる。また「危機管理能力が多少欠如してる感は否めない」とも。
その感想を、霧島は蓮二に話すのである。霧島は蓮二の意図を聞かされているか、あるいは見抜いているのがこれでわかる。
蓮二の目的をそれらしく言おうと思えば言えるが、それをすると作者の真意からずれてしまいそうである。有り体に言えば、蓮二の狙いは吉乃の社会勉強である。
そしてヤクザの世界を描いているように見えて、実は描かれているのは日本社会である。ひとつの縁談が抗争に発展すると思うのは、疑心暗鬼になっているからで、そうなる理由は吉乃が人間の表層しか見ていないからで、表層しか見えないのは表面的な勝ち負けに囚われているからである。
「吉乃は窮地で普通は生活を始めるような感じ」と言っているが、実は大抵の日本人がそうで、ヤクザの世界を描くことでフェイクをかけている。そして大抵の日本人は、自分が窮地で生活していることに無自覚なのである。
また吉乃は、従姉妹の椿に「執着されてるのか好かれてるのか見極めた方がいい」と言われているが、実は執着しているのは吉乃の方である。
執着も恋愛の低レベルな形だと思っていたが、根本的には別らしい。
執着の場合、嫉妬も刺激となるのは確かだが、嫉妬で執着し続けるのは限界がある。しかし霧島はニヒリズムにより価値崩壊しているから刺激だけで執着が可能で、吉乃は霧島に他に女がいるのを知っているが、一ミリも惚れていないから執着し続けることができる。

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霧島の不気味さを表しているようで、これは話を引っ張るためのフェイクなのである。何故なら執着は、相手がその気になれば消えるものだからである。霧島の感情が恋愛に変わっても、霧島を規格外だと思っている吉乃は自分が「勝ってる」ことに気付かないwww。再び霧島が自分に飽きたと思った時も、吉乃は誰かからの視線を感じているが、それが霧島の愛情の眼差しだと気付かないのである。
なお「執着か好かれているか」の話の直後に、霧島と関係があった気になる女性が登場するが、ストーリーがどう展開するかはともかく、「好かれている」ことを確認する流れとなるだろう。

椿は吉乃の従姉妹で、蓮二の愛人の孫でこういうところはヤクザらしいとも言えるが、これは血縁的な距離を生む細工でもある。
霧島は若い時の祖父(実際は大伯父)の萼と瓜二つで、吉乃は蓮二を女にしたようだという。そして椿は蓮二を「神がお創りになられた芸術品」とまで言うが、これは椿に百合要素も持たせているのである。つまり椿の好意は吉乃に向かっている。
吉乃は椿の伝手で腎臓の摘出をした、と思っていたのだが、実は腎臓は摘出されておらず、代わりに血を1500ml抜かれていた。
後遺症が残る可能性のある量の血を抜かれたのだが、椿は「あの男に舐められるくらいやったら死んでもいい」と吉乃が言うので、「命くらい懸けてもらわんと割りに会わんでしょ?」と思ってそのようにした。血を抜いたのは嫉妬の表現である。
その椿に、霧島は初めての高い買い物の話をする。霧島が初めてした高い買い物は大阪までの自由席の切符で、中1の時、吉乃に会うためだった。この時は吉乃に会えず、それ以前も会ったことはない。会ったこともなく憧れていたのである。
11~13歳の頃は、『スタンド・バイ・ミー』のように強く思い出に残りやすい時期である。また女性に強い想いを抱きやすい時で、女性の理想像が形にならなくて妄想が入ることも多いが、それでも性を意識し始めたこの時期に、男は乏しい想像力で懸命に理想の女性を想い描く。
霧島の心境はそこにたどり着いている。吉乃の中に、

なぜムスカはシータの髪を撃つのか?~『天空の城ラピュタ』論 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べた、ムスカに強姦される前のシータの姿を見出だしている。霧島にとって、吉乃は「梅田のホステス」でも「バツイチ子持ち」でもなくなっているのである。
そんな霧島に、椿は「もしアンタがほんまにどうしようもないクズ野郎に成り下がったその時は覚悟しときや」

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と言う。言ってることはおっかないが、「頑張れ」と言っているのである。

道徳を説いても通じない時もあり、むしろ道徳が通じない場合の方が多い。
『来世は他人がいい』はそういう者達に、むしろ闇の中で自らの進むべき光を見つけろと説いているのである。

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