坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

日本型ファンタジーの誕生(38)東京喰種∶7〜カネキの非暴力主義の末路

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「結構弱い動機なんですよ」とカネキは言う。後にカネキは「何もできないのは嫌だ」が口ぐせになるが、作者はカネキを一見、どこまでも青臭い人間であるかのように描いている。しかしこの見かけは作者による偽装であり、カネキの心境はかなり成熟している。

また「悟った」者は、当然人命も尊重する。「人の命は地球より重い」という言葉は陳腐だが、「悟った」者にとっては真実である。
「悟った」者は一人と三人の区別がないし、一人と5000人も区別しない。一人と一国の住民の命の重さも問わない。既に危険思想である。

 

「悟る」ということについて - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べたが、カネキはこの境地に入っている。カネキは人数の多寡を価値判断の根拠としていないのである。カネキは論理的には喰種のために戦う理由を、少なくとも充分には説明できないが、カネキの戦う動機は弱い訳でも迷いがある訳でもない。「多くの人間は僕にとってどうでも良かった」とカネキは言う。表面的なヒューマニズムが剥がれた後の、カネキが守りたい者への思いは非常に強い。

カネキは隻眼の王として、「あんていく」の仲間と0番隊、「アオギリの樹」の残党を糾合して「黒山羊(ゴート)」を結成する。そして人間達に「強制的に話し合いのテーブルについてもら」い、人間と喰種が分かり合うことを目的とする。
そして「大衆」を暗示する喰種集団ピエロがCCGの各支局を襲撃する中で、「黒山羊」はCCGに味方することでデビュー戦を飾ろうとする。「黒山羊」が人間の味方であることをアピールするのが狙いだ。一方で怪我の治療のために喰種のRC細胞を取り込み過ぎた真戸アキラを救うために、「黒山羊」のデビュー戦と同時進行でCCGのラボに潜入し、Rc抑制剤を入手する計画を立てた。ピエロ騒ぎでCCGの警備が緩んでいるのを逆手に取ろうというのである。カネキはまずピエロからのCCG本部防衛戦に参加し、30分経ってから「黒山羊」の指揮を月山に任せ、ラボに向かった。ラボ潜入班はカネキの他、霧嶋アヤト、滝澤政道、安久クロナである。
ラボ内では職員が亜門鋼太朗を眠らせていたカプセルを開けてしまい、亜門が暴れ出す。カネキは意識を失っている亜門に強く同情し、亜門を止めるために戦おうとするが、アヤトに止められる。

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亜門とは滝澤とクロナが戦い、Rc抑制剤を手に入れるという目的を手に入れたカネキは、滝澤とクロナを置いて引き上げる。
一方、CCG本部防衛戦は、ピエロと戦う「黒山羊」を旧多が攻撃することで、「黒山羊」が人間の味方だと認知されず、ピエロとCCGの謎の武装集団「V」を相手に健闘することで「黒山羊」の存在感を世間に印象付けることには成功した。

意識を取り戻した亜門とカネキ、アキラが話をした後、カネキと「黒山羊」がどうなったかといえば、

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CCGによって追い詰められ、喰種は地上に住むことができず、24区の地下で暮らすようになっていた。
なぜこうなったのか?「黒山羊」はCCGに対して十分に存在感を示すほどの力を持っていたのではないのか?これは

『進撃の巨人』を考える① - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で見た、突然超大型巨人が現れることで、唐突に死に直面したような印象を読者に与えるのと同じ効果で、読者に唐突な挫折経験を与える。
カネキは「隻眼の王」として、喰種を率いて確かに健闘していた。しかし旧多はオッガイを使い、市中に紛れ込む喰種を確認する手続きを取ることなく、オッガイの嗅覚だけで喰種と判断して殺すという蛮行を重ねていた。オッガイの横暴にはCCG内でも反感を持つものが多くかったが、旧多はこの方法で喰種の殲滅率を上げていた。
カネキはCCGとの戦いで、捜査官の命を奪わず、クインケを奪って捜査官を無力化する戦いをしていた。
『東京喰種』はバトルマンガなのでバトルは欠かせないが、これは非暴力主義の表現である。「喰種が恐ろしいものだと思われたら、たとえCCGに勝利してもまた争いが生まれてしまう」とカネキは言う。「クインケではなく捜査官の首を見せるべきだよ」と月山はカネキの方針を批判するが、また「いつからそんなに喰種の未来を想うように?」とも、カネキの心境の変化を感じ取っている。

この後、食糧難の喰種の食糧を確保するため、カネキは富士の樹海の人間の死体を食糧とする計画を立てる。しかしそれにより手薄になったアジトをオッガイと鈴屋班が急襲する。
虫の予感がしたカネキは、一人だけ引き返し、鈴屋什造と戦って惨敗する。

「黒山羊」の初陣と並行して行ったCCGラボ潜入作戦は、Rc抑制剤の入手を目的とした場合、決して悪い作戦ではない。
しかしRc抑制剤の入手は、「黒山羊」にとって優先事項ではない。優先事項は「黒山羊」が人間の味方だと世間に理解させることである。Rc抑制剤の入手はカネキの私情とまでは言えないにしてもそれに近く、組織的な目的から程遠い。
カネキは「黒山羊」の初陣に30分参加しただけで、Rc抑制剤入手という優先順位の低い作戦に従事した。初陣に最も必要だったのは、有馬貴将さえも倒す「隻眼の王」の力だろう。加えて「オウル(成功体)」滝澤の力も欠かせなかっただろう。旧多がビエロと戦う「黒山羊」を攻撃するならば、両方ともねじ伏せなければならないからだ。

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瓜江の言う通りである。

この記事を書くために、

ディートリヒ・ボンヘッファーとガンジー - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

が必要だった。
非暴力運動を誰かが死なないために行うものだと思うと、誰かが、それも多くの人が殺された時、非暴力運動の指導者はその責任に耐えられず、自分一人が犠牲になればいいと思い、非暴力運動の同士から離れて、暴力を振るう根源、ロシアの皇帝やヒトラーなどを殺すことで問題を解決しようとしてしまうのである。そしてたった一人に対してでも暴力を振るうことで、非暴力運動は潰えてしまう。
元々カネキは、人間達を「強制的に話し合いのテーブルにつかせる」ことを「黒山羊」の目的としていた。それならば捜査官の命を奪ってでもCCGの力を弱めるべきであって、「命を奪わない」ことで手心を加えても、敵を増長させるだけである。そして実際そうなった。
「強制的に話し合いのテーブルにつかせる」ことは、カネキの代わりに丸手斎が実践する。
そして多くの同胞を殺され、自らも鈴屋に破れたカネキは「竜」となる。

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