坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

日本型ファンタジーの誕生(27)~『東京喰種』3:「父殺し」

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男性諸君、痛そうにしないwww。

『東京喰種』には、「父殺し」の話が溢れている。
「オークション戦」に「睾丸潰し」のナッツクラッカーが登場するのは、「睾丸を潰した者」と戦うことに発破をかけるためである。そしてこの場合は、鈴屋什造に発破をかけている。
無印の『東京喰種』で、鈴屋は恩師の篠原の負傷により更正した。しかしそれで十分ではなかった。鈴屋は自分の睾丸を潰したビッグマダムと戦い、男としての自分を取り戻さなければならなかったのである。
ビッグマダムに鈴屋は、「傷だけが、あなたから貰った何かでした。傷だけが懐かしい」、

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と言う什造にビッグマダムは「私がお前を飼ってたのは、たまたま造形が良かったからだ。お前なんか一度も愛してーー」と言ったところで斬られて果てる。
什造が愛情を示し、ビッグマダムがそれを否定する。

日本型ファンタジーの誕生(25)~『僕だけがいない街』3:父殺し - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で藤沼悟が八代学を肯定し、八代がそれを否定したのと同じ構図で、什造がビッグマダムを肯定し、ビッグマダムがそれを否定する。
そして「さよなら、お父さん」と什造は言う。ビッグマダムは女装した男だった。「父殺し」である。
ル島戦でも、滝澤政道のタマを六月透が潰している。
滝澤は芳村の赫包を移植された人工半喰種の成功体「オウル」である。一方透は過去に自分を虐待した父親を家族ごと殺し、また同じく父親を殺したトルソーを殺した。

共依存社会 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べたように、父親を殺し、父親を殺したトルソーを殺したトオルは強力なクイーン・ビーになる。そして成功体「オウル」ですら、「父を殺した者」に「父を殺さない者」は敵わないのである。

東京喰種:re』54話のタイトルは「娩児」である。つまりカネキはこの時生まれたのである。この時佐々木琲世は消え(後に完全に消えていないことが判明するが)カネキケンの人格が復活する。
しかし何と悲しい復活劇だろう。

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カネキが愛した母親は、カネキに暴力を振るう親だとこの時判明する。「無印」では、カネキの母親はカネキにとってはひたすらにいい母親だった。カネキは暴力を振るわれた記憶さえ自分で消していたのである。その記憶が、カナエ、そしてエトの猛攻により甦る。
「誰かのためにカッコ良く死にたい」とカネキは言い、ハイセがそれを了承する。カネキは死ぬために生まれ、復活したのである。

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「夢はもういい」に「おやすみ、ハイセ」とルビが振られている。
このカネキは、最初の頃のカネキ同様髪が黒い。
ハイセは、ストーリーが進むごとに髪が黒くなる。というより、カネキの記憶が戻る度に髪が黒くなっていく。ネットでは最初の頃のカネキを「黒カネキ」、このカネキを「闇カネキ」と呼ばれている。そう呼ばれるのは、

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このように、言動が荒っぽいからである。

そして、生まれた以上父親も、母親もいる。
この場においての「母親」はエトである。生まれてすぐに、カネキは「母親」と戦う。「君は何しに?妨害?破壊?暇潰し?」と尋ねるカネキに、「最後者かしら。間近で見たいもの。月山とカナエと捜査官のあなた、誰がどう殺し合うのかとっても興味深い」と答えるエト。
虐待された「姉」カナエの怒りも背負っていたのかどうか、カネキはエトとの戦いに勝利する。そして、

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「母」が「子」を誘う、近親相姦の図である。
「私、あなたが好きになったわ、私達とっても似てるもの」
と言うエトの上半身を切り離し、落ちていくエト。しかしその直後、「光栄だな、高槻先生」と言うカネキ。カネキは「誘い」に乗ったのである。
その後カネキはエトの身辺を荒い、エトが喰種である証拠を掴む。しかし逮捕されたエトは、「隻眼の王を殺してくれ」とカネキに言う。
カネキはエトが「隻眼の王」だと思っており、「意味がわからない」と戸惑う。
その一方で、エトは新作の小説『王のビレイグ』を発表、「ビレイグ」は北欧神話オーディンの別称で、「片目を欠く者」の意味。主人公の隻眼の喰種「名無き」が王として喰種を率い、世界に反旗を翻す英雄劇である。佐々木琲世の「ハイセ」はドイツ語で「名無き」の意味であり、カネキを「隻眼の王」にする準備が進められていく。
そうした中で、ル島の「アオギリの樹」の殲滅作戦が開始され、カネキはそれを利用して、コクリアを破り、笛口雛実を開放しようとする。
しかしヒナミを開放しても、CCG最強の捜査官の有馬貴将がくれば、カネキもヒナミも殺される。だからカネキは、自らが盾となり、自分が有馬に殺されることでヒナミを救おうとする。

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この想いを、忠実に実行しようとしたのである。
「コクリア破り」ではカネキだけでなく、アヤトと万丈、四方とトーカも参戦する。しかし有馬貴将が到着し、カネキはみんなを逃がして有馬と対峙する。
「あとでね」とカネキに声をかけるトーカ。「一緒じゃなくていいのか」と聞くアヤトに、「私達がいたら、あいつは勝とうとしないで守ろうとするでしょ」とトーカは答える。
その通り、後のことなど考えてなかったカネキは「キツいな」と呟く。生きることがカネキにとってプレッシャーなのである。

エトが「母親」なら、カネキの「父親」は有馬貴将である。
いや、「母親」はもう一人いる。それが真戸暁だが、アキラはしばらく脇に措こう。作中では、有馬が「父親」であることが何度も暗示されている。

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ーー結局、あなたが望むような捜査官にはなれなかった。あなた視点、“喰種に同情をかけ…「コクリア破り」を敢行しようとしている…あろうことか”ーー恩師であるあなたに刃を向けて。……怒っていますか。それとも悲しんでいますか

 


琲世(ぼく)はあなたの期待に応えようとした。なのに、戸惑いも、躊躇も、貴方は見せない。有馬さん…本当は戦いたくないです…

 

カネキは有馬がわからない。
それは、共依存の被害者が、共依存の加害者を理解できないからである。
共依存の加害者は、共依存の被害者を「なぜ間違っているかわからない状態」にする。被害者は加害者の意に添うように努力するが、加害者はその度に撥ね付ける。だから「わからない」が増えていく。
そして「わからない」以上、カネキは有馬に反逆できない。しかし「わからない」が増えていくこと自体が、反逆の兆しなのである。

無意識の中では、カネキの有馬への憎悪は頂点に達している。

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カナエとの戦いで窮地に陥った時も、有馬に殺されそうになったことを思い出して「有馬殺す」と言っている。
共依存の加害者は行動に一貫性はないが、目的はひとつ、被害者の人格を殺すことにある。
有馬の場合、喰種としてのカネキを殺すことにある。だから「喰種に情けをかけるな」と言う。

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と、「喰種」としてのカネキが暴走した時も、「限界を引き上げればいい」と言い、「上半身と下半身のラグをなくして」などと理論的な指導をするが、そんな理論より、カネキの方が強いのは明らかである。もっとも、このような相手の本性を殺した指導は、時に恐ろしいものを生み出すことがある。

真戸暁は、カネキの本性を殺すための「母親」である。
ハイセがカネキとしての記憶を探ろうと、亜門鋼太朗を調べようとすると、アキラが止めにかかる。ハイセが記憶の無い不安を訴え、「ハイセじゃない」と言っているのに、

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と、やはりカネキであることを否定する。

「絵や文章、創作物で同一の表現を繰り返してしまうのは、それはその表現が得意だからではなく、根底にコンプレックスを抱いているからだ」と、カネキは趣味の読書から、有馬の「文脈」を読み解こうとする。
有馬は緑内障で、右目の視力がなかった。それを利用して反撃しようとするが、

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たちまち両足を吹っ飛ばされてしまう。

「645回」、俺がお前に「致命傷を与えることができた回数」だ。同時に、「それを見過ごした回数でもある。二秒で殺せる。お前の目は死人のそれだ……死人に俺は止められない

 

と言う有馬。「何を選んだんだ」と問う有馬に、「有馬さんを引き止めて…」と答えるカネキ。
「お前に払った時間は無駄だった」と、有馬はトドメを刺そうとするがカネキは反撃し、両足を赫子で形成、半赫者の姿になって反撃する。
それでしばらく持ちこたえるがやがて有馬に滅多斬りにされるようになる。
内心諦めていくカネキ。
しかし妄想の中に永近英良が表れ、諦めるカネキを説得する。
「君がいないと、寂しいよ」と言うカネキ。
「色々ゴタク並べて“死にたい”だの“消えたい”だの、お前は生きる理由が見つからねーだけだろ?」
「“誰かのために『かっこよく死ぬ』、命を懸ける?だっけ?バァカ、あのとき(カネキの窮地を救うために永近がカネキに喰われた時)俺は、「お前と生きたい」と思ったんだぜ?」
これで、カネキは新たな覚醒を遂げる。

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全くだwww。
これじゃ

日本型ファンタジーの誕生(24)~東京喰種2:ルナ・エクリプス戦はクィーン・ビーと「見棄てられたヒロイン」の戦い - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で「覚醒したカネキによる父殺しが始まる」と言った俺が恥ずかしいじゃねえか!!
ここで注目すべきはカネキの髪。一気に白髪に戻っている。
これは、どんなに乱暴に見えても、「闇カネキ」は黒カネキ、ヤモリに拷問される以前のカネキと同じだということである。
その違いは「反逆するかしないか」にある。

死にかけてようやく辿り着くいびつな景色。リゼさんもヒデもいつだって、結局ぜんぶ僕の中、僕から出たものでしかない。「僕が逢いたいひと」、「僕が言われたいこと、“ヒデならきっと僕を止めてくれる”、どこかでそう考えていた時点で、僕自身が願ってしまっていたんだ。生きたい、なんて

 

「君がいないと、寂しいよ」と言った時、カネキは戦えない理由を永近のせいにした。仲間のために戦っているから、戦えないのは永近のせいなのである。
それを永近は否定した。そして「かっこ悪くても生きろ」と永近に(妄想の中で)言われた言葉を実践していく。そしてこのカネキは、有馬の理論的指導と、カネキの本来の強さが融合したカネキである。

カネキは有馬を陽動し、その隙を衝いてクインケを破壊する。
有馬はクインケが破壊されても戦おうとするが、カネキは相手にしない。刺されてもそのままにし、「無意味だ」と言うだけ。
「俺を殺す気もないか」と言い、カネキが頷くと、有馬は自ら喉をかっ切る。そして自分が人間と喰種の間の半人間で余命幾ばくもないこと、カネキに自分が有馬を殺したと言うように伝えると、「ずっと嫌だった。奪うばかりの人生がやっとなにかのこせた気がする」と言って息絶える。
カネキに「死人に俺は止められない」と言いながら、自らは死を望んでいた。「子」の価値観を「父親」が否定することで、「父殺し」が成立する。
死んだ有馬に、「彼アイヌ、老いたる鷲」で始まる北原白秋の詩を詠む。元はカネキが有馬に「殺された」時に、カネキが自分のために詠んだ詩である。
すると、チェック模様の天井が消えていく。
この天井は、カネキが有馬に「殺された」時から、カネキの心象風景にあった。

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カネキは「気持ちの悪い雲」と呼んでいるが、要はヤモリの拷問部屋の床が反転しただけのものである。どんなに努力しても境遇が変わらない、カネキの苦悩を表している。この「雲」はカネキが強敵に勝つと消えるが、窮地に陥るとまた現れる。

この辺りからカネキのフルネームは「金木研」から「カネキケン」に変わる。まるで親に与えられた名前など、「ハイセ=名無き」だと言うように。
その後、カネキはエトに会い、有馬が「隻眼の王」だと知る。
「王」の座がカネキの目の前にあり、「座すも壊すも君次第だ」とエトは言う。
そして、カネキは最初ラスボスと思われた「隻眼の王」となる。

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