坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

日本型ファンタジーの誕生⑮~『亜人』2:女を救うのは男の本能である

亜人』で一番好きなキャラは田中功次である。

最初はむしろ嫌いなタイプだったけどいつの間にか好きにって何愛の告白してんだ俺はwww。

もちろん好きになった理由もちゃんとある。 最初の頃の田中

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ワルソ~。 

この頃の田中は人を殺すのが平気で、長い間人体実験をさせられたために強い復讐心を持ち、むしろ殺人を楽しんでさえいた。

 しかし佐藤がグラント製薬の爆破を計画した時、

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と近くにいた女子高生に声をかける。

 女子高生はキモがりながら退散。田中も「馬鹿野郎が」と言ってその場を離れる。

 そしてフォージ安全ビルでの戦いで田中は下村泉と戦い、下村に手錠をかけて動けなくする。しかし下村が亜人だと知った野次馬が下村にたかってきたのを見て、

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皆殺しwww 。

しかし田中は倫理で動いているのではないのである。 

フォージ安全ビルでの佐藤達のターゲットの一人、李奈緒美を見つけた田中は、李に銃口を向けるが、「あの時は…ごめんなさい」という李を撃てなくなる。李はフォージ安全社長の甲斐敬一の秘書として田中の人体実験に関わっていた。

 そしてその後李の手を引いて逃がそうとし、途中であった佐藤にも銃を向けて、李を助けようとする。

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長期の人体実験により、田中は人格が壊れていた。 

荒みきった田中が変わっていくのは、女性を助けたからである。 男が女性を助けようと思うのは、それが男の本能だからである。

田中は女性を何度か助けることで、壊れていた感情が正常化し、その感情が倫理感を目覚めさせる。そして田中は「人を殺すのは駄目だ」と言うようになる。 


もう1つ、違う作品の例を紹介しよう。

 『COPPELION』のお台場原発再臨界の阻止の任務の途中で、成瀬荊は強烈な眠気に襲われる。

コッペリオンには突然のアトポーシス(細胞死)で死ぬリスクがあり、眠気はアトポーシスの兆候だった。

 しかし仲間の黒澤はアトポーシスを防ぐ薬を開発していた。

それがイニシャライザー(初期化薬)で、それを飲むとコッペリオンは人間になる。

 黒澤は成瀬に放射能の無い潜水艦に戻って、イニシャライザーを飲めと言う。

しかし成瀬は「あたしはあたしや、今のままでいい」と言って拒絶する。

 黒澤は逡巡の末、

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これは、今まで見たマンガの中で、一番男前なセリフである。 『COPPELION』はディストピアな世界観を利用して、男が女同士戦いやパンチラなどを楽しむ作品で基本的には嫌いなのだが、ラストは考えさせられるところが多い。 

苛酷な任務では、何が正しい選択かの判断は難しい。その場合重要なのは、後悔しないことである。

 黒澤が成瀬に謝るのは、成瀬の命の責任を黒澤が負うためである。そして「薬のことは忘れてくれ」と言って、成瀬の退路を絶つ。

 俺がこんなに男前だとは言わないけど、感情を大事にできる者が、ここまで言える。そして感情を大事にできる者が、女を大事にできる。


 え?お前こそ女とケンカしてるじゃないかって?んなアホな… 




↓ 


ケンカしまくってる~!!!! 


いや山口紗世子は怒らなきゃだめでしょ。

あとid:nyaaat さんは女性だと気づかなかったのですが気づいていれば言い方は変えてましたです。


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自主憲法の台頭に備えよ

山口紗世子弁護士の懲戒請求について、日弁連の綱紀審査委員会は私の請求を棄却する決定を下した。 

「綱紀審査の結果、山形県弁護士会綱紀委員会及び日本弁護士連合会綱紀委員会第2部会の認定及び判断に誤りはなく…」

  うん、つまり全く調べなかったのね!!

弁護士が無能すぐるww③ - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

と比較してみよう。 この話は後に書こう 今年一番に腹が立ったのはコレ↓

ta-nishi.hatenablog.com

sakamotoakirax  アホか。安楽死の権利なんて主張せず死にたきゃ勝手に死ね。今の日本人は護憲や増税に反対して責任を若い世代に押し付けた年輩を恨んでいて、都合良く死んでくれることで責任回避を望んでるだけ。

 

とブクマをつけたが文字数が足らず、もう一言、「こんな連中の巻き添えになって死にたくはない」と付け加えたかったwww。 

年輩に腹を立てながら自分達で問題を解決しようとせず、そのために自分の首も絞まるからみんな道連れにしようとする。

 こういった風潮は、70年の護憲の歴史をリセットする自主憲法につながる。

 

 ケント・ギルバート氏の『米国人弁護士だから見抜けた日本国憲法の正体』なる本には、『憲法改正の比較政治学』という本を引用して、公職選挙法の改正は憲法改正の範疇だと主張している。

つまり日本は公職選挙法を改正しているから、実質憲法改正を行ったというのである。

 これは、国会決議で日本国憲法を破棄しようという、自主憲法論の布石である。

 もっともギルバート氏は安倍首相の憲法改正案を支持している。

自主憲法が成立しなくてもいいようにリスクヘッジをしているのだが、自衛隊の明記を第3項とする自民党案は憲法内容が矛盾し、改憲運動も護憲の歴史も終わらないのを、ギルバート氏は見抜いている。

なお、自主憲法が制定された場合、日本国憲法を押し付けたアメリカは、大澤真幸が『不可能性の時代』で述べた、「第三者の審及」の立場を失い、天皇制が「第三者の審及」となる。この場合、日米安保の維持は不可能とは言わないが、非常に困難になる。

 

集団的自衛権行使容認の行き着く先は、天皇主権の「自主憲法」 - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べたが、それはオバマ政権の話で、世界秩序の構築を必ずしも模索しないトランプ政権は、むしろ歓迎するだろう。

責任放棄によってアメリカ追従が強まる日本人の性格をトランプ政権は見抜いている。

 一方、改憲党のはずの希望の党が、いつの護憲の党になってしまったwww。

 民進党解体の時は踏み絵をして入党し、その後小池下ろしをして護憲の党へ。 お前ら火星で進化したゴキブリかよwww。

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希望の党玉木雄一郎代表は安倍首相の「改憲しても現行と変わらない」という発言を受けて、「ならば改憲も必要ない」と述べているが、いいのかね。

法曹界が尻軽すぎる - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で、自衛隊はやはり違憲だと述べたが、その後もう1つの解釈があるのに気づいた。

 それは個別的自衛権自衛隊を合憲とした場合、9条が国際法によってほぼ死文化されるという解釈である。

 砂川判決が岸政権の時代の判決なのを思い起こすべきだろう。

 自衛隊違憲とされるのか、憲法が死文化するのか、、砂川判決からは読み取れない。

 しかし憲法が死文化されると、国際法違反の条文を日本は作れないことになる。だから憲法は改正した方がいいのである。

 

 玉木氏は、憲法が死文化しているのを認めるのだろうか? 

もっとも日弁連集団的自衛権違憲だと言っているが、まーアレはコベツテキジエイケーンつーてりゃ詐欺横領し放題の犯罪組織なんでwww。


現在、リベラルの勢力が弱まり、その勢力が護憲に流れている。

 護憲とリベラルが70年の護憲の歴史の責任に耐えきれなくなった時、彼らは自主憲法に流れる。 

自主憲法が今後どれほどの脅威になるかと言えば、この国の方向を決めるほどの力は持たないと思っている。しかしそれでも警戒は怠るべきではないのである。 


70年の護憲の歴史は、間違いだとして切り捨てるしかない。 

そうなると、日本が歴史の連続性を感じて継続できるのは、一億総中流と言われた時代である。 現状のまま貧富の格差が広がれば、日本人は歴史的なアイデンティティを失うだろう。

第二次世界大戦とチャーチル - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

はポジティブな歴史の必要性を伝えたいためだけに書いた記事である。


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弁護士が無能すぐるww④

山口紗世子弁護士を懲戒請求した後、 

(こりゃ他の弁護士もなんかへましそうだなぁ) 

と思って3月に山形県弁護士会を通して弁護士を紹介してもらったところ、諸橋哲郎という弁護士に相談してもらうことになった。

 「どういった話でしょうか」 

「印税に関する情報を全く教えないということで…」

 「契約書は?」 と諸橋弁護士。 (来たな) 自分のペースで話を進めようって魂胆だ。 

実は鞄の中はぐちゃぐちゃで、契約書がどこにあるかわからないwww 本当は順序立てて話す気なんか全くなかった。この相談で聞きたいことはひとつだけだった。 


10分くらい探して、やっと契約書が見つかって諸橋弁護士に見せると、 

「相手が嘘を言っているなんて証拠なんかないじゃないですか」 と諸橋。 

「『嘘を言っている証拠がある』なんて言ってないじゃないですか!疑わしいという証拠があると言ったんですよ」 と、

弁護士が無能すぐるww① - 坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

で述べた、2016年3月のデータと一緒に2014年3月の手紙が入っていたことを伝えた。すると、 

「こんなの何の証拠にもならない」

 と諸橋弁護士、調べる気がないのがバレバレwww 

「及川弁護士は裁判をやっていく中で相手方から有利な情報を引き出していくしかないと言ってましたけどねぇ」 というと、 

「私は及川さんと同じ会社でもなんでもないんでね」 と諸橋。 

もちろん、及川弁護士の言うように、裁判で相手の情報を引き出せるなんて期待はしていない。 


「じゃ、国税通則法74条の2はどうですか?」 

「知りません」

 「ーー知らない?」 

呆れた。弁護士が国税通則法の条文について知らないと言ったのである。 

「関係ありません」 諸橋は言った。 

(言い直したって無駄だよ)

「これは、税務署が税金をとるための法律です」 と諸橋が言うので、私は条文を読み上げた。

第七十四条の二 国税庁国税局若しくは税務署(以下「国税庁等」という。)又は税関の当該職員(税関の当該職員にあつては、消費税に関する調査を行う場合に限る。)は、所得税法人税、地方法人税又は消費税に関する調査について必要があるときは、次の各号に掲げる調査の区分に応じ、当該各号に定める者に質問し、その者の事業に関する帳簿書類その他の物件(税関の当該職員が行う調査にあつては、課税貨物(消費税法第二条第一項第十一号(定義)に規定する課税貨物をいう。第四号イにおいて同じ。)又はその帳簿書類その他の物件とする。)を検査し、又は当該物件(その写しを含む。次条から第七十四条の六まで(当該職員の質問検査権)において同じ。)の提示若しくは提出を求めることができる。

一 所得税に関する調査 次に掲げる者

イ 所得税法の規定による所得税の納税義務がある者若しくは納税義務があると認められる者又は同法第百二十三条第一項(確定損失申告)、第百二十五条第三項(年の中途で死亡した場合の確定申告)若しくは第百二十七条第三項(年の中途で出国をする場合の確定申告)(これらの規定を同法第百六十六条(非居住者に対する準用)において準用する場合を含む。)の規定による申告書を提出した者

ロ 所得税法第二百二十五条第一項(支払調書)に規定する調書、同法第二百二十六条第一項から第三項まで(源泉徴収票)に規定する源泉徴収票又は同法第二百二十七条から第二百二十八条の三の二まで(信託の計算書等)に規定する計算書若しくは調書を提出する義務がある者

ハ イに掲げる者に金銭若しくは物品の給付をする義務があつたと認められる者若しくは当該義務があると認められる者又はイに掲げる者から金銭若しくは物品の給付を受ける権利があつたと認められる者若しくは当該権利があると認められる者

 

すると、 「私は税務署ではありません」諸橋は言いきった!! 

「これは我々が不正に収入を横領されないための法律じゃ…」 

「違うでしょ。税務署が税金をとるための法律でしょ」

 いや目的はそうなのだ。しかしそれが我々が不正の調査のために税務署に話せない理由にはならない。 

「じゃあ我々は聞けないんですか?」 

「聞いてみたらいいじゃないですか。聞いて下さい」 

「ーーもういいです」

 私は退出した。


 最後の「聞いてみたらいいじゃないですか」という諸橋の言葉には、もう1つ問題がある。

 国税通則法第77条

 不服申立て(第七十五条第三項及び第四項(再調査の請求後にする審査請求)の規定による審査請求を除く。第三項において同じ。)は、処分があつたことを知つた日(処分に係る通知を受けた場合には、その受けた日)の翌日から起算して三月を経過したときは、することができない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。

 

とあるように、処分から3ヶ月経つと不服申し立てができないのである。


 懲戒請求とは別に苦情相談もできるので、弁護士会から休日に電話を貰うようにした。 

昼頃に外食をしようと車を運転していると電話がかかってきた。

 電話に出れないので、昼食後にかけようと思ったが、 (向こうから電話がかかってくるだろう) と思って、そのまま寝てしまったwww。

 夕方、電話がきて目を覚ました。

 「県弁護士会副会長の羽生田と申します」 と電話の向こうから。

 私は一部始終を話して、 「実は私、2016年の8月に税務署に行って話をしておりまして、その際にもし不正があっても、秘密に関することは教えられないと言われております」 と言った。

 はーい、これで出版業界、役人、弁護士のトライアングルせーりーつ♪

 あ、もちろん録音も録ってますよ。諸橋弁護士との会話もね。 

まあ税務署が処分を理由に不服申し立てをはねつけた証拠を掴んだわけじゃないけど、刑法35条の正当行為でこの情報は教えられるし、公務員試験で六法も勉強する公務員が職務に関係する刑法35条を知らないはずないしねwww。 


諸橋が「聞いてみたらいいじゃないですか」と言ったのは、この77条を教えずに不服申し立ての権利を失効させる作為である。 

「弁護士はみんなぐるになってます。被害者の立場にたつ弁護士なんか一人もいないでしょ?」 

「いやぁ、結構いますよ」

 「名前あげられないでしょ?」 私が聞くと羽生田さんはやはり答えない。

最後に、

 「お電話ありがとうございました」 と羽生田さん。

 「いえいえ、電話を頂いたのは私の方なので」 

「……」 

電話もらったのにお礼言われちゃったよwww 


今の時代、法律の情報はネットですぐに手に入る。 

その程度の情報で嘘を言うようなレベルにあぐらをかいて弁護士が不正を続けていられるのは、日本の親の訓育が良くないからだろう。


 今月12日付で諸橋弁護士の懲戒請求を行った。 古代史、神話中心のブログ「人の言うことを聞くべからず」+もよろしくお願いします。

ドラゴンボールを考える⑥~「破壊神シャンパ編」

現在、アニメでは「宇宙サバイバル編」が佳境に入っているが、こちらは三週遅れくらいの「破壊神シャンパ編」www 


悟空が先鋒となり、ボタモに勝利するが、第6宇宙のフリーザであるフロストが毒針での動きを封じ、悟空の場外負けとなる。

 一見、悟空が戦いの場に到着していないか、何らかの理由で戦線を離脱し、最後に戦いの場に復帰して逆転勝利するという、原作以来のパターンの踏襲のように見える。しかし原作では、悟空の戦線離脱は不可抗力である。 

『DB超』でフロストに負けたのも、不可抗力と取れないことはない。 しかし、悟空は「SSJのままでいけると思った」と言っている。

 SSJBで戦ったとしても、フロストの毒針のリスクがなくなるわけではない。しかし危険な相手には、奥の手を出させる前に勝負をつけるのが大事なのである。


 「宇宙サバイバル編」は、勝った方が地球を手に入れる戦いで、悟空達にとっては、負けても地球が第7宇宙から第6宇宙に移動するだけのことである。

 しかしフロストは、負けてはならない敵なのである。 フロストは自ら宇宙海賊を組織して星を襲わせ、その海賊を退治して正義のヒーローとして名を上げていた。

 どうもあまり得にならないような話だが、このエピソードは、フロストがフリーザ以上の悪役だと示すもので、そういう相手に負けてはならないのである。


 この後ベジータがフロストと戦うが、一撃でフロストを撃破している。しかしそれはベジータがフロストの毒針を知っていたからである。そのためベジータはSSJBになる必要がなく、悟空がSSJBで戦うべきだったことを巧妙にごまかしている。


 一方マンガ版ではフロストの自作自演の話はない。 

フロストは第6宇宙一の拳闘士としてエントリーし、「早く済ませるため」に毒針を使っている。 マンガ版のフロストはアニメ版ほどの悪辣な印象はない。

 マンガ版ではピッコロが「これからどんどんフリーザみたいになっていくかもしれんぞ」と言っている。マンガ版のフロストは、反則で負けても傷にならないというサインである。


 ベジータはマゲッタを倒し、第6宇宙のサイヤ人のキャベと戦う。

 しかしキャベは「SSJになる方法を教えて下さい」とベジータに頭を下げ、ベジータが激怒。キャベをどつき回して、煽ってキャベをSSJにする。

 「キャベ情けない」という声がネットでは多かったが、実はそんな単純な話ではない。

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「でボカスカやってればいいんじゃありません?」 と、悟空とベジータは修業をつけているウイスに言われてしまっている。

 プライドも大事だが、素直さも成長するために重要なことである。

 しかし『DB超』の悟空は、亀仙人に「何より素直で真面目」と言われた悟空ではないのである。

これはひょっとしたらキャベが再登場した時にはものすごく強くなってるんじゃないかと思ってたらそんなに強くなってなかったwww

一方マンガ版にはこのウイスのセリフはない。 


ベジータは最後の相手のヒットに「時飛ばし」で破れる。

 悟空はヒットの動きを予測して良い勝負に持ち込むが、ヒットは悟空達の真似をして気合いを入れ、「時飛ばし」の時間を延ばすのに成功する。

 面白いのは、このあたりから「構え」が強調、アピールされるようになってきている。 

『DB』では、最初は悟空も構えて戦っているが、ストーリーが進むとだんだん構えなくなってくる。 

その理由は、強さのインフレで盛り上げている作品で、構えに意味がなくなってきたからだろう。「構え」は脱インフレの意思の現れである。


 悟空破れたり、と思ったところで、今度は悟空がSSJBで界王拳を使う。しかも十倍。

 結局『DB』は脱インフレを目指しても、インフレから逃れられない。


 と思ったら、マンガ版ではSSJGで戦ってヒットを圧倒する。

しかもSSJBは一日に何回もなれず、キャベ相手に一度SSJBになったベジータは、ヒット相手にSSJBの十分の一の力も出していないというマンガ版だけの設定で、SSJGの悟空の方がヒットを上回った。レベルの違い過ぎる相手には「時飛ばし」が通用しないという設定も加味されている。

この設定が妙に説得力があるのは、相対性理論に似ているからだろう。しかも低インフレに成功している。

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そしてビルスは、簡単にSSJBになれない悟空達を理解していないし、リスクを犯してSSJBになったベジータを理解していない。悟空達との間に精神的な交流がないからである。


 以上、今回の内容と、「DB超』4巻を読んで考慮した結果、主役交代があるかどうかはわからないし、ビルスに勝てるとも思わないが、マンガ版は主役失格という意味で悟空を否定するものではないという結論になった。 

その理由もわかっている。作者が提示し、読者が受け入れた世界観を作者が否定するのは本来邪道なのである。だから先行した劇場版とアニメはスピンオフ的なものなのである。 古代史、神話中心のブログ「人の言うことを聞くべからず」+もよろしくお願いします。 

信長の戦い③~桶狭間

太田満明著『桶狭間の真実』で、太田は従来の今川軍25000、織田軍2000という説を否定している。

 25000というのは100万石の全軍だが、今川義元が国を空にして遠征をするはずがなく、また駿遠三の三国では100万石もないとして、桶狭間での今川軍を一万としている。

 一方織田軍は、信長が岩倉織田を除いて、尾張の大部分を統一していたという。 その織田軍の精一杯の動員が2000ということはないので、織田軍の総数を5000と見積もっている。

 5000vs10000で、勝つ見込みは充分にある戦いである。

 また桶狭間は義元が上洛を目指して起こった戦いでもない。信長が丸根、鷲津などに五つの砦を築いて今川領を圧迫したために起こった戦いである。


 さらに近年の研究により、桶狭間で信長が奇襲で勝ったという従来の説は否定されている。 義元の本陣は窪地ではなく、桶狭間山にあったのであり、さらに織田軍の行軍中のどしゃ降りは止んでいる。藤本正行の『信長の戦争』では、今川軍は織田軍の行軍をはっきり確認できたとしている。これでは奇襲にならない。


 このように見ると、桶狭間は信長の采配の鮮やかさを示すものではなく、随分と平凡なものである。

 司馬遼太郎も信長の戦術面での能力を高くは見ずに、戦略、政略の面を評価した。


 戦術面での信長は平凡である。しかし信長の平凡さに気づくことが、信長の非凡さを知る鍵となる。


 井沢元彦は『逆説の日本史』で、桶狭間の後に徳川家康と同盟を結び、今川領に手をつけなかった信長を英雄と評している。 

確かに今川領に手を出せば、武田信玄と境界を接することになり上洛どころではなくなる。 今川領に手を出さなかったからこそ、信長は上洛して天下をとった。

 なるほど、ならば残る課題は義元の首が獲れたのが偶然か必然かである。偶然ならば信長の天下において、信長の力量はそれだけ割り引きされるのであり、必然ならば信長の力量は再認識される。


 そもそも、一度の戦いで総大将の首が獲れること自体、滅多にないことである。

 義元の首が獲れたのが必然なら、桶狭間は信長が義元の首を獲るために仕掛けた戦いということになる。


 丸根砦が陥ちて、佐久間大学が死んだのを、太田は「必ず助ける」と信長が嘘をついて砦を死守させたと推測している。

 実際そうだろう。死ぬまで戦う士気の高さは、信長への信頼があるからこそのものである。また砦が陥ちる前に信長が前線に到着していれば、随分有利に戦えると思うから、佐久間も疑問に思わない。

 太田は信長が丸根、鷲津砦を見捨てたのを、今川軍の勢力を削るためと推測する。しかしはたしてそうだろうか? 


これが、義元の首を獲るための鍵なのである。

 丸根、鷲津を救援しなかった理由がさっぱりわからない。


 義元は、信長をかなり警戒していたらしい。

 若い頃の評判も聞いていただろう。「うつけ」と言われた信長が、尾張を統一しようとし、今川領をも圧迫してくる。何をするかわからないという思いがどこかにあったのだろう。 


それが生産性が全くないという意味で、本当にわからない行動を相手がとった場合、緊張の反動による弛緩と、異質なものを否定したいという思いから、敵への警戒心をすっかり失ってしまうのである。


 信長は織田軍の総数の5000ではなく、2000で今川軍に突入した。今川軍は織田軍を阻むことなく、織田軍を易々と義元の本陣に入れてしまったと見るしかない。 


このように見ると、桶狭間は純然たる奇襲ではないが、奇襲らしい効果を生んで信長が勝利した戦いだということができる。 

戦術面での信長に見るべき面が少ないのはその通りだが、信長は重要な局面において、敵の心の隙に乗じるような戦術をとるのである。


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リベラルの停滞と再生の話

最近、リベラルが停滞している。
はてなでリベラルな記事はほとんどない。
たまにリベラルな記事があったかと思って見れば、それはどちらかといえば保守系の記事である。
最近パワハラについての記事があったが、それはパワハラ上司、またはブラック企業が無能だという記事である。
パワハラブラック企業を批判するリベラルは多くいたが、それらを無能だと言うリベラルはいなかった。
作業の標準化は世界的な流れだが、作業標準化の流れとパワハラブラック企業批判がほぼ同一軌道を描いているのは、馬鹿でない限りわかることだった。
だから保守系パワハラ無能論と、リベラルのパワハラブラック企業批判が手を結べば、パワハラブラック企業も簡単に一掃できた。しかしリベラルはそれをしなかった。
結局近年のリベラルの隆盛は、パワハラブラック企業にとどめをさせない程度のリベラルだったのだと、最近の動きから見えてくる。

と思っていた矢先、はあちゅう氏のセクハラの告発、ヨッピー氏の「はあちゅう氏を批判するな」発言、それに対するよしき氏の反論がはてなで話題になった。

tyoshiki.hatenadiary.com

その前に、私も「童貞」発言をブログ内でしているので、
社会的弱者への配慮を欠いた不適切な発言としておわび致します。
その後よしき氏がヨッピー氏に謝罪、ヨッピー氏も謝罪した。
一方フミコフミオ氏のように、岸氏を叩くことを優先すべきだったという意見もある。

delete-all.hatenablog.com

私はフミコフミオ氏には同意しない。
フミコフミオ氏は目的がずれている。目的はセクハラ、パワハラを無くすことだろう。岸氏を叩くのが目的ではない。

tyoshiki.hatenadiary.com


どの運動でも、この手の人たちは無制限に応援し、そして全面的支持をしない人を馬鹿にする。

そして、この手の人達は、殆どの場合問題について「ふわふわとした概念的な話」ばかりを強調して「実際の運用」にはこれっぽっちも興味がない。

 

 

私はここに、よしき氏の独特の問題意識を感じていた。
さらにメロンダウト氏の記事。

plagmaticjam.hatenablog.com

だからといって経験が大事じゃないとは言わないし発言を間違うな、憎しみをためるなとも自分は言わない。生きている限りなにか間違う。ただ間違ったら謝ればいい。そして許してもらえたりもらえなかったりする。

それでもなに考えてるかわからない他人と生きていくしかない。

せめても凡人であることを自覚しながら、さ。

 

正にこれである。
罪の無い人間はいない。今までのリベラルの動きは、問題となった人を糾弾することで、自分が「善人」になる運動だったのである。それが限界に達したのが、最近のリベラルの停滞の原因だと私は見ている。
しかし現状は悪いことばかりではない。罪のある者も主張する権利があり、また正しいことをしている者も批判されるのを受け入れていくことが、リベラル再生の鍵になると思っている。

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日本型ファンタジーの誕生⑭~『寄生獣』

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人の顔だと思ったのが割れて歯の生えた口や触手になる。またはぐにゃりと変形して怪物になる。
90年代にヒットした岩明均の『寄生獣』もまた、日本型ファンタジーの誕生に影響を与えた作品である。
ある時、空から謎の物体が降りてきて、地上に降りて蛇のようになり、人間の頭部に寄生する。
人間の頭部そのものが寄生生物になり、「この種を喰い殺せ」という本能により人間を喰う「パラサイト」。
主人公の泉新一は、この「パラサイト」に右腕に寄生される。そのことにより、人間と「パラサイト」の中間的な存在となる。そして新一は、「パラサイト」の性向を知るようになる。
「パラサイト」は知能が高く、短期間で言語や社会常識を学習し、人間社会に溶け込んでいく。
そして非常に合理的である。
しかし生存戦略を合理的に思考する結果として、他者への警戒心が強く、新一のような、寄生されながらも人間の脳が残った存在を危険と感じて攻撃してくる。そして他者への同情心が皆無、あるいは希薄である。
一方、人間は感情に流され、「パラサイト」のように合理的な判断ができない。しかし人間は弱いからこそ団結する。
このように、合理的、冷酷、孤立しがちな「パラサイト」と非合理的、情緒的、そして団結力のある人間の対立の構図が出来上がる。
新一は人間の側として、人間らしい感情を大事にしたいと思う。右腕に寄生したミギーの合理的で冷酷な意見をしばしば拒否し、弱くても情緒を大事にすることこそ人間の証しだと思うようになる。

しかし、ストーリーが進行するにつれて、この構図が崩れていく。
新一が「パラサイト」の攻撃を受けて瀕死の重症を負った時、新一の身体にミギーが入って治療したことで、ミギーの細胞の30%が新一の身体に混ざり、超人的な身体能力を発揮するようになる。また精神も変化し、動揺しても深呼吸するだけで落ち着きを取り戻すようになる。
また「パラサイト」の側も、田村玲子を中心に団結していく。
「パラサイト」はS市に集まり、「広川」という人物を市長に当選させる。
また田村玲子は、出産した子供に愛情を持つようになっていく。またミギーも、最後には自己犠牲的な行動を取るようになる。

こうして人間vs「パラサイト」の構図が崩れていく中で、人間側が「パラサイト」がS市に集まっているのを知り、「パラサイト」の掃討作戦を実施する。
人間側は「パラサイト」を駆逐し、議会の会場に「広川」を見つける。
「広川」は人間の傲慢を訴え、人間を減らすために「パラサイト」が必要だと訴える。
「広川」は撃たれ、「パラサイト」でない人間だとわかる。

ここで、この作品のテーマが人間の傲慢を訴えるものだと読者は思う。しかし、断じてそんなことはない。

寄生獣』のラスボス的存在として「後藤」がいる。
五体の「パラサイト」がひとつの身体に寄生し、そのため「この種を喰い殺せ」という本能が強化されて、戦うことに喜びを見出だすようになった「後藤」だが、「この種を喰い殺せ」という本能は物語の序盤で提示され、ストーリーとして一貫しているようだが、基本構図は弱いが団結する人間と、合理的で強いが孤立する「パラサイト」の対立である。
そしてこの対立は、実は人間側の敗北で終わっている。
S市の「パラサイト」掃討戦で、人間側は「パラサイト」と誤認して、人間を撃ち殺している。
弱い人間が信頼し合うことで団結し、「パラサイト」を掃討することで人間は「パラサイト」に勝利するが、誤射のリスクを犯しても疑う姿勢で「パラサイト」を掃討したことで、人間は「パラサイト」と同じになったのである。
新一と「後藤」の戦いは人間vs「パラサイト」の決着のように見せた付け足しである。

寄生獣』は、主人公が右腕とはいえ「パラサイト」に寄生されることで、「人間=怪物」の構図となる、日本型ファンタジーの萌芽的作品である。
こうして合理的で冷酷な精神を暗に認めた『寄生獣』が、マンガや社会にどれだけ影響を与えたのかははっきりしない。『デスノート』のような駆け引きがメインの作品に流れたような気もするが、はたしてどうだろうか。
近年の作品には、冷酷な決断や行動を示す作品が多くあるので、『寄生獣』の影響はゆっくりとしたものだったと言えるかもしれない。
寄生獣』の直接的な影響は、『ファイナルファンタジー』シリーズや『真・女神転生』シリーズなどと共に、怪物をグロテスクに表現したことである。それによって、『ドラクエ』シリーズの愛嬌のあるモンスターへのアンチテーゼとなった。『寄生獣』や『FF』シリーズの影響か、ファンタジー作品の宿命かはわからないが、『ドラクエ』シリーズも、デスピサロオルゴ・デミーラなど、鳥山明の絵でもなお、グロテスクな怪物をしばしば登場させるようになっていく。

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