坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」

「水瓶座の女」の著者坂本晶が、書評をはじめ、書きたいことを書きたいように書いていきます。サブブログ「人の言うことを聞くべからず」+では古代史、神話中心にやってます。 NOTEでもブログやってます。「坂本晶の『後悔するべからず』 https://note.com/sakamotoakiraxyz他にyoutubeで「坂本晶のチャンネル」やってます。

日本型ファンタジーの誕生(37)~亜人:4 永井圭②

亜人』は永井圭の物語である。
永井は主人公だから当然だが、ここでそのことを強調するのは特別な意味がある。

亜人の存在意義は、「ラザロの復活」と同じである。
人間は不死になれる。問題はそれが「肉体」か「魂」かである。「肉体」の不死を求めたのが『とつくにの少女』の外の者である。食べても味が分からず、暑さも寒さも感じず、やがて木になって生を終える。
亜人の場合は魂の不滅を意味する。「肉体の不死」でないことを強調するために、亜人は単なる不死でなく、絶命することで肉体が再生し、魂も復活する存在となっている。
「魂の不滅」を意味する亜人を、
オグラ・イクヤはこの世に存在するはずのないエネルギーを生み出すことができると看破する。そのエネルギーは人の心である。
オグラ・イクヤは亜人でないのに(少なくとも亜人だと証明されていない)亜人の本質を体現している。戸崎に拷問され、指を二本切られても白状しない精神をオグラ・イクヤは持っている。

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宇宙の原理をオグラ・イクヤは「全て必然」だと言う。現代のカオス理論に反するが、オグラ・イクヤの言いたいことは「運命」である。「運命」は全てを支配し、それに逆らうことは許されない。しかし亜人は宇宙の法則に反して物質を生み出すことで、その存在自体が宇宙=「運命」への反逆者である。
亜人が頭部を失い、失った頭部を回収できずに新しい頭部を再生させた場合、その亜人は失った頭部と同一の人格でないという。「中村慎也事件」の中村慎也は自分が
中村慎也の記憶も性格も共有しながら、失った頭部と別の人格になってしまったことに衝撃を受けてフラッド現象を起こす。その後中村慎也は登場しない。中村慎也は別人格になってしまうことの意味を示すだけのキャラである。

この人格が別になってしまうという問題について、佐藤はこともなげにそれをやってのける。佐藤のグループがフォージ安全ビルを攻撃した時、佐藤は自分の手をビルの中に配達させ、自らは木材の粉砕機で体をバラバラにするという荒業でビル内に侵入した。

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永井は作戦家である。歴史に見るように、優れた作戦家は最少の犠牲で絶大な成果をあげるものである。
永井が優れた作戦家なのは間違いないが、永井の作戦は佐藤の前では全く無力だった。
日本型ファンタジーでは、犠牲を最小限にするのが知略だという考えを大きく覆すようなストーリーが展開されることがある。その理由は読者をさらに高いステージに引き上げるためである。

佐藤の性格を永井は「遊び人」だと言う。
佐藤は人の苦しみへの共感が欠落しており、子供の頃に動物を虐待して父親に殴られたが、佐藤はなぜ怒られたのかさえ理解していなかった。

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そんな佐藤だから日本の中枢を破壊するテロを実行できたのだが、佐藤の性格はストーリーそのものよりも永井にとっての敵役として必要な性格らしい。佐藤は永井と戦うのを楽しみにしている。
入間基地での佐藤との戦いで、永井は高所から転落して一時的に佐藤と戦っている記憶を忘れる。永井が初めて亜人だとわかった夏休み初日まで記憶が退行したのである。
しかし永井は気候から、7月でなく9月~10月だと推測し、銃を持っていたことから、自分が普通なら危険なことに首を突っ込まないこと、それでも首を突っこんだということは何かきっかけがあったのだと推測する。
そして記憶を取り戻すのでなく、自分が亜人だと結論づけて顎の下に銃を当てて自殺する。
入間市は永井の地元である。死ぬことで記憶を取り戻した永井は、土地勘を生かして佐藤に追い付く。
最後に永井と別れた時の頬の傷がないのに気づいた佐藤は、永井が自然に記憶を取り戻したのでなく、自殺して思い出したのだと理解する。
「有史以来、ここまで濃密に戦った亜人二人は存在しない」と、佐藤は永井を称賛する。
不死身の亜人で最強の佐藤に対抗する策は、水に落として気絶させることだった。しかし佐藤が気絶するかどうかは確率論でしかない。
さらに佐藤は日本を出ようとしている。「これ以上国内で犠牲者を出さない」という意味では、佐藤を拘束する理由はなくなっている。それでも永井は佐藤もろとも川に飛び込んだ。
記憶を失った時の永井には、亜人だった時の記憶がない。
格闘術で敵わず、気絶させられる可能性も低く、理由もないかもしれないことに永井は実行した。理屈でなく感情がそうさせたのである。
そして、佐藤を気絶させることに成功する。

佐藤のテロは当然大きな話題となるが、戸崎のデータにより亜人への非人道的な人体実験が行われていたことが明るみとなり、また永井が佐藤との戦いに協力したという憶測も報道される。しかしIBMによる痕跡などは証明できないため、亜人への認知の議論は深まることなく、やがて世間の興味は移ろい、表面的には亜人への認識は変わらなかったようにして月日は過ぎていく。

佐藤は公式に死んだことにされて、アメリカで冷凍常状態にする設備で管理される。その設備は200年保つ。
200年経ったら、佐藤は冷凍状態から覚めてまた暴れ出すかもしれない。そのリスクを負っても、亜人の宇宙の原理に逆らう力は重要なのである。

死んだ戸崎は、永井達亜人のためにそれぞれ別の名前を用意していた。
永井と別れる時、中野はこれからどうすると聞くと、「医者を目指すに決まってるだろ」と永井は答える。しかし、

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交通事故で亜人とバレて永井の夢はおしまいwww。

しかしこれは悲劇ではないのである。
夢破れたら不幸かといえばそんなことはない。
「自分はこうあるべき」と思うから、それが叶わなかった時に不幸だと感じるのであって、そう思わなければ何をしていても不幸ではないのである。ただしそう思うようになるには自分で道を選んで納得する必要があり、人に強要されて得られる心境ではない。そして人に強要されては得られないが、その境地に達するには多くの苦悩を必要とする。その苦悩の過程で多くの選択をすることでその心境を手に入れられる。

それに、永井の医者の夢が断たれたと考えるのは早合点かもしれない。
永井を牽いたトラックの運転手が「(飛び出したのは)誰だ」と言うと、中野は「永井だよ」と言う。言うんじゃねーよwww。しかし運ちゃんは

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永井、亜人への認識は着実に変わってきているのである。

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